遺贈の放棄と相続放棄の違いとは
相続人かそうでないかにかかわらず、遺言による贈与を拒否することは「遺贈の放棄」といいます。一方で、法定相続人が相続する権利を放棄することを「相続放棄」といいます。どちらも被相続人の財産を受け取らないという点では同じですが、法的な位置づけや手続方法は大きく異なります。
遺贈の放棄とは
遺贈の放棄とは、遺言により財産を受けることになった人(受遺者)が、その財産の取得を辞退することを指します。民法では以下のような定めがあり、遺贈を受けてもこれを放棄し、財産を受け取らないとする選択は認められます。
第九百八十六条
受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることができる。
遺贈は誰に対しても行えるとされ、受遺者は相続人である場合とそうでない場合の両方があり得ます。受遺者が相続人である場合も、原則どおり遺贈を放棄することができますが、相続権・相続人としての地位まで失うわけではありません。そのため、遺贈を放棄しても遺産分割協議には参加できます。
なお、遺贈には「特定遺贈」と「包括遺贈」の2種類があり、放棄の手続も異なります。具体的な方法については、このあと紹介します。
特定遺贈と包括遺贈の違い
- 特定遺贈:遺言で「特定の財産のすべて」を贈与すること
- 包括遺贈:遺言で「遺産に対する割合」を指定して贈与すること
相続放棄とは
相続放棄とは、法定相続人が相続の一切の権利を放棄し、相続人としての地位を失う手続を指します。家庭裁判所で相続放棄の申述が受理されると、財産を得ることができなくなります。相続人が遺贈を放棄しようとするときは、遺贈を放棄すればよいのか、相続放棄しなければならないのか、状況に応じて慎重に判断しなければなりません。
遺贈を放棄するための手続方法
遺贈を放棄する場合、その手続方法は包括遺贈と特定遺贈で大きく異なります。もっとも大きな違いは、包括遺贈の放棄は相続放棄と同様に家庭裁判所での手続が必要となるところ、特定遺贈の放棄は相続人などへの意思表示だけで足りる点です。
ここでは、以下の表で遺贈の種類による違いを確認したうえで、それぞれの放棄の進め方について見てみましょう。
包括遺贈の放棄
- 手続:家庭裁判所への申述要
- 期限:3か月以内
- 費用:1件800円+連絡用の郵便切手代
- 必要書類:申述書、戸籍謄本、住民票除票など
- 効力発生:申述したときに発生
- 一部放棄:不可
特定遺贈の放棄
- 手続:意思表示のみ
- 期限:なし
- 費用:内容証明郵便の料金など
- 必要書類:特になし(書面での合意推奨)
- 効力発生:遺言者が死亡した時点までさかのぼって発生
- 一部放棄:財産が分割できる場合は可能
包括遺贈の放棄手続
包括遺贈を受けた人は、相続人と同一の権利義務を有するとされます。そのため、放棄する場合は相続放棄と同様に、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所で放棄の申述を行わなくてはなりません。
必要書類
包括遺贈の放棄には、申述書のほかに戸籍謄本などの書類の提出が必要です。標準的な提出書類として、以下が挙げられます。
- 放棄の申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申述人(放棄する人)の戸籍謄本
- 収入印紙800円分
- 連絡用の郵便切手(管轄裁判所および居住地による)
これら以外にも、遺言者と受遺者との関係や、そのほかの状況により、戸籍謄本などの追加の書類が必要となる場合があります。提出書類については、個別の確認が必要です。
手続の流れ
管轄の家庭裁判所に申述書などの必要書類を提出すると、1週間から2週間程度で照会書・回答書が届きます。回答書を返送すると、さらに1~2週間程度で申述受理通知書が送付されます。届いた案内に基づき、相続人に放棄した旨を通知しましょう。
費用
包括遺贈の放棄にかかる費用は、申述に必要な収入印紙代800円と、連絡用の郵便切手代です。このほか、必要書類の取得費用として戸籍謄本などの発行手数料(1通あたり450円~750円)が必要となります。司法書士や弁護士に依頼する場合には、別途報酬もかかります。
特定遺贈の放棄手続
特定遺贈の放棄は、相続人または遺言執行者に対する意思表示だけで済みます。このとき、法律上は口頭での意思表示でも有効ですが、トラブル防止のため書面で取り決めておくことを推奨します。なお、相続人から催告があった場合は、その期間内に意思表示をする必要があります。
必要書類
特定遺贈の放棄に必要な書類は、法律上特に定められていません。ただし、後日のトラブル防止のため、放棄の意思表示を書面で行う場合は、最低限でも以下の内容を明記しておくことを推奨します。書面作成では、司法書士や弁護士などの第三者が証人となると、より信頼性の高い書類を作ることが可能です。
- 放棄する人の氏名・住所
- 放棄する遺贈の内容
- 放棄の意思表示
- 放棄する日付
- 放棄する人+証人の署名・押印
書面の交わし方は自由ですが、原本と写しを用意し、受遺者と各相続人および遺言執行者でそれぞれ持っておくと良いでしょう。内容証明郵便で送付する場合は、その控えも保管しておきましょう。
手続の流れ
特定遺贈の放棄に関する意思表示は、遺言執行者がいる場合は遺言執行者に、いない場合は各相続人に対して行います。基本的には書面を送付すれば手続完了となり、この時点で遺贈された財産は相続人に帰属します。
費用
特定遺贈の放棄自体に費用はかかりませんが、内容証明郵便で意思表示を行う場合は郵送費用(通常1通あたり1000円程度)が必要です。包括遺贈と同様に、司法書士や弁護士に依頼する場合は別途報酬が発生するほか、放棄した財産について登記が必要なときはその費用もかかります。
遺贈を放棄する前に検討しておきたいポイント

遺贈の放棄は撤回できないため、慎重に行いましょう。放棄するか否かを検討する際に最初に考えるのは、放棄すれば遺産を受け取れなくなる一方で、承継した場合は相続税の負担や管理の手間が生じる可能性です。ほかの相続人との関係性も、当然考慮したいところです。
遺産の状況を整理する
遺贈を受け取るか否かを検討するための判断材料の中心となるのは、財産の具体的な内容です。特に包括遺贈の場合、預貯金や不動産などのプラスの財産だけでなく、借入金や担保権などのマイナスの財産も確認するため、徹底して調査しましょう。
調査の具体的な手法を挙げるにあたって不動産を例にすると、路線価や実勢価格を基に評価額を算出し、将来的な価値変動も予測します。また、共有名義の財産がある場合は持分割合も確認が必要です。維持管理にかかる費用(固定資産税、修繕費など)も試算し、財産の承継が自身の経済状況に与える影響を検討しましょう。
遺贈を受けた場合の相続税を試算しておく
遺贈には課税があるため、全額が手元に残るわけではありません。財産の内容に加え、課税される相続税の試算も重要です。
特に、遺贈を受けた人が被相続人の一親等の血族や配偶者以外である場合、相続税額に2割加算がある点には注意しなければなりません。換金性の低い財産(不動産や非上場株式など)については、相続税の納付資金を準備できるかどうかも問題です。
相続人との関係性を考慮する
遺贈をどうするか考えるうえで、ほかの相続人との関係も考慮しなくてはなりません。特に遠縁の親戚などの第三者が包括遺贈を受ける場合は、状況により遺産分割協議に参加することになるため、相続人との良好な関係が重要となります。
遺贈を放棄するほうが良いと考えられる状況でも、相続人への影響を知っておく必要があります。贈与されていた財産は、相続人に帰属することになるためです。「債務を多く含む」「そのほかの相続人への影響を懸念している」といった場合には、最低限、放棄したあとすぐに通知する必要があります。
遺贈の放棄を実行する際の注意点
遺贈の放棄を実行する際は、いくつかの重要な法的制限や効果に注意を払う必要があります。ここでは遺贈を放棄した場合で覚えておきたい注意点について解説します。
放棄された遺贈分は相続人に帰属する
すでに説明したとおり、遺贈が放棄によってその効力を失った場合、受遺者が受けるべきであった財産は相続人に帰属します。ただし、遺言者が遺言で別段の意思を表示している場合は、その意思に従うことになります。なお、遺贈の放棄によってほかの相続人の遺留分を侵害する結果となった場合でも、放棄自体の効力には影響しません。
生前の遺贈の放棄は不可
遺贈の放棄は「遺言者の死亡後」しか行えません。つまり、遺言者の生前に遺贈を放棄することはできないのです。これは、遺言の効力自体が遺言者の死亡時に発生する点や、遺言は遺言者の生前であれば撤回や変更が可能である(遺贈の内容も変わる可能性がある)ことが理由です。そのため、遺贈を受けたくない場合でも、遺言者の死亡を待って放棄の手続を行う必要があります。
相続放棄した人が遺贈を受けた場合の取り扱い
相続放棄と遺贈は法的に別個の制度であるため、相続放棄をした人でも遺贈を受けることは可能です。ただし、被相続人に多額の債務がある場合に、相続放棄をして特定遺贈を受けるような行為は、債権者詐害や信義則違反と判断される可能性があります。
過去の事例では、相続人が相続放棄と遺贈の受け取りを組み合わせて債務の承継を免れようとする行為がありました。実務上は、こうしたリスクを避けるため、専門家に相談のうえ適切な対応を検討することが望ましいでしょう。
遺贈の放棄を検討するなら専門家へご相談を
遺贈の放棄は、遺贈の種類によって手続方法が大きく異なります。包括遺贈の場合は家庭裁判所での申述が必要となり、特定遺贈の場合は相続人などへの意思表示で足ります。また、包括遺贈の場合は3か月以内という期限があるのに対し、特定遺贈には期限の制限がありません。
遺贈を放棄するか判断する際は、遺産の状況、相続税の負担、相続人との関係性などを総合的に検討する必要があります。また、放棄後の撤回は原則として認められないため、慎重な判断が求められます。
当事務所では、遺贈の放棄に関する手続支援のほか、放棄の判断に必要な遺産調査から手続の代行まで承っております。遺贈の放棄について悩まれている方は、お気軽にご相談ください。