公正証書遺言とは
公正証書遺言は、3つある遺言方式のうちの1つで、本人ではなく公証人が作成する方式です。遺言者の意思を正確に反映し、履行に向けた信頼性や確実性が高い特徴を持ちます。自筆証書遺言と比べて手続は複雑ですが、遺言の確実な執行や相続トラブルの防止に有効です。
公証人が作成・公証役場が保管
公正証書遺言の作成は、遺言者が公証人に遺言内容を口述し、公証人がそれを文書化する流れで進みます。公証人は、遺言者の意思を確認しながら、法律に則った適切な文言で遺言書を作成します。
作成された公正証書遺言の原本は、公証役場で保管されます。保管期間は原則20年間ですが、遺言公正証書には「特別の事由」により保存の必要があるとされ、その場合の保管期間は、遺言者の死亡後50年間、証書作成後140年間または遺言者の生後170年間とされます。
公証人や公証役場の意味
公証人とは、法務大臣に任命される実質的な公務員であり、裁判官や検察官・弁護士などとして法律実務に関わってきた者です。公証人の役割は、民間の権利義務の動きに関与して、トラブルの予防を行うこととされています。公証役場は、公証人が執務する事務所で、さまざまな公正証書の作成を行う場所です。遺言書以外にも、契約書や会社の定款などを取り扱っています。
自筆証書遺言との違い
公正証書遺言と自筆証書遺言で大きく異なるのは、前者は公証人が作成して公証役場で保管されるのに対し、後者は自分で作成して原則自己責任で保管する必要がある点です。効力の及ぶ範囲や強さに違いがありませんが、紛失などの事故や、方式違背(法律で定められる形式に沿わないこと)による無効化のリスクは、公正証書遺言のほうがはるかに低いと言えます。
近年では、自筆証書遺言でも、法務局が本人の代わりに預かる制度(自筆証書遺言保管制度)が始まりました。本制度を利用すれば、保管中の紛失・滅失・改ざんリスクについては、公正証書遺言と同程度の安全性が担保されます。基本的には、後述のように、自分に合った方法を選ぶのが大切だと言えます。
作成するための必要書類
公正証書遺言を作成する際には、さまざまな書類を準備する必要があります。必要な書類は遺言の内容や状況によって異なる場合がありますが、基本的な必要書類は以下のとおりです。
遺言書の原案
遺言書の原案は、公証人に提示して遺言書を作成してもらうための重要な書類です。内容には、遺言者の意思を明確に記載し、相続財産の内容、相続人や受遺者への財産の配分、そのほかの遺言できる内容のうち特別な希望(相続廃除や認知)などを具体的に記述します。専門的な法律用語を使う必要はありませんが、できるだけ詳細かつ明確に記載することが大切です。
遺言者の本人確認書類および住民票など
遺言者の本人確認は、遺言の有効性を担保する上で非常に重要です。本人確認書類としては、運転免許証、パスポート、マイナンバーカードなどの顔写真付きの公的証明書が必要です。さらに、現住所を証明するために、発行後3か月以内の住民票の写しも必要となります。そのほか、実印および印鑑登録証明書も用意します。
遺言者および相続人の戸籍謄本
遺言者と相続人の法的な関係を確認するために、戸籍謄本が必要です。遺言者本人の戸籍謄本に加え、相続人全員の続柄が確認できる戸籍謄本も必要となります。これらの戸籍謄本は、発行後3か月以内のものを用意します。複数の戸籍謄本が必要な場合もあるので、事前に公証役場に確認するとよいでしょう。
遺言者の財産状況がわかるもの
公正証書遺言の作成では、遺言の対象となる財産を明確にするために、財産状況を証明する書類が必要です。不動産の場合は、登記事項証明書(登記簿謄本)と固定資産評価証明書を用意します。預貯金や有価証券の場合は、残高証明書や取引残高報告書などが必要です。また、借入金がある場合は、その残高証明書も必要となります。
そのほかの必要書類
上記の基本的な書類に加えて、以下の書類が必要となる場合があります。
- 【証人の本人確認書類】氏名、住所、生年月日がわかるもの(運転免許証など)
- 【相続人でない人に遺贈する場合】受遺者(遺贈を受ける人)の住民票
- 【遺言執行者を指定する場合】遺言執行者の氏名、住所、生年月日、職業がわかる書類(運転免許証や資格証など)
公正証書遺言の作成手順
公正証書遺言の作成は、いくつもの段階に分かれており、順を追って実施する必要があります。特に厄介と言えるのは、当日一緒に来てもらう証人の手配でしょう。基本的な作成の流れを解説すると、次のようになります。
証人2名を手配する
公正証書遺言の作成には、証人2名が必要です。その役割は、遺言作成の立会いと署名・押印です。証人に特別な資格は必要ありませんが、成人していること(未成年者でも結婚していれば可)、遺言で利益相反が生じない関係であることを求められます。法律で定める「公正証書遺言の証人になれない人」を挙げておくと、次のとおりです。
- 未成年者
- 推定相続人(将来の相続人)
- 受遺者(遺言で贈与を受ける人)
- 上記2・3の配偶者や直系血族
- 公証人の配偶者、四親等以内の親族、書記、使用人
公正証書遺言の証人として適任者を挙げるとするなら、弁護士や司法書士などの第三者です。どうしても心当たりがない場合は、予約の際に公証役場に相談しましょう。
公証役場に予約を入れる
公正証書遺言の作成では、事前に公証役場へ当日の予約を入れなくてはなりません。予約は電話で行い、このときに遺言作成の目的、大まかな遺言内容、証人の有無などを簡単に伝えます。また、必要書類や手数料についても確認しておくと良いでしょう。
なお、公正証書遺言の作成当日は、自分から公証役場に行くのではなく、反対に出張してもらうかたちで手続することも可能です。出張を利用するのは、主に病気などを理由に動けない場合で、予約の際に相談して対応してもらうことになります。出張利用にあたっては、作成手数料に50%加算があるほか、日当2万円と交通費がかかる点に注意しましょう。
必要書類を集める
公証役場に予約を入れて日時が決まったら、先で紹介した必要書類を用意します。証人にも本人確認書類を用意してもらう必要があるため、連絡をいれておきましょう。必要書類以外には、遺言書を正確に作成するため、基本的な情報をすぐに伝えられるようにしておくことが大切です。具体的には、以下の内容をかいつまむような形で、取り出しやすいメモにまとめておくと良いでしょう。
- 相続人の氏名・続柄
- 相続財産の詳細(不動産、預貯金、有価証券など)
- 各相続人への遺産分配の希望
- 遺言執行者の指定(必要な場合)
- 特別な希望や条件
遺言当日の手続・正本および謄本の受け取り
公証役場での手続は、まず遺言者の本人確認から始まります。その後、公証人が遺言内容を読み上げ、遺言者の意思を確認します。遺言者は内容を最終確認し、必要に応じて修正を依頼します。確認が終わると、遺言者と証人が署名・押印します。最後に公証人が署名・押印して遺言書が完成します。
上記の手続が終わると、遺言書の正本と謄本が交付されます。これらは原本ではないため重要性は低いものの、遺言書の内容を随時確認し、死後はその存在および内容を相続人に知ってもらうため、大切に保管すべきです。保管場所については、エンディングノートにまとめたり、信頼できる相続人に知らせておいたりすると良いでしょう。
公正証書遺言のメリットとデメリット
公正証書遺言は、遺言の一形式として多くの人に選ばれています。その理由には、高い信頼性や法的効力があります。一方で、手続の煩雑さや費用面での負担といったデメリットも存在します。作成で得られる効果や、自分にとって本当に必要かどうかを検討するために、以下のポイントを押さえておくと良いでしょう。
【メリット】信頼性・検索性の高さ
公正証書遺言の最大のメリットは、その高い信頼性です。法律の専門家であり権限を与えられた公証人が作成するため、形式的な不備による無効のリスクが極めて低くなります。公文書として扱われるため、執行力(内容を確実に実現する力)があるのも良い点と言えるでしょう。また、公証役場で原本が保管されるため、紛失や改ざんのリスクも大幅に低減されます。
また、公正証書遺言は、遺言者の死後は原則必要とされる家庭裁判所での「検認」が不要となる点もメリットです。検認とは、家庭裁判所で開封することによって遺言の存在および内容を知らせる手続ですが、公正証書遺言はしくみ上必要ありません。全国の公証役場から検索システムを使って存在を確認でき、内容に関しても、相続人の証明があれば閲覧できるのです。
【デメリット】かかる手間と費用
公正証書遺言のデメリットは、容易には作成できず、手間がかかる点です。証人の手配と予約、作成当日の来所手続といった手順は一切省略できず、代理人による対応も不可能です。本人が公証役場に向かう必要がある点で、時間と体力に余裕がないと難しいでしょう。
費用面でも、公正証書遺言は負担が大きくなります。このあと詳しく解説しますが、財産の価額がごく少額でも、1万6000円以上(そのほかに正本・謄本の交付手数料)が必要です。自筆証書遺言だと実質紙とペン代だけで作成でき、しかも即日作成が終わることを考えると、相当の負担です。
作成にかかる費用
公正証書遺言を作成する際には、公証人手数料および正本・謄本の交付手数料が最低限かかります。ほかに、必要書類の交付手数料や、遺言書原案の作成を依頼するなどの場合の専門家報酬もかかるでしょう。必要な費用を整理すると、次のようになります。
公証人手数料
公証人手数料は、遺言の内容や財産の価額に応じて決定されます。以下に、財産価額別の手数料表を示します。
財産価額 | 手数料 |
---|---|
100万円以下 | 1万6000円 |
100万円超200万円以下 | 1万8000円 |
200万円超500万円以下 | 2万2000円 |
500万円超1000万円以下 | 2万8000円 |
1000万円超3000万円以下 | 3万4000円 |
3000万円超5000万円以下 | 4万0000円 |
5000万円超1億円以下 | 5万4000円 |
1億円超3億円以下 | 4万3000円+超過額5000万円ごと1万3000円 |
3億円超10億円以下 | 9万5000円+超過額5000万円ごと1万1000円 |
10億円超 | 24万円+超過額5000万円ごと8000円 |
※「5000万円超1億円以下」までは遺言加算額11000円を含む
正本・謄本の交付手数料
公正証書遺言の正本と謄本の交付には、別途手数料が必要です。正本・謄本の交付手数料は、1枚につき250円となり、1通あたりの発行手数料は原本の枚数に左右されます。さらに、謄本の送達や送達証明を希望する場合は、送達手数料1400円・送達証明250円のほかに送料もかかります。
必要書類の交付手数料
公正証書遺言の作成では、戸籍謄本や住民票の写しが必要になると解説しました。これらの書類の交付手数料は、自治体や交付方法によりますが、それぞれ下記のとおりとなります。
各種書類の交付手数料
- 戸籍謄本:450円~750円
- 住民票の写し:200円~300円
- 印鑑登録証明書:200円~300円
- 登記事項証明書:450円~600円
- 固定資産評価証明書:200円~400円
専門家報酬
公正証書遺言の作成にあたり、弁護士や司法書士、税理士などの専門家に相談する場合があります。依頼すれば、遺言書原案の作成や、当日に向けた書類の準備、証人の手配などを任せられます。このとき、専門家報酬として、8万円から20万円程度の費用がかかるのが一般的です。複雑な内容の場合は、この金額帯を超えることもあります。
公正証書遺言が無効になるケース
公正証書遺言は、法的効力の高い遺言形式ですが、特定の条件下では無効となる可能性があります。主な無効事由としては、遺言者の遺言能力の欠如、証人の不適格、そして口授の欠如などが挙げられます。これらのケースを理解することで、公正証書遺言のメリットを損ねる失敗を避けられるでしょう。
遺言者に遺言能力がなかった
遺言能力とは、遺言の内容を理解し、その効果を判断する能力のことです。民法では、15歳以上であれば遺言能力があるとされますが、認知症などの影響で判断能力が低下している場合は、遺言能力がないと判断される可能性があります。
遺言能力の有無は、医療・介護の状況ではなく、遺言作成時の状況を総合的に判断して決定されます。実務的には、公証人が何度か遺言者と面会するなどして能力を確かめるのが普通ですが、何らかの理由で本当は無能力であるにもかかわらず「遺言書を作成できる状態」だと判断される可能性は、ゼロではありません。
証人が不適格だった
公正証書遺言が無効になるケースとして、証人が不適格だった場合も挙げられます。本当は未成年なのに成年と間違われて証人になってしまったり、相続人などの利害関係者が身分のチェックをすり抜けて立ち会ったりするケースです。こうした間違いを防ぐため、証人の適格性は、事前に公証人に確認することをおすすめします。
口授を欠いていた
公正証書遺言を作成するときの「口授」とは、遺言者が公証人に対して口頭で遺言内容を直接述べることを指します。口授を欠いたまま作成された公正証書遺言は、その効力を発揮しません。
通常、口授を欠く状態は考えられないものですが、やはり間違いが起きないとは言い切れません。考えられるのは、公証人が本人と家族を取り違えて、家族が伝えた遺言の内容に基づき書面を作成するケースです。このような問題を避けるため、公正証書遺言の作成方法はしっかり確認するとともに、当日の当事者の身分証明書を忘れないようにする必要があります。
作成する際の注意点
公正証書遺言を作成する際には、いくつかの重要な注意点があります。これらの点に留意することで、より効果的で問題の少ない遺言を残すことができます。費用対効果の検討、遺言内容の決定方法、相続トラブルを避けるための配慮など、公正証書遺言作成時に押さえておくべきポイントについて解説します。
費用対効果を検討する
公正証書遺言の作成には一定の費用がかかります。そのため、遺言の内容や財産の規模に応じて、費用対効果を十分に検討する必要があります。たとえば、保管中の紛失・滅失・改ざん等のリスクを主に心配している場合、自筆証書遺言の保管制度(3900円)という安価な選択肢もあります。財産がそれほどないケースや、秘匿性を重視する場合には、自筆証書遺言のほうがむしろ都合が良いかもしれません。
遺言内容は自分で決める必要がある
公証人は、遺言の形式や法的な有効性についてアドバイスはしますが、遺産分割の方法など具体的な遺言内容については助言できません。つまり、誰にどの財産をどれだけ相続させるかなどといった遺言書の内容は、遺言者自身で判断して決める必要があります。遺言の内容について、もし分からないことや不安なことがあるとしたら、その相談先は公証人ではなく、司法書士や弁護士です。
相続トラブルにつながる内容を避ける
公正証書遺言を作成する際は、将来的な相続トラブルを避けるための配慮が必要です。特に注意すべきは、遺留分を侵害するような内容や、著しく公平性を欠く遺産分割です。たとえば、特定の相続人にのみ財産を集中させるような内容は、ほかの相続人の遺留分を侵害する可能性があります。相続人が遺留分侵害額請求を行ったり、遺言の効力を争ったりする原因となる遺言書は、結果として作成した意味がなくなってしまうと言わざるを得ません。
公正証書遺言を検討するときのポイント
公正証書遺言は、履行に向けた信頼性が高く、紛失や改ざんのリスクが低い遺言方式です。一方で、証人の確保や公正証書役場での作成の必要性、作成にかかる費用など、決して手軽な手段とは言えない側面もあります。作成を検討するときは、自身の財産状況と相続関係の複雑さから判断できる費用対効果や、直接公証役場に行くなどの手間暇をかけられるかどうか、しっかり検討しましょう。
遺言方式は公正証書遺言にも「自筆証書遺言」や「秘密証書遺言」があり、作成する状況によって適切な方式を選びたいところです。公正証書遺言を作成する場合には、内容を自分で検討する必要もあります。迷うときは、専門家に相談し、ベストな選択を提案してもらうと良いでしょう。