口頭の遺言は法的に無効
「私が亡くなったら、この財産はあなたに譲る」とのように、口頭で約束する形により遺言を残すケースは少なくありません。ここで注意したいのは、口頭の遺言は法的には原則無効とされていることです。では、なぜ口頭での遺言は認められないのでしょうか。また、遺言を有効に残すためにはどのような方法があるのでしょうか。
遺言は「要式行為」として書面が必須
遺言とは「要式行為」の一種で、法令で定める方法に従って行うことで成立する法律行為です。法令で定める方法とは、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3つの方式で、どの方式を選んでも有効な遺言をすることができます。重要なのは、これら以外の方法による遺言は基本的に無効となる点です。
第九百六十条
遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない
第九百六十七条
遺言は、自筆証書、公正証書又は秘密証書によってしなければならない。ただし、特別の方式によることを許す場合は、この限りでない。
口頭・動画・音声での遺言が認められない
民法第967条で定められる遺言の方法によれば、口頭や動画または音声で遺産分割などの指定を行っても無効となります。遺言したい場合は、必ず一定の方法で書面を作成しなければなりません。
書面によらない方法には、それぞれ問題があります。口頭によるものだと、約束した内容を確認できる証拠が残らず、もめ事の原因となるでしょう。動画や音声で最後の意思を伝える行為は、遺言したときの健康状態などを把握する手がかりにはなるものの、誰にでもわかるよう客観的に意思を伝えられるとは限りません。このような理由もあり、遺言は必ず一定の方法で書面を作成して行うべきと言えます。
遺産分割で有効となる遺言方式とは
口頭での遺言は無効となりますが、法律で定められた方式に従えば、確実に遺言を残すことができます。遺言の方式には、すでに述べたように、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類があります。それぞれに特徴やメリット・デメリットがあり、状況に応じて適切な方式を選択することが重要です。
自筆証書遺言の特徴と作成方法
自筆証書遺言とは、遺言者本人が遺言書の全文を自筆で書き記す遺言方式です。作成には遺言者の署名と押印が必要ですが、平成31年の民法改正により、財産目録についてはパソコンでの作成が認められるようになりました。作成するときのポイントを整理すると、次のようになります。
- 全文自筆で作成する(遺言する人)
- 日付および氏名を自書し、押印する
- 訂正は該当箇所と変更した旨を付記して署名し、変更箇所に押印する
自筆証書遺言のメリットは、費用や時間をかけることなく、思いついたときにすぐ作成できる点です。変更や破棄も気軽に行えるため、後から内容に訂正を加えたくなったときも簡単です。
一方で、自筆証書遺言には自主保管中の紛失や改ざんのリスクがあり、さらに相続開始後に家庭裁判所での検認が必要となるというデメリットがあります。
検認とは
遺言した人が死亡したあと、遺言の内容を確認し、これを相続人に通知するための手続です。手続は家庭裁判所への遺言書提出によって行い、当日は相続人立ち会いのもと遺言書を開封します。
なお、自筆証書遺言のデメリット(保管中の各種リスクや検認の必要性)を補う方法として、令和2年7月から法務局による自筆証書遺言書保管制度が開始されています。この制度を利用すれば、保管申請時の費用として3900円を負担する必要があるものの、遺言書を法務局で安全に保管でき、検認手続も不要となります。
公正証書遺言の特徴と作成方法
公正証書遺言とは、公証人の関与のもと作成される遺言方式です。作成時は公証役場を訪れる必要があり、遺言しようとする人がまとめた原案をもとに公証人が遺言を作成します。作成された遺言は、そのまま公証役場で保管され、遺言した人には正本と謄本が交付されます。
上記遺言方式を選ぶときに注意したいのは、手続の複雑さです。下記のように、所定の手順を踏まなければ、有効な遺言書を作成することができません。
- 証人2名以上を手配し、立ち会ってもらう
- 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授する
- 公証人が遺言者の口授を筆記し、遺言者および公証人に読み聞かせるか閲覧させる
- 遺言者および承認は、筆記が正確であるか確認し、各自これに署名押印する
- 公証人が、上記方法に従って作ったものである旨を付記し、署名押印する
公正証書遺言のメリットは、公文書として信頼できる形で遺言できる点に加え、保管中の紛失・滅失などのリスクが限りなく低くなる点です。これらの特徴から、多額の遺産を分割するケースや、重要な財産(投資用資産や自社の株式など)がある場合に向いています。
なお、この遺言形式には手間や費用の問題があります。手間の面では、公証人との対面での手続になることに加え、資格要件を満たした証人を複数名手配しなければならない問題があります。費用に関しては、最低費用が1万6000円から(遺産の価額に応じて変化)となり、享受できるメリットの大きさと比較しなければならないのがネックです。
秘密証書遺言の特徴と作成方法
秘密証書遺言とは、自分で作成した遺言書を封筒に入れ、公証人などの立ち会いのもとで封印する遺言方式です。中身となる遺言書本体は、手書きとワープロのどちらでも作成しても構いません。重要なのは封印の方法で、開封すると原則無効となります。作成方法については、次の手続が必要です。
- 遺言者が遺言書本体に署名押印する
- 遺言者が遺言書本体を封筒に入れ、中身に用いた印鑑での押印をもって封印
- 公証人および証人2名が揃った状態で封書を提出する
- その場で自分の遺言書である旨と氏名・住所を申述する
- 公証人が、その証書の提出日と遺言者の申述を封紙に記載し、全員で署名押印
秘密証書遺言のメリットは、内容を他人の目に触れさせないように作成できる点です。遺言で子を認知するなどのプライベートな指定をしたり、ほかの特別な事情で「公証人であっても遺言の内容を見られたくない」と希望していたりするケースで有用と言えます。
しかし、秘密証書遺言は自筆証書遺言と同様に保管を自主的に行う必要がある点から、紛失・滅失のリスクに晒される問題があります。また、1万1000円の手数料もかかるほか、検認も必要になるため、手続負担が大きいといった理由から選ぶ人は少ない傾向にあります。
口約束の遺言を実現させるための方法
遺言は書面で行うのが基本ですが、遺言書作成のほかに被相続人の意思を実現する方法が全くないわけではありません。遺産分割協議、死因贈与契約、生前贈与など、状況に応じて選択できる複数の方法があります。ここでは、口頭で伝えられた遺言内容を実現するための具体的な方法について解説します。
遺産分割協議での実現
遺言書が作成されていない場合でも、相続人全員が生前の約束の内容に合意すれば、その内容で遺産分割を行えます。協議では、合意内容を遺産分割協議書として作成しなければなりません。
遺産分割協議により生前の約束を実現する方法には、2つの問題があります。1つは相続人全員の合意をとりつけられるか否か、もう1つは遺産分割協議書を適切に作成できるかどうかです。相続人の合意に関しては、特に意見対立や不仲でない家族であっても、遺産の状況の変化によって価値観のすり合わせが難しくなる可能性が考えられます。遺産分割協議書の作成にあたっては、法律行為に関する文書の作成スキルが必要です。
死因贈与契約としての実現
死因贈与とは、贈与する人が亡くなったら効果が発生する契約です。効果発生の条件は遺言と似ていますが、贈与する人と贈与を受ける人との間で合意が必要になる点が異なります。なお、実際に契約を交わすときは、書面を交わすのが一般的です。
死因贈与には、2つの注意点があります。その1つは遺留分侵害額請求の対象になる点で、ほかの相続人に認められた最低限の権利(遺留分)が侵害される場合、贈与を受ける人が原則金銭による支払いの請求を受ける点です。もう1つは贈与する人側が一方的に撤回できる可能性がある点であり、贈与を受ける側としては不安定な立場に立たされるのが心配です。
生前贈与による実現
生前贈与とは、生前のうちに贈与を約束すると共に、実際に財産の移転まで済ませることを指します。具体的には、子や孫の名義で開設した口座に定期的にお金を振り込む行為から、自分で経営する会社の株式を譲って生前のうちに引退する行為などが挙げられます。贈与の実施にあたっては、口約束で済ませることも多いが、死因贈与と同様に一定の重要な財産については契約書を交わすことが多いです。
生前贈与は口約束による遺産分割を迅速かつ確実に叶える方法として有効ですが、翌年に贈与税が課税されるのが問題です。通常の課税方法(暦年贈与)の場合だと、贈与価格のうち年間110万円を超える部分につき申告・納税を実施しなければなりません。そのため、多額の贈与を行う場合には、贈与時期の検討や、相続開始までの通算で2500万円の控除を受けられる「相続時精算課税制度」の選択を検討する必要があると言えます。
危急時遺言で認められる口頭での遺言
通常、口頭での遺言は法的効力を持ちませんが、例外的に認められるケースがあります。それが「危急時遺言」です。危急時遺言とは、病気や事故などにより生命の危険が迫っている場合に、通常の遺言方式によらずに認められる特別な遺言方式です。ただし、その作成には厳格な要件と手続が必要となります。以下では、危急時遺言の条件や作成手順、効力について詳しく解説します。
危急時遺言が認められる条件
危急時遺言が認められるのは、疾病そのほかの事由によって生命に危険が迫っており、通常の方式による遺言を作成することが不可能な状況に限られます。具体的な判断基準としては、医師による死期が切迫しているとの診断や、重篤な事故により今後意識不明になる可能性が高い場合などが該当します。
なお、上記条件で作成できる遺言は「一般危急時遺言」と呼ばれ、ほかに船や飛行機のなかで危難が迫っているときの「難船危急時遺言」と呼ばれるものもあります。さらに、伝染病あるいは船舶内での仕事の影響で隔離されているときの「隔絶地遺言」もありますが、隔絶地遺言に関しては、本人自ら書面を作成しなければなりません。これらの遺言を合わせて、特別の方式による遺言とされます。
危急時遺言の作成手順
死亡の危機が迫っているときの一般危急時遺言は、遺言の趣旨を口授することによって行えますが、証人の確保などの制限があります。作成手順を示すと、次のとおりです。
- 資格要件を満たす証人を3人以上確保する
- 証人のうちの1人に遺言の趣旨を口授する
- 口授を受けた者が筆記する
- 3の遺言書を遺言者やほかの証人に読み聞かせ、もしくは閲覧させる
- ここまでの手続が正確であることを各証人が確認し、全員で署名押印
なお、口授することが難しい(日本語が母国語でない人など)場合は、通訳人の通訳により申述することも可能です。また、難船危急時遺言の場合は、証人の数が3名以上から2名以上へと緩和されます。
危急時遺言の効力と制限
一般危急時遺言は、口授および証人の筆記により遺言を作成した日から20日以内に家庭裁判所に確認を申し立てる必要があります。この期間を過ぎて確認を得なかった遺言は無効です。家庭裁判所で確認を得るときは、証人もしくは遺言者の利害関係者が申立人となり、以下の書類を提出しなければなりません。
- 申立人の戸籍謄本
- 遺言者の戸籍謄本、または除籍謄本
- 証人の住民票、もしくは戸籍の附票
- 遺言書の写し
- 遺言者の診断書(生存している場合)
なお、遺言者が生存し普通の方式(自筆証書遺言など)で遺言できるようになった場合は、6か月間その状態でいることで一般危急時遺言の効力が失われます。
また、過去の事例では、遺言が本人の真意に出たものであるとの心証がある程度得られないと無効になるとの判断があります。容態によっては真意でないことを話す可能性もあることから、危難の度合いが高い状態ではやはり遺言は難しいでしょう。余裕のあるときに普通の方式で遺言を作成しておくのがベストだと言えます。
遺言作成にお困りなら当事務所まで
口頭での遺言は原則として法的には無効となりますが、被相続人の意思を実現する方法が全くないわけではありません。ただし、生前約束した遺産分割を確実に行うためには、法律で定められた方式に従って遺言書を作成するのがもっとも確実な方法です。
遺言は被相続人の最後の意思を実現するための重要な手段ですが、作成にあたっては知識が必要となり、希望する内容に応じた柔軟な対応が必要です。当事務所では、遺言書作成のサポートから遺言執行まで、相続に関する幅広い法的サービスを提供しています。遺言についてお悩みの方は、お気軽に当事務所までご相談ください。