遺言の撤回は可能
一度書いた遺言は、あとから内容を変更することができます。これを遺言の撤回といい、遺言者に認められた法律上の権利として民法にも以下のように定められています。
第千二十二条
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。
このように遺言内容の変更が認められているのは、遺言者の最終の意思を尊重する遺言制度の本質に基づくものです。相続に対する想いは家族のライフステージや環境の変化によって変わるものなので、それに応じて遺言も変更できることが法律で保障されているのです。
遺言はいつ・何度でも撤回できる
遺言者には法律で認められた撤回の自由があり、相続開始までの期間であれば時期を問わず遺言を撤回できます。
また、撤回の回数にも制限はありません。たとえば、最初に長男への不動産の相続を定めた遺言を作成し、その後の事情変更により次男への相続に変更する新しい遺言を作成、さらにその後の状況の変化によって三男への相続に変更することも可能です。
このように、遺言は生前であれば遺言者の意思に応じて柔軟に変更する権利が保障されています。
遺言の一部を撤回することもできる
遺言の内容全部ではなく、一部だけ撤回することも可能です。たとえば、以前の遺言書で「長男に預金と自宅を相続させる」と定めていた場合に、新しい遺言書で「自宅は次男に相続させる」という内容を書いたとします。
この場合、以前の遺言書の自宅に関する部分のみが撤回され、自宅は次男、預金は長男が相続することになります。つまり、新しい遺言書で変更していない部分については、以前の遺言書の内容どおりになるということです。そのため、遺言の一部を撤回し新しい遺言書を別に作成する場合は、前の遺言書と新しい遺言書の両方を保管しておく必要があります。
遺言を撤回する方法
遺言を撤回する方法は、遺言書の書式によって異なる点はありますが、おおむね以下の流れで撤回することができます。
「遺言を撤回する」という新しい遺言書の作成
遺言を撤回するためには、遺言を撤回する旨の新しい遺言書を作成する必要があります。この遺言書も、通常の遺言書作成と同じように正式な方式に従う必要があり、口頭での意思表示やメモなどでは効力が認められません。
なお、形式の違う遺言書であっても撤回が認められます。たとえば、公正証書遺言に書かれた内容を自筆証書遺言で撤回することも可能です。
これは、遺言書には「常に最新の日付の遺言書が優先される」というルールがあるので、あとから書かれた撤回の遺言の効力が前の遺言に優先されるからです。したがって、遺言を撤回するときは遺言書の形式を前の遺言書に合わせる必要はありません。
遺言書に新しい内容の遺言を記す
以前の遺言内容を変更したい場合、新しい内容の遺言を記すことで自動的に古い遺言の該当部分が無効になります。たとえば、以前の遺言書で「長女に自宅用マンションを相続させる」と書いていた場合、新しい遺言書で「次女に自宅用マンションを相続させる」と書くだけで遺言が撤回できます。
このように、新しい遺言書には以前の遺言を撤回する旨を明記する必要はなく、新しい内容を書くだけで撤回の効力があります。
なお、遺言の一部を撤回する場合、自筆証書遺言であれば訂正箇所を二重線で消し、正しい内容を書き加えて日付と署名・捺印を行います。公正証書遺言・秘密証書遺言に関しては、のちほど解説します。
以前の遺言書を破棄する
新しい遺言書を作成したら、以前の遺言書を破棄します。自筆証書遺言や秘密証書遺言の場合、手元で保管している遺言書を破棄すれば撤回が成立します。ただし、公正証書遺言の場合は原本が公証役場で保管されているため、手元の正本や謄本を破棄しても基本的には撤回したことにはなりません。
もっとも、状況によっては遺言者の明確な撤回意思や周囲の証言など、さまざまな要素を総合的に判断することで例外的に撤回が認められる可能性はゼロではありません。
書式別で見た遺言撤回の特徴
遺言書には「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類がありますが、特に注意すべき手続は公正証書遺言になります。
自筆証書遺言の場合(自筆証書遺言書保管制度の利用含む)
基本的に自筆証書遺言の場合は、手元の遺言書を破棄する、新しい遺言書の作成、法的書式に則って既存の遺言書の一部を修正のいずれかを行えば撤回完了となります。なお、自筆証書遺言書保管制度を使って法務局に保管中の遺言書を撤回するには、本人が法務局へ出向いて撤回の手続をする必要があります。その際、運転免許証などの本人確認書類が必要です。
公正証書遺言の場合
公正証書遺言を撤回するには、公証役場での正式な手続が必要です。公証役場では、印鑑登録証明書(3か月以内)と実印を持参し、証人2名の前で公証人に対して撤回の申述をして署名捺印を行います。
公正証書遺言の撤回には1万1000円の手数料がかかります。新しい遺言書を作成する際は、「令和〇年〇月〇日に作成した遺言を撤回する」という文言を入れることで、遺言書の順番における混乱を避けることができるでしょう。また、古い遺言書の正本と謄本は破棄することが推奨されます。
秘密証書遺言の場合
秘密証書遺言は封印されているため、その内容を直接変更することはできないので、撤回するには破棄か新たな遺言書を作成する必要があります。新たに作成する遺言書の形式は、公正証書遺言・自筆証書遺言・秘密証書遺言のいずれでも問題ありません。
なお、秘密証書遺言の封を開封したうえで内容を変更し、それが自筆証書遺言の法的要件をすべて満たしていれば、自筆証書遺言として効力が認められる可能性があります。
撤回扱いとなってしまう遺言書とは(撤回擬制)
撤回擬制とは遺言を書いた後で、その内容と矛盾する行為をした場合、その部分が自動的に無効となる状態を指します。この撤回擬制が適用される場面について、具体的なケースを解説します。
遺言と抵触する行為をした場合
遺言者が古い遺言と矛盾する行為をした場合、その部分については遺言を撤回したものとみなされます。新しい遺言を作成していなくても、遺言の内容と相反する行為を行うことで自動的に撤回扱いとなります。
たとえば、遺言者が借金のお礼として「不動産Aを従兄に遺贈する」という遺言を残した後、不動産Aを生前に知人へ贈与するというケースです。知人へ贈与した不動産は従兄へ遺贈することはできないので、遺言の「不動産Aを従兄に遺贈する」という部分は自動的に撤回されたとみなされます。
遺言書を故意に破棄した場合
遺言者が自ら作成した遺言書を意図的に破棄した場合、その内容については撤回したものとみなされます。これは、遺言者の遺言内容を変更する意思が明確に示された行為として扱われるためです。遺言が撤回されるのは破棄された部分のみですが、残った部分だけでは遺言の内容が不明である場合は遺言全体が無効となります。
たとえば、遺言者が「長男に不動産Aを相続させる」という内容の遺言書を作成した後、長男との人間関係の悪化などを理由にその遺言書を意図的に破棄した場合、破棄された部分に記載されていた内容は撤回されたとみなされます。その結果、遺言書のほかの部分が残っていたとしても、財産分割の判断が困難になるほど内容が不明瞭であれば、遺言書全体が無効となる可能性があります。
遺贈の目的物を故意に破棄した場合
遺贈とは遺言者が指定した人に財産を譲る行為のことであり、その譲渡の対象となる財産を遺贈の目的物といいます。そして、遺言者がその目的物を故意に破棄した場合、そのものに関する遺贈の遺言は撤回されたものとみなされます。
たとえば、遺言者が「甥に自動車Aを遺贈する」という遺言を残した後、その自動車を意図的に処分したというケースです。この場合、自動車Aの遺贈に関する遺言部分は自動的に撤回されたとみなされます。ただし、同じ遺言書に記載されたほかの内容については、影響を受けることなく有効となります。
遺言撤回の注意点
遺言撤回は遺言者の大切な権利ですが、適切な手続を踏まないと思わぬトラブルを招く可能性があります。以下では、遺言撤回時に注意すべきポイントをご説明します。
新しく作成した遺言書は法的に有効であるかを確認する
当初の遺言を取り消して新しく遺言書を作成した場合、新しい遺言書に不備があると撤回自体の効力が失われる可能性があります。たとえば、以下のようなケースでは遺言が無効扱いになります。
- 自筆証書遺言での署名や押印に不備がある
- 認知症などで判断能力が著しく低下した状態で作成された
- 遺産の内容や相続人に関する不明確な記載がある
- 遺言内容が違法または公序良俗に反する
上記のような形式的・実質的な不備があると、遺言は法的効力を失います。特に自筆証書遺言では全文自書や押印などの要件が厳格に定められており、些細な方式不備でも無効となるリスクが高くなります。また、遺言作成時の精神状態や、内容の適法性・明確性なども重要な判断要素となります。
このような問題を防ぐためには、専門家に相談して法的要件を満たした適切な遺言書を作成し、将来の無効リスクを最小限に抑えることが重要です。
遺言に第三者の意思があった場合の撤回方法
遺言に第三者の意思が関与する場合でも、遺言者はいつでも自由に撤回できます。これは遺言の本質的性格であり、第三者の意思で制限することはできません。たとえば、受遺者の選定を第三者に委ねる遺言や第三者の同意を条件とする遺言であっても、遺言者の撤回の自由は制限されません。
また、遺言が第三者の不正行為によって作成された場合、相続人がその遺言の有効性を争うこともできます。たとえば、遺言が偽造されたり、遺言者が脅迫や詐欺、錯誤によって書かされた可能性があるようなケースです。この場合、相続人は裁判所に訴えを起こし、その遺言が無効であることを確認する「無効確認訴訟」を提起することができます。
このように、遺言は本人の意思表示に基づくものであるため、第三者の不正行為によってその意思が歪められたと判断される場合、相続人にもその有効性を争う道が開かれています。遺言の撤回の自由は絶対的なものであり、第三者の意思で制限する条項は無効とされます。
遺言を撤回しないという宣言は無効
遺言は本来、遺言者の最終的な意思を実現するための制度です。これは、遺言者の意思決定の自由を最後まで保障するための重要な規定であるため、相続人が遺言者に「遺言を撤回しない」という誓約書や宣言書を書かせたとしても、そのような宣言は法的に無効となります。
また、遺言者が「今後、この遺言は絶対に撤回しない」と明言したとしても、あとから考えが変われば自由に撤回可能です。相続人が遺言者に撤回しない旨の約束を求めたとしても、その約束には法的な拘束力はありません。
確実な遺言書を作成するなら司法書士にご相談を
遺言の撤回は、遺言者の最終的な意思を尊重するために法律で認められた重要な権利です。撤回は相続開始までであれば回数制限なく行うことができ、全部または一部の撤回も可能です。ただし、新しい遺言書の作成には厳格な要件があり、不備があると撤回自体の効力が失われる可能性があるため、慎重な対応が求められます。
当事務所では、遺言の撤回や新たな遺言書作成に関する豊富な実務経験を活かし、遺言の方式不備による無効リスクを防ぎ、確実な遺言の撤回・変更をサポートいたします。遺言に関する不安や疑問点がございましたら、お気軽にご相談ください。