相続放棄を行うべきケース
相続放棄とは、被相続人の権利義務を一切承継しないことを選択する手続です。手続すれば、マイナスの財産(借金の返済義務など)を引き継がないのと同時に、プラスの財産(預貯金や不動産など)も受け取れなくなります。相続放棄するケースとしては、相続財産が債務超過の状態にあるときや、相続財産の名義変更などといった煩わしい手続から解放されたい場合があります。手続するときは、メリット・デメリットもしっかりと押さえましょう。
相続財産が債務超過の状態にある場合
相続放棄を検討すべき、もっとも一般的なケースは、被相続人の借金が資産を上回る場合です。債務超過の判断には、預貯金、不動産、有価証券などのプラスの財産と、住宅ローンや消費者金融からの借り入れなどのマイナスの財産を比較します。借金の種類によって影響は異なり、住宅ローンは物件価値と相殺される可能性がありますが、消費者金融からの借り入れは純粋な債務となります。
特に注意が必要なのは、被相続人が債務の連帯保証人になっていた場合です。この場合、主債務者(融資を受けた本人)が返済不能に陥ると、相続人が保証債務を負うことになります。相続放棄をすることで、これらの予期せぬ債務から解放されることができます。
相続手続やトラブルの対処から逃れたい場合
相続人間の関係が悪化している場合や、遺産分割協議が難航すると予想される場合も、相続放棄を検討する理由となります。たとえば、相続人の中に疎遠な家族がいる場合や、被相続人の遺言内容に不満を持つ相続人がいる場合などが考えられます。
遺産分割協議が長期化すると、相続人間の対立が深刻化し、法的な紛争に発展するリスクがありますが、相続放棄はこのようなトラブル回避に役立ちます。相続放棄をすることで、相続人は遺産分割協議に参加する必要がなくなり、家族関係の悪化を防ぐことができるからです。
相続放棄のメリットとデメリット
相続放棄の最大のメリットは、被相続人の債務から完全に解放されることです。相続放棄をした人は、プラスの財産もマイナスの財産も一切相続しないため、予期せぬ債務に悩まされることがありません。また、相続手続の負担が大幅に軽減されるのも大きな利点です。相続放棄をすれば、遺産分割協議や相続税の申告などの煩雑な手続から解放されます。
しかし、相続放棄は将来に渡って財産を受け取る機会が失われる点があります。後から価値のある遺産が見つかったとしても、それを相続することはできません。また、ほかの相続人への影響も考慮する必要があります。相続放棄をすることで、ほかの相続人の相続税負担が増加したり、予期せぬ相続人が現れたりする可能性があります。
相続放棄の必要書類と費用
相続放棄の手続を行うためには、適切な書類を準備し、管轄の家庭裁判所に提出する必要があります。必要な書類は申述人(相続放棄する人)の続柄によって異なる場合がありますが、共通して必要な書類もあります。また、手続には一定の費用がかかります。ここでは、相続放棄に必要な書類と費用について詳しく解説します。
共通の必要書類
相続放棄の手続にあたっては、所定の相続放棄申述書のほかに、申述人の親族関係を示す書類と、被相続人の死亡を証明する書類が必要です。まとめると次のようになり、続柄にかかわらず共通して必要になる書類となります。
- 相続放棄申述書
- 申述人の戸籍謄本
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
申述人の続柄別に必要な戸籍関係書類
申述人と被相続人の続柄によって、追加で必要となる戸籍関係書類があります。配偶者である場合、子である場合、きょうだいである場合、代襲相続人である場合の4パターンで解説すると、次のとおりです。
配偶者の場合の必要書類
配偶者が申述人の場合、通常は共通の必要書類のみで十分です。ただし、配偶者と被相続人が別戸籍の場合は、婚姻関係を証明する戸籍謄本が追加で必要になることがあります。
子の場合の必要書類
子が申述人の場合、被相続人の死亡記載のある戸籍謄本が必要です。ただし、子が被相続人と同じ戸籍に記載されている場合は、申述人の戸籍謄本で代用できることがあります。
きょうだいの場合の必要書類
きょうだいが申述人の場合、被相続人の出生から死亡までのすべての戸籍謄本に加えて、被相続人の父母の死亡記載のある戸籍謄本が必要です。また、被相続人に子がいた場合は、その子の出生から死亡までのすべての戸籍謄本も必要になります。
代襲相続人の場合の必要書類
代襲相続人(孫や甥・姪)が申述人の場合、被代襲者(代襲相続人の親)の死亡記載のある戸籍謄本が追加で必要になります。また、被相続人と申述人の関係を証明するための一連の戸籍謄本も必要です。
相続放棄申述書の書き方
相続放棄申述書は、相続放棄の意思とその理由や、財産の状況を家庭裁判所に伝える役割の書類です。様式は家庭裁判所の窓口で入手できますが、印刷できる環境があれば、また、裁判所のウェブサイトからダウンロードすることも可能です。記載すべき項目は下記のとおりとなります。
- 【基本的な記載事項】提出先の家庭裁判所名、申述人の署名押印(認印可)、添付書類
- 【申述人】申述人の本籍、氏名、住所、生年月日、職業、電話番号、被相続人との関係
- 【法定代理人・被相続人】法定代理人の氏名、住所、電話番号※
- 【申述の趣旨】「相続の放棄をする」と記入
- 【申述の理由】相続の開始を知った日、放棄の理由(選択式)、相続財産の概略、負債の状況
※申述人が未成年者または成年被後見人の場合
書類収集および手続の費用
相続放棄の手続には一定の費用がかかります。主な費用は以下のとおりです。
- 【住民票除票の写しの取得費用】1通につき200円から300円
- 【戸籍謄本などの取得費用】1通につき450円から750円(枚数に応じて費用は増加)
- 【収入印紙代】申述1件につき800円(複数人が申述する場合は、人数×800円分が必要)
- 【郵便切手代】1000円から2000円程度(管轄裁判所と居住地との距離により変動)
上記以外にも、弁護士や司法書士に依頼する場合、報酬も必要です。専門家報酬は、司法書士で3万円から5万円程度、弁護士で5万円から10万円程度の費用となるのが一般的です。個別事例での報酬は複雑さによって変動するため、確認をとるようにしましょう。
相続放棄の手続の流れ
相続放棄の手続は、書類を提出して返送を待つだけではあるものの、慎重に行うため、途中で照会が行われます。手続以前に「本当に相続放棄しても良いのか」を判断するための調査も欠かせません。ここでは、相続放棄の手続の流れを詳細に解説し、各段階で必要な作業と注意点を説明します。
相続財産の調査
相続放棄を検討する前に、まずは亡くなった人の財産状況をできるだけ正確に把握しなければなりません。タンス預金や古くから有する価値のある不動産を見落とすと、大きな損失につながる恐れがあります。主だった資産で調査方法を解説すると、次のようになります。
預貯金や有価証券の調査
まずは、被相続人の銀行通帳や証券会社の取引報告書の確認から始めましょう。必要に応じて、金融機関に残高証明書を請求することも可能です。口座の有無がわからない場合は、名寄を依頼し、全店照会をかけてもらいます。
不動産の調査
土地や建物の有無を調査するときは、固定資産税納税通知書や名寄帳(市区町村役場の課税台帳)の確認から始めると効率的です。不動産を所有しているとわかったら、すべて登記事項証明書を取り寄せましょう。
生命保険の調査
生命保険は、相続放棄しても受け取れる数少ない財産の1つです。加入しているか不明のときは、生命保険協会に問い合わせ、必要書類の提出および3000円の費用を払い込むことで照会してもらえます。
債務の調査
債務の調査は、被相続人宛ての請求書や契約書の確認から始めましょう。家族に秘密にしていたケースなど、書類がほとんど残っていない場合は、信用情報機関(CIC・JICC・KSC)に照会することで、全国の金融機関や貸金業者にある残債の状況を調べられます。
相続財産の調査にあたっては、戸籍関係書類など、相続人であることを証明する書類を必要とする場面が多々あります。あらかじめ相続放棄でも必要となる書類を取得しておくとスムーズです。
相続放棄申述書の作成
相続財産を調査して債務が判明した場合や、相続に参加しても利益にならないと判断できる場合は、早々に相続放棄申述書の作成に着手しましょう。このとき注意したいのは、相続人ごとに1通の申述書(800円分の収入印紙を貼り付けしたもの)が必要になる点です。債務超過のため相続人全員が放棄する意思を示すケースでは、添付書類は1セットで間に合いますが、申述書は相続人がそれぞれが作成し、すべて揃った状態で提出しなければなりません。
家庭裁判所における申述
管轄の家庭裁判所は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。管轄地については、裁判所公式サイトで確認可能です。手続に必要な書類提出は、窓口と郵送のいずれかで受け付けており、電子申請には対応していません。提出時、窓口で直接申請する場合なら当日の相談が可能ですが、郵送の場合は、必要書類が揃っているかきちんと確かめる必要があります。
届いた照会書への回答
書類提出後、家庭裁判所から送付される照会書は、申述内容の確認や追加情報の要求を目的としています。回答時は、質問に対して簡潔かつ正確に回答しましょう。特に、相続放棄の理由や相続開始を知った経緯などは、家庭裁判所が「申述を受理しても良いかどうか」を判断する材料となるため、明確に説明する必要があります。回答期限(2週間程度)や、追加書類を求められるケースにも注意を払わなければなりません。
相続放棄申述受理通知書の受け取り
家裁が申述を認めたときに交付される受理通知書は、放棄したことを対外的に証明するために必要な書類です。申述人の情報、被相続人の情報、受理日などが記載され、受理通知書と一緒に届きます。永久に保存することを前提として大切に保管するとともに、債権者そのほかの利害関係者から請求があった場合に備え、すぐ提示できるよう準備しておきましょう。
手続にかかる期間の目安
書類準備から申述までは、通常は1〜2週間程度かかります。複雑な相続関係の場合はさらに時間を要することがあります。申述から照会書到着までは2週間程度、回答から受理証明書の到着まで2〜3週間程度要し、スムーズに進むケースでも全体で約1〜2か月程度となります。個々の事情により大きく変動する可能性があるため、余裕を持って手続を進めることが重要です。
相続放棄の申述期限
相続放棄の手続ができるのは、法律で「相続の開始があったことを知ったときから3か月以内」と定められています。この期限は「熟慮期間」と呼ばれ、相続人が相続を承認するか放棄するかを決定するための重要な期限です。相続放棄を検討するなら、熟慮期間を十分に理解し、迅速かつ確実な判断を下す必要があります。
熟慮期間の起算点
熟慮期間の起算点である「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」とは、単に被相続人の死亡を知った日ではなく、自分が相続人となったことを知った日を指します。具体例としては、親族から相続の連絡を受けた日、被相続人の死亡証明書を見た日、あるいは相続人であることを通知する公的書類を受け取った日などが挙げられます。
正確な熟慮期間の起算点は、相続開始を知った日の翌日です。たとえば、ある年の3月31日に親が亡くなって自分が相続人となった旨を知った場合、4月1日を起算日として、7月1日が熟慮期間の最後の日となります。
熟慮期間を伸長する方法
相続財産の調査に時間がかかる場合や、相続人間の調整が難航している場合など、3か月以内に相続放棄の判断ができないこともあります。そのような場合、相続放棄と同様の書類を提出することで、熟慮期間の伸長(延長)の審判を受けられます。審判で伸長が認められた場合は、通常1か月から3か月程度の猶予が設けられます。
注意点は、伸長が認められるにあたって「正当な理由」が必要である点です。具体的には、相続財産の調査に時間を要する、相続人の所在確認に時間がかかる、相続人が重病や海外滞在中で手続が困難であるなどの理由が挙げられます。こうした理由を自由形式で上申書によって述べる必要があり、相続放棄の申述それ自体よりも対応がややこしくなります。
3か月の期限が迫っているときの対処法
熟慮期間が過ぎそうなときは、相続放棄のための書類提出を優先させましょう。実際に受理されるのが熟慮期間の経過後であっても、期限内に書類を提出できていれば、期間を伸長せずに手続を完了させられます。
必要書類のうち優先して提出しておきたいのは、相続放棄申述書です。添付書類については、不足を補うように後から提出しても構いません。申述書の提出が期限内であれば、その放棄の申述は、通常の熟慮期間内に行ったものとして受け付けてもらえます。
覚えておきたい相続放棄の注意点
相続放棄の手続を行う際には、いくつかの重要な注意点があります。これらを事前に理解しておくことで、不測の事態を防ぎ、適切に手続を進めることができます。ここでは、相続放棄の撤回不可能性、財産処分の影響、そして代襲相続との関係について詳しく解説します。これらの注意点を十分に理解し、慎重に判断することが、相続放棄を検討するうえで非常に重要です。
相続放棄は撤回できない
相続放棄の効力は、家庭裁判所に申述が受理された時点で発生します。一度効力が発生すると、原則として撤回することはできません。相続放棄によってほかの相続人の権利関係を確定させ、法律関係を安定させるためです。
撤回できない点において注意したいのは、後になって新たな財産が見つかる可能性です。仮にタンス預金が見つかり、相続人で分け合おうということになっても、放棄した人は受け取れません。事前に相続財産を調査する重要性は、この点にあります。
相続財産を処分すると放棄できない
放棄する前に相続財産を処分すると、法律上、単純承認したとみなされ、相続放棄ができなくなります。処分とみなされる行為の具体例としては、預金の引き出し、不動産の売却、遺品の売却などが挙げられます。
もっとも、葬儀費用の支払いについては、社会通念上相当な範囲内であれば、相続放棄の妨げにはなりません。ただし、過度に高額な葬儀費用の支払いには注意が必要です。ほかに、財産を価値を維持する目的での保存行為(家屋の修繕・税金の支払いなど)も、相続放棄を妨げない行為にあたります。
相続放棄すると代襲相続は発生しない
代襲相続とは、本来相続人となるべき者が相続開始以前に死亡している場合に、その者の子(被相続人から見て孫や姪・甥など)が相続人となるしくみです。相続放棄をした場合、その人は最初から相続人ではなかったものとみなされます。そのため、相続放棄をした人の子に相続権は移動せず、代襲相続は発生しません。
相続放棄と同じような効果を持つものとして、ほかに被相続人の意思で行う「相続廃除」や、手続なしで効果が生じる「相続欠格」などもありますが、これらの場合、代襲相続の発生の可能性が残されています。相続放棄との違いに注意し、誤解がないようにしましょう。
手続に不明な点があれば専門家に相談してみよう
相続放棄の手続は、放棄する人ごとに申述書を作成し、戸籍関係書類や死亡証明になる書類を添付することによって行います。書類提出後は、家庭裁判所より照会があり、あらためて放棄に至る経緯や理由を問われることがあるでしょう。全体で1か月から2か月程度と、書類収集費用を含めて数千円程度の費用があれば、放棄は完了します。
手続にあたっては「3か月という短い期限で決める必要があり、一度申述が受理されると撤回できない」といった性質がある点に注意が必要です。相続財産の調査はしっかりと行い、放棄に至るまでの判断は慎重かつ迅速に行わなければなりません。ほかに、督促が来るなどといった緊迫した状況で行うケースもあります。確実にベストな対応をするために、司法書士などの専門家のフォローがあると安心です。