家族信託と遺言の基本を理解しよう
家族信託は、認知症の進行などによって財産の自己管理が難しくなった方が、家族や信頼できる第三者などに財産管理を託す際に活用される制度です。財産の所有権と管理権を分けて考え、信託契約によって管理権のみを委託者から受託者へ移し、その財産から発生した利益を受益者が得るという仕組みになっています。
これに対し、遺言は自分の財産を誰にどのような形で残すかということを遺言者自身が書面に残しておくものです。遺言は法律上の単独行為にあたり、遺言者の意思表示のみで法的効果を生じさせるため、家族信託のように契約を結ぶ必要はありません。
家族信託と遺言の違い
家族信託と遺言は、どちらも大切な財産を後世に残す手段ですが、その目的や仕組みには大きな違いがあります。ここでは家族信託と遺言の違いをわかりやすく解説します。
資産承継先の指定方法
どちらも相続時に資産承継先を指定できる点では共通していますが、二次相続が発生した場合の財産の承継先を事前指定し実行に移せるのは家族信託のみです。二次相続とは、被相続人が亡くなったあとに相続人も亡くなり、再び相続が発生することです。
- 委託者:本人
- 受託者:長男
- 受益者:本人
- 第二受益者:長男
- 第三受益者:配偶者
この場合、受益者本人が亡くなると財産は第二受益者である長男に移転し、さらに長男が亡くなると第三受益者である配偶者に移転します。一方、遺言書においては、相続人が亡くなった場合の移転先を指定し、実行できる可能性がある程度に留まります。具体的には遺言書に「長男が亡くなっていた場合、次男に〇〇の不動産を譲る」という記載はできますが、これはあくまで遺言者のみの希望に過ぎません。
また、この記載は遺言者が存命中に長男が亡くなった場合を指しており、遺言者が先に死亡した場合は、次の受贈者に関する記載が無効になります。このように、家族信託は二次相続を事前に指定できる点で優れていますが、遺言書では通常、一次相続までしか法的効力を持たせることができません。そのため、両者には明確な違いがあります。
生前の財産管理
家族信託では財産の管理権が移譲されるため、受託者に財産を管理・処分する権限があります。これに対し、遺言は遺言書が亡くなった瞬間に効力を生じます。そのため、生前に他人へ財産の管理を移すことは、遺言では実現できません。
つまり、家族信託では委託者の生前であっても受託者が財産管理できますが、遺言では遺言者が亡くなるまでの間、遺言者自身で財産管理を行うことになります。
内容の変更方法
家族信託では委託者・受益者・受託者の間で信託契約を取り交わすことで効力が発生するため、委託者本人が単独で内容を変更することはできません。内容を変更するには、基本的に委託者・受益者・受託者全員の合意が必要です。なお、場合によっては単独で変更できる場合もあるため、契約内容を事前に確認しておくとよいでしょう。
一方、遺言はもともと単独行為であるため、本人の意思のみで自由に変更・撤回が可能です。なお、信託契約の条項に受託者や受益者のみで内容の変更や撤回が可能であるという条項を設ければ、信託契約も本人のみで内容の変更が可能になります。このように、当事者間で合意さえ得られれば、信託契約の内容は柔軟に定められます。
費用
家族信託にかかる費用は財産の額や依頼する専門家に応じて異なりますが、一般的な相場は30~100万円程度かかるとされ、1億円を超えるような高額な財産がある場合には費用もさらに上がる場合があります。
家族信託の費用の大部分は専門家に支払う着手金・報酬金であるため、自分たちですべての手続を行えば費用は大きく抑えられます。ただし、家族信託は法的な専門知識を要する場面が多いことから、家族信託や付随する法的知識に精通していないと自分での手続は難しいでしょう。
遺言の場合、自筆証書遺言・秘密証書遺言は自分で作成すれば費用はかかりませんが、専門家へ依頼する場合は報酬額がかかります。なお、自筆証書遺言保管制度を利用した場合は、遺言書1通につき3900円かかります。また、公正証書遺言を作成するには公証人に支払う手数料が発生します。以下はその手数料の一覧表です。
財産の価額 | 手数料 |
---|---|
100万円以下 | 5000円 |
100万円超え200万円以下 | 7000円 |
200万円超え500万円以下 | 1万1000円 |
500万円超え1000万円以下 | 1万7000円 |
1000万円超え3000万円以下 | 2万3000円 |
3000万円超え5000万円以下 | 2万9000円 |
5000万円超え1億円以下 | 4万3000円 |
1億円超え3億円以下 | 4万3000円に超過額5000万円までごとに1万3000円を加算した額 |
3億円超え10億円以下 | 9万5000円に超過額5000万円までごとに1万1000円を加算した額 |
10億円を超える場合 | 24万9000円に超過額5000万円までごとに8000円を加算した額 |
※参照:Q7.公正証書遺言の作成手数料は、どれくらいですか?|日本公証人連合会
【ケース別】家族信託・遺言どちらを選ぶべき?

財産管理や相続の方法を選ぶ際には、自分の状況や希望に合った制度を選ぶことが重要です。家族信託と遺言はそれぞれ異なる特徴を持ち、適している場面が異なるので、ここではケース別にどちらを選ぶべきかを解説します。
【家族信託】生前に財産管理を家族に任せたい
家族信託では、認知症や身体機能の低下にかかわらず財産管理を途切れなく継続できるというメリットがあります。認知症を発症すると、銀行口座が凍結されたり不動産の売却ができなくなったりと財産が使えなくなるリスクが生じます。しかし、家族信託を行うことで信頼できる家族に財産の管理権を委託すれば、このようなリスクを回避できます。
家族信託では委託者の意向に沿った幅広い裁量を受託者に与えることができるため、たとえば収益不動産のリフォームや新規契約など、状況に応じた柔軟な対応が可能です。
【家族信託】二次相続を考慮した財産承継を考えたい
家族信託では、将来の承継先を複数世代にわたって設計できます。たとえば、「自分の死後は長男に財産を渡し、長男が亡くなったら孫に渡す」といったように、二次相続以降の行き先まで指定できるのが大きな特徴です。
認知症などで判断能力が低下した場合でも、あらかじめ決めた承継計画が自動的に実行されるため、資産を守りながら次世代へと確実に引き継ぐことができます。特に事業承継や不動産管理など、長期的な視点で財産を守りたい場合には家族信託が適しているといえるでしょう。
【遺言】死後の財産の行き先だけ決めたい
遺言は、自分の死後に財産をどのように分配するかを決める方法の1つです。そのため、生前は自分で財産を管理し続け、死後の分配だけを決めておきたい場合には最適な手段といえます。家族信託と比較した場合、遺言の手続は容易で費用も抑えられることから、特に資産がそれほど多くなく、複雑な管理を必要としないケースに向いてます。
【遺言】家族に伏せて財産の行き先を決めたい
遺言は単独で行えるため、内容を家族に知られることなく作成・保管でき、財産の行き先を伏せておくことが可能です。なお、遺言書が公正証書遺言の場合、原本が公証役場に保管されるので、遺言者は正本・謄本を保管しておく必要があります。
ただし、作成した遺言書が家族に見つけてもらえなければ意味がないので、死後に発見されにくい場所には保管しないようにしましょう。
家族信託と遺言は併用できる?
家族信託と遺言の併用は可能です。ただし、それぞれの内容が相反する場合、家族信託が優先されて遺言の効力がなくなります。たとえば、以下のような場合には家族信託と遺言の内容が相反するため、家族信託のみが効力を生じます。
- 家族信託:不動産Aを長男に信託し、自身の死後は長男が不動産Aを引き継ぐ
- 遺言:不動産Aは次男に相続させる
上記のような場合、家族信託の効力が優先され、不動産Aは長男が引き継ぐことになります。家族信託と遺言の併用が可能なのは、以下のようにそれぞれの内容が互いに矛盾せずに併存する場合です。
- 家族信託:不動産Aを長男に信託し、自身の死後は長男が不動産Aを引き継ぐ
- 遺言:預貯金3000万円は次男に相続させる
この場合、家族信託によって不動産Aは長男が引き継ぎ、遺言では預貯金3000万円を次男が相続することになります。このように、家族信託と遺言で相続人それぞれの利害を調整し、相続人にとっても納得いく遺産の分配を行うことが、円満な財産の承継を実現するためには非常に重要です。
家族信託や遺言でお悩みなら当事務所へ
家族信託は生前の財産管理と複数世代にわたる承継計画が可能な制度であり、認知症に備えた財産管理や二次相続まで指定したい場合に最適です。一方、遺言は死後の財産分配のみを自分の意思で決められる単独行為であり、両者は併用も可能ですが内容が相反する場合は家族信託が優先されます。
資産承継を適切に設計するには専門的な知識が必要な複雑な作業です。当事務所なら、お客様の状況に合わせた最適な資産承継プランをご提案し、家族信託や遺言書作成のなどのサポートが可能です。ご家族の未来を守るための第一歩として、ぜひ一度ご相談ください。専門知識を持った司法書士が、あなたの大切な財産の承継をサポートいたします。