生前贈与とは
生前贈与とは、亡くなる前に自身の財産を配偶者や親族、世話になった第三者などへ譲渡することです。財産を譲る側を贈与者、財産を受け取る側を受贈者といい、贈与者から受贈者に対して財産を移転することで計画的な資産の分配が実現できるようになります。特に、子や孫への将来的な生活基盤の確立や新生活用の資金として、生前贈与が活用されることは多く見られます。
贈与の対象となる財産は、現金のほかにも不動産、株式、貴金属、美術品、事業用資産など、贈与者が所有する財産の中から自由に選択できます。また、これらの財産は贈与者の意向に基づき、一度に譲渡することも段階的に譲渡することも可能です。
生前贈与は、贈与者の意思表示と受贈者の承諾によって成立します。贈与契約書がなくても法的効力は発生しますが、契約書を作成することで贈与の内容や条件を明確に記録できるため、のちのトラブルを未然に防ぐことができます。
生前贈与をするメリット
生前贈与にはさまざまな控除制度があり、税負担を軽減しながら財産を移転することができます。基本となるのは贈与税の基礎控除であり、基礎控除によって年間110万円の範囲内で贈与税が非課税となります。基礎控除は毎年適用されるため、複数年にわたって計画的な資産移転を行うことができます。
また、親から子への住宅取得資金の贈与では、省エネ住宅(※)で最大1000万円までの非課税制度を活用でき、教育資金の一括贈与では最大1500万円まで非課税となる特例があります。これらの制度を活用することで、子や孫の将来に向けた効果的な財産移転が可能となります。
※家庭で使うエネルギー消費を抑えるための設備・建築資材を導入した住宅
生前贈与を受けても相続放棄は可能
相続放棄とは、被相続人の財産や債務の相続を一切放棄する法的手続です。生前贈与は過去に受け取った財産の移転であり、相続放棄は将来発生する権利義務の放棄であるため、両者は法律上別個の制度として扱われます。そのため、過去に生前贈与を受けていても、相続の発生時に相続放棄をすることは可能です。
たとえば、親の事業が好調時に生前贈与を受けたものの、事業が傾いて多額の債務が発生したような場合、将来の相続時に相続放棄を選択できます。
このように、生前贈与と相続放棄は独立した制度であり、過去の贈与の有無にかかわらず、相続人は自身の判断で相続放棄を選択できます。そのため、被相続人に多額の債務がある場合や相続財産の維持管理が困難な場合などに、相続放棄は有効な選択肢となるでしょう。
相続放棄をしても相続税が発生するケース
相続放棄しても相続税が発生するケースがあります。特に注意が必要なのは、相続開始前7年以内の贈与や、相続時精算課税制度を利用した贈与です。これらのケースでは、相続放棄をしたとしても贈与された財産が相続税の課税対象となることがあるので、以下で具体的に解説します。
相続開始前7年以内の生前贈与
生前贈与によって財産を取得した人が、相続開始前7年以内に生前贈与を受けていた場合、その贈与によって取得した財産の価額が相続税の課税価格に加算されます。たとえば、親から生前贈与を受けたあと2年以内に親が亡くなった場合、その贈与財産は相続税の課税対象になります。
ただし、相続開始前4~7年以内の贈与については総額100万円の控除が適用され、税負担が軽減されます。そのため、生前贈与を受けた場合には、相続放棄をする際にも税金面での慎重な検討が必要となります。
相続時精算課税制度を適用していた場合
相続時精算課税制度は、60歳以上の親や祖父母から18歳以上の子や孫へ贈与する場合において、最大2500万円まで贈与税が非課税となる制度です。
ただし、この制度を利用すると贈与時には税負担が軽減されますが、贈与者が亡くなった時点で贈与財産を相続財産に合算して相続税が課税されます。そのため、この制度を利用して受けた贈与財産については、たとえ相続放棄をしていても相続税の対象となるので、相続時精算課税制度を選択した場合は将来の相続税も考慮した慎重な判断が必要です。
相続放棄以外で財産を手放す方法

相続放棄をしても、一定の条件下で相続税が発生することは前述のとおりです。そこで、状況に応じて相続放棄以外の選択肢を検討することも重要です。ここでは生前贈与を受けた場合に、相続放棄以外の対処方法を紹介します。相続人それぞれの状況は異なるため、以下の選択肢を慎重に検討することをおすすめします。
債務整理をする
債務整理は、返済困難な借金や債務を法的手続で解決する方法です。被相続人が生前のうちに債務整理を行うことで将来に借金を残さずに済むので、相続での争いを防ぐことができます。また、債務整理は早期に行うほど効果的であり、その後の資産形成もスムーズに進められます。
債務整理では任意整理、個人再生、自己破産、特定調停の4つがあり、それぞれにメリット・デメリットがあります。手続選択の判断の際には、債務総額、収入状況、保有財産、将来設計などを総合的に考慮する必要があります。
特に、保証人がいる場合や住宅ローンを抱えている場合、慎重な検討が求められます。債務整理は経済的な再生のための新たなスタートとなり得る選択肢なので、状況に応じて最適な方法を選びましょう。
限定承認をする
限定承認とは、相続財産の中のプラスの資産を上限とし、借金などマイナスの財産を引き継ぐ手続です。たとえば、プラスの財産が1000万円、マイナスの財産が1400万円あった場合、限定承認をすればマイナスの財産は1000万円のみ引き継げば良く、残りの400万円は引き継ぐ必要がありません。
ただし、この手続には相続人全員の同意が必要であり、また相続開始を知った日から3か月以内に家庭裁判所への申述が必要です。さらに、財産目録の作成や債務の弁済など、手続が複雑になるというデメリットもあります。限定承認は、債務があっても相続したい特定の財産がある場合に有効な選択肢となります。
相続分を譲渡する
相続分の譲渡とは、自分の法定相続分をほかの人に譲ることです。相続人や第三者に譲渡でき、対価を受け取ることも無償で譲ることも可能です。遺産分割協議が成立する前であれば相続分の譲渡ができるので、早期に相続から離脱したい場合には有効です。
ただし、相続分を譲渡しても相続人としての地位は失われないため、債務の弁済義務は免れるわけではありません。また、第三者への譲渡は、ほかの相続人から1か月以内なら取り戻し請求される可能性があり、手続も煩雑です。
さらに、場合によって譲渡人に相続税、譲受人には贈与税がそれぞれ課される可能性があるほか、将来の相続で特別受益として扱われるリスクがある点などにも留意が必要です。
生前贈与を受け取って相続放棄を行う際の注意点
生前贈与を受け取ったうえで相続放棄をする場合、いくつかの重要な注意点があります。まず、債権者保護の観点から法的な制限が設けられています。また、手続には厳格な期限があり、一度なされた判断は取り消しができません。以下では、生前贈与を受け取って相続放棄を行う際の注意点について、具体的に解説します。
詐害行為取消権を行使される場合がある
債権者を害する目的で生前贈与が行われた場合、詐害行為取消権の対象となります。詐害行為取消権とは、債務者が債権者を害する目的で自分の財産を第三者に譲渡した場合に、債権者がその行為を取り消して譲渡された財産などを返還させることができる権利です。
たとえば、贈与者に1500万円の債務があるにもかかわらず、1000万円ある財産のすべてを生前贈与した場合、債権者への返済が困難になるため詐害行使取消権を行使される可能性があります。そして、この場合は相続放棄の有無にかかわらず、贈与された財産が債務の弁済に充てられます。
単純承認すると相続放棄ができない
相続開始後に相続財産を処分すると単純承認とみなされ、相続放棄の選択肢を失います。単純承認とは、プラスとマイナスの財産をすべて引き継ぐことを承認することです。ここでの処分には、生活費捻出のための預貯金の使用や、不動産の名義変更などが含まれます。
相続開始直後は慎重な判断が求められるので、相続財産にはできるだけ手を付けないようにしましょう。特に、被相続人の預貯金や不動産の利用・管理などについては、注意が必要です。
相続放棄は取り消せない
相続放棄は、一度家庭裁判所で受理されると取り消すことができません。申述から受理までは約1か月かかり、この間であれば取り下げは可能ですが、受理後の撤回はできないことになっています。これは、相続に関する法的安定性を確保するためです。
相続放棄の決定は重大な法的効果をもたらすため、一度受理されると、あとから価値のある遺産が見つかって状況が変わったりしても、その決定を覆すことはできません。そのため、相続放棄を検討する際は、この取消不可能な性質を十分に理解したうえで判断する必要があります。
相続放棄には期限がある
相続放棄の期限は、相続開始を知った日から3か月以内です。この期限を過ぎると自動的に単純承認となり、プラスとマイナスの財産すべてを引き継ぐことになります。もっとも、やむを得ない事情で期限を過ぎた場合、家庭裁判所で相続放棄が認められる可能性はあります。ただし、これには厳格な審査があるため、簡単には認められません。
生前贈与を受けている場合、相続の事実を知った時点から迅速な対応が求められるので、期限には余裕を持って手続を進める必要があります。
生前贈与や相続放棄でお困りなら当事務所へ
生前贈与を受けた場合でも、法律上は相続放棄が可能です。ただし、相続開始前7年以内の贈与や相続時精算課税制度を利用した贈与については、相続放棄をしても相続税が発生する可能性があります。
また、相続放棄には3か月以内という期限があり、一度受理されると原則撤回することが難しいため、慎重な判断が求められます。そのため、状況に応じて債務整理や限定承認など、相続放棄以外の選択肢も検討する必要があるでしょう。
当事務所では、生前贈与と相続放棄に関する豊富な実務経験を活かし、ご相談者様の状況に応じた最適な解決策をご提案いたします。複雑な相続の問題で不安がある方はぜひ一度当事務所へご相談ください。