相続分の譲渡とは
相続分の譲渡とは、相続人が有している相続分を第三者へ譲渡することです。ここでいう相続分とは、相続財産全体に対する包括的な持分、法律的な地位のことをいいます。
相続人としての法律的な地位を得た譲受人(相続分の譲渡を受けた人)は、遺産を相続する権利を得ることができ、遺産分割協議の手続にも参加できます。
相続分の譲渡ができるタイミングは、遺産分割協議前までのあいだに限られ、遺産分割協議が終了した後は相続分の譲渡をすることができません。つまり、相続分の譲渡ができるのは、遺産分割協議が成立するまでの共同相続人全員で遺産を共有している状態のときに限られます。
相続分の譲渡と遺産分割協議の違い
相続分の譲渡は、包括的な相続財産全体に対する持分の譲渡であり、特定の相続財産を譲渡するものではありません。一方、遺産分割協議は相続財産の一部のみを譲り受けることも可能であり、協議の内容次第で柔軟に遺産分割の方法を決められます。
また、相続分の譲渡の場合、相続人以外に財産を譲り渡すことが可能ですが、遺産分割協議は相続人同士の話し合いなので、相続人以外が財産を取得することはできません。
ほかにも、遺産分割協議が成立するには相続人全員の合意が必要ですが、相続分の譲渡は譲渡人と譲受人の合意のみで成立するという違いがあります。このような手続の簡便さをいかし、相続人が多すぎて遺産分割協議が円滑に進まないときに、相続人の人数を減らす手段として相続分の譲渡が行われることもあります。
相続分の譲渡と相続放棄の違い
相続放棄とは、亡くなった方の権利義務の承継を拒否する意思表示のことです。相続放棄をした相続人は、相続人としての地位を失うのみであり、相続財産を譲る相手を自分で選ぶことができません。一方、相続分の譲渡は相手を自由に選ぶことができ、相続人以外の第三者を含めて好きな相手に相続人としての地位を譲ることができます。
また、相続放棄には原則として3か月以内にしなければいけない期間要件がありますが、相続分の譲渡は遺産分割協議の成立前であればいつでも行うことができます。
相続分を譲渡すべきケース
相続分の譲渡を行うべき具体的なケースをいくつか紹介します。どのようなケースで相続分の譲渡を行い、その結果どのようなメリットがあるのかについて解説するので、相続分の譲渡をうまく活用できるようにしましょう。
相続人が多い
相続人が多いと話がまとまりにくく、遺産分割協議が長期化することがよくあります。そして、すべての相続財産の分割方法がまとまるまでは、財産の処分や不動産の名義変更をすることができず、相続財産を活用することもできません。
このような遺産分割協議が長期化することの弊害を避けるための方法として、相続分の譲渡を活用する場合があります。相続分の譲渡は遺産分割協議と異なり、譲渡人と譲受人だけで成立するため手軽に行うことができます。
このように、相続分の譲渡を行うことで遺産分割協議に参加する人数を減らし、より少ない人数で話をまとめることができるのです。
トラブルに巻き込まれたくない
遺産分割協議では相続人が遠縁であるほど揉めることも多く、遺産分割がまとまらず長期化するものです。そのような親族間の揉めごとに関わりたくないとき、遺産分割協議から離脱する手段として相続分の譲渡が活用できます。
相続分の譲渡を行えば相続人としての地位は譲受人に移るので、譲渡人は遺産分割協議に参加する必要がありません。そのため、不仲な親族がいるなどの理由で遺産分割協議に参加したくないときなどに、相続分の譲渡をすることがあります。
自分以外に財産を相続させたい人がいる
相続分の譲渡は相続人以外の第三者に対しても行えるため、自分の相続分を譲りたい相手がいる場合に相続分の譲渡を行うことがあります。
たとえば、親から相続した場合、自分の配偶者や子は相続人でないため遺産を受け取ることができません。しかし、相続分の譲渡を行うと、配偶者や子も相続人としての法律的な地位を取得でき、遺産分割協議に参加して自身の権利を主張できるようになります。
譲渡があった場合の相続登記
相続分の譲渡があった際も相続登記が必要です。ただし、相続登記の流れがケースによって異なるため、ここでは相続分を相続人に譲渡した場合と相続人以外の場合に分けて、それぞれの手続方法を解説します。
相続人に譲渡した場合
相続人へ譲渡した場合、法定相続分による登記がされていない場合とすでに登記済の場合では、手続方法が異なります。たとえば、以下のようなケースで相続分の譲渡が行われたとしましょう。
- 被相続人:A
- 相続人:子BCD
- Dが自己の持分をすべてBに譲渡
まず、法定相続分による登記がまだされていない場合、AからDへの相続登記を経ることなくAからBCへ直接名義を移すことができます。これは登記実務におけるほかの手続との比較から、便宜上共同相続の登記を省略することが可能とされているためです。
一方、すでに法定相続分による登記がされている場合、Dの持分についてAからDへと登記名義が変更されているので、相続分の譲渡後はさらにDからBへ登記を移転する手続を行います。
相続人以外に譲渡した場合
以下のようなケースで相続分の譲渡が行われたとします。
- 被相続人:A
- 相続人:子BCD
- Dが自己の持分をすべて第三者Eに譲渡
相続分の譲渡を受けたEは、相続人ではなく第三者であるため、相続を原因としてAからEへの名義変更手続をすることはできません。 そのため、このようなケースではまずAからBCDへ、法定相続分による相続登記を行う必要があります。 そして、そのあとでDからEに対して登記を移転する手続を行います。
譲渡があった場合の相続登記の必要書類
必要書類は、相続人に譲渡した場合と相続人以外に譲渡した場合で以下のように異なります。
相続人への譲渡
- 登記申請書
- 遺産分割協議書
- 相続人の印鑑登録証明書
- 不動産相続人の住民票
- 相続人全員の戸籍謄本
- 亡くなった方の住民票(除票)
- 亡くなった方の出生から死亡までの戸籍(除籍)謄本
- 相続分譲渡証明書(Dの印鑑登録証明書つき)
- 相続人譲渡通知書
相続人以外への譲渡
- 譲渡人の登記識別情報
- 相続分譲渡契約書
- 相続分譲渡証明書
- 譲受人の住民票
- 譲受人の戸籍附票
- 譲受人の印鑑登録証明書
相続分譲渡証明書とは、相続分を譲渡したことを証明する書類のことです。相続分譲渡証明書には譲渡人と譲受人が署名・押印(実印)を行い、譲渡の条件と条項などを記載します。
相続分の譲渡方法には特に決められた方式がなく、口頭でも契約が成立するとされています。しかし、当事者間で譲渡の有無や条件についてあとからトラブルになることを防ぐため、通常は相続分譲渡証明書を作成します。
相続分譲渡通知書とは、相続分を譲渡したことをほかの相続人に知らせるための通知です。相続分を譲渡したことをほかの相続人に知らせないと、のちほど解説する取り戻しなどの問題に発展する可能性があり、その後の遺産分割協議に支障をきたします。そのようなトラブルを避けるために、通常相続分の譲渡を行った際は相続分譲渡通知書をほかの相続人に送付します。
相続登記申請書の記入例(相続分の譲渡による持分移転登記)
登記申請書の記入例は以下のとおりです。
登記申請書
登記の目的 持分移転登記
原因 令和〇年〇月〇日 相続分の贈与
権利者 (住所)
持分〇分の〇 (氏名) 印
電話番号〇〇-〇〇〇〇-〇〇〇〇
権利者 (住所)
(氏名) 印
電話番号〇〇-〇〇〇〇-〇〇〇〇
添付書類
登記原因証明情報 登記識別情報(登記済権利証) 印鑑証明書 住所証明書
令和〇年〇月〇日申請 〇〇法務局 〇〇出張所
課税価格 金〇〇〇万円
登録免許税 金〇〇万円
不動産の表示
不動産番号 0000
所在 〇〇県〇〇町〇〇番地
地番 〇〇番
地目 宅地
地積 〇〇平方メートル
(順位番号〇番)
不動産番号 0000
所在 〇〇県〇〇町〇〇番地
地番 〇〇番
地目 居地
構造 鉄筋コンクリート
床面積 〇〇平方メートル
(順位番号〇番)
「登記の目的」には登記の目的を記載します。相続人以外の人へ相続分の譲渡がされた場合には、法定相続分による「相続登記分」と相続分の譲渡による「持分移転登記」の2件が必要になります。「登記の原因 」には無償で譲渡された場合は「相続分の贈与」、有償になると「相続分の売買」と記載します。なお、原因日付は譲渡契約が成立した日になります。 登録免許税は、不動産の価値によって金額が異なるので注意が必要です。
不動産の表示は登記事項証明書通りに記載する必要があり、必須項目は「所在」「地番」「地目」「地積」です。あわえて建物も対象とする場合は、「所在」「家屋番号」「種類」「構造」「床面積」の5点も記載します。
相続分の譲渡にかかる税金
基本的に相続分を譲渡する対価は無償でも有償でも問題ありません。しかし、この相続分をどういった条件下で譲渡するのかによって税金の種類などが異なります。
譲渡される人 | 対価 | 譲渡人にかかる税金 | 譲受人にかかる税金 |
---|---|---|---|
相続人 | 無償 | なし※1 | 相続税 |
有償 | 相続税 | 相続税 | |
第三者 | 無償 | 相続税 | 贈与税 |
有償 | 相続税 | なし※2 |
※1:一部譲渡の場合は、譲渡しなかった部分が相続税の課税対象
※2:相場と価格が見合わない場合は贈与税の対象
相続人に譲渡した場合の税金
譲受人側(相続人)は基本的には本来の相続分での相続税とあわせて、譲渡分を支払うパターンになります。無償譲渡でのみ、譲渡人は相続税は発生しませんが、一部譲渡した場合は、しなかった分が相続税の対象になります。
無償譲渡した場合
- 【譲受人】本来の相続分と譲渡された相続分を合算額が相続税の課税対象
- 【譲渡人】相続税はなし(全部譲渡した場合)
有償譲渡した場合
- 【譲受人】本来の相続分と譲渡された相続分の合算額し、そこから譲渡人に支払った金額を引いた額が相続税の課税対象
- 【譲渡人】譲渡人から受け取った金額が相続税の課税対象
第三者に譲渡した場合の税金
第三者に譲渡した場合、譲渡人は無償有償どちらの場合でも相続税や贈与税を支払う必要があります。譲受人は有償の場合だとかかる税金は発生しませんが、有償価格が相場と大きく剥離していた場合は、贈与税の課税対象になる可能性がなります。たとえば、譲渡する相続財産が500万円の価値を有しているにもかかわらず、50万円で取引した場合は差額分の450万円の贈与があったものとみなされる場合もあります。
無償譲渡した場合
- 【譲受人】譲渡した価格分の相続税
- 【譲渡人】譲渡された価格分の贈与税
有償譲渡した場合
- 【譲受人】譲渡した価格分の相続税
- 【譲渡人】相続税はなし(ただし著しく有償額が低額の場合は贈与税発生)
譲渡についての注意点
相続分を譲渡するうえでの注意点について解説します。相続分の譲渡を検討している場合には、こちらも参考にしてください。
譲渡後も債務の支払い義務が残る
相続分を譲渡すると、相続債務も含めて譲渡されます。つまり、譲渡人ではなく譲受人が相続によって債務を負うことになります。しかし、これはあくまで譲渡当事者の関係においてのことであり、譲渡人は相続分の譲渡をもって債権者に対して抗弁することはできません。
つまり、譲渡人が債権者から弁済を求められたとき、相続分の譲渡を理由として弁済を拒むことはできないのです。
ただし、譲渡人が弁済した場合、譲受人に求償することはできます。求償とは、代わりに弁済した分の支払いを求めることです。つまり、求償をおこなえば結果的に譲受人が債務の負担をすることになります。
相続分の取り戻しが行われる可能性がある
相続人には相続分取戻権があり、相続分の譲受人となった第三者に対して価格と費用を償還することにより、相続分を譲り受けることができます。相続分の取戻しは、遺産分割に第三者が介入することによるトラブルの発生を防止し、円滑な遺産分割が行われることを後押しするために設けられた制度です。
相続分取戻権は、譲受人に対する一方的な意思表示でも効力があり、譲渡人の承認は必要ありません。取り戻しが行われると相続分の譲渡は効力を失い、譲渡した相続分は相続人へ戻ります。
税金がかかる
共同相続人以外の第三者へ相続分を譲渡すると、税金がかかる場合があります。具体的には無償譲渡のときは贈与税が、有償譲渡のときは譲渡所得税が発生する可能性があります。税金の金額次第では自身が想定していたよりも譲れる財産が減ってしまうこともあるので、相続分の譲渡をする際は税金もシミュレーションしておくとよいでしょう。
相続分の譲渡があった相続登記は司法書士におまかせ
相続分の譲渡は、相続人が多すぎて遺産分割協議が進まないときや自分以外の第三者に相続財産を譲りたいときなどに活用できます。遺産分割協議のように相続人全員の合意は必要なく、譲渡人と譲受人の合意のみで譲渡できるので、手続の手間もかかりません。
ケースによって必要な書類や相続登記の方法が異なるため、相続人に対して相続分の譲渡を行うのか、すでに法定相続分による登記がなされているのかなど、状況に応じて適切な手続を行いましょう。
そのほか、必要書類の準備など、相続登記に関して不安があれば司法書士に相談するのがおすすめです。登記の専門家である司法書士に依頼すれば、状況に合った確実な登記手続を行えます。