農地のみを相続放棄することは不可
相続放棄とは、相続人が相続の権利を放棄し、被相続人の財産を一切相続しない法的手続です。効果として、放棄した人は最初から相続人でなかったものとみなされ、相続に関するすべての権利義務から解放されます。期限は相続の開始を知った日から3か月以内で、家庭裁判所への申述が必要となります。
相続放棄の原則は、一切の権利義務を放棄することです。つまり、特定の財産のみを放棄することはできません。つまり、相続財産として複数の資産がある中で、農地に限定して放棄することはできません。相続放棄を選択する場合、すべての相続財産を放棄することになります。
農地を相続放棄するメリット・デメリット
農地の相続放棄を検討する際は、そのメリットとデメリットを十分に理解することが重要です。相続放棄は一度行うと撤回できないため、慎重な判断が求められます。農地の維持管理や相続税の負担から解放される一方で、ほかの財産も相続できなくなるなど、さまざまな影響があります。
農地を相続放棄するメリット
農地の相続放棄には、いくつかの重要なメリットがあります。まず、農地の維持管理という負担から解放されることが大きな利点です。とくに、遠方に住んでいたり、農業の経験がない場合、この負担は非常に大きくなります。
また、営農によるものを含む被相続人の債務を引き継ぐ必要がなくなるため、予期せぬ経済的負担を避けることができます。加えて、複雑な遺産分割協議に参加する必要がなくなり、相続に関する煩わしい手続から解放されます。
農地を相続放棄するメリット
- 農地の管理から解放される
- 被相続人の債務を負担せずに済む
- 遺産分割協議への参加が不要
農地を相続放棄するデメリット
一方で、農地の相続放棄にはデメリットも存在します。もっとも大きな問題は、農地以外の相続財産も含めてすべての遺産を相続できなくなることです。価値のある不動産や預貯金なども放棄することになるため、慎重な検討が必要です。
また、相続放棄により相続権が移動し、想定外の相続人が現れる可能性もあります。さらに、一定の条件下では相続放棄後も管理義務が残る場合があり、完全に責任から解放されるわけではありません。
- 農地を相続放棄するデメリット
- 相続権が後順位の人に移動する(これが原因でトラブルになることがある)
- 相続放棄後も管理義務が残る(詳しくは後述)
相続放棄後も管理義務は残る
相続放棄をしたからといって、すぐに農地に関するすべての責任から解放されるわけではありません。実際、相続放棄後も一定の管理義務が残る場合があります。以下、具体的にどのような義務が残るのか、そしてどのような手続が必要になるのかを詳しく見ていきましょう。
現に占有している人の保存義務
農地を占有している場合には、相続放棄した後であっても、適切な管理者(ほかの相続人や相続財産管理人など)に引き渡すまでの期間中は、農地を保存しなければなりません。その旨は、法律で定めがあります。
第九百四十条
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
農地の占有者に対して具体的にどんな義務が課せられるか解説すると、次のようになります。
- 自己の財産を管理するときと同一の注意義務を払う
- 農地の保存状況や保存の経過、結果を報告する(ほかの相続人などに対して)
- 農地の保存期間中に受け取った金銭などを引き渡す(同上)
- 農地について自己の名で取得した権利を移転する(同上)
なお、農地の保存に必要となった費用は、ほかの相続人や相続財産の清算人に対し、利息を付して返還してもらうことができます。債務を負担した場合も同様です。
ほかの相続人が取得する場合の手続
農地をほかの相続人が取得する場合は、所有権移転登記(相続登記)を実施しなければなりません。令和6年4月1日以降、相続登記には期限があり、相続開始を知った日から3年以内とされている点に要注意です。相続登記の期限については、令和6年4月1日より前の相続であっても、法改正の日から3年以内に手続しなければなりません。
また、農地特有の手続として、相続によって取得する人は、農地法第3条の3に基づく農業委員会への届出が必要です。届出についても期限があり、おおむね10か月とされています。
第三条の三
農地又は採草放牧地について第三条第一項本文に掲げる権利を取得した者は、同項の許可を受けてこれらの権利を取得した場合、同項各号(第十二号及び第十六号を除く。)のいずれかに該当する場合その他農林水産省令で定める場合を除き、遅滞なく、農林水産省令で定めるところにより、その農地又は採草放牧地の存する市町村の農業委員会にその旨を届け出なければならない。
全員が放棄した場合に必要な手続
すべての相続人が相続放棄をした場合、相続財産清算人の選任申し立てが必要となります。この申し立てが受理されると、以下の流れで相続財産が国庫に帰属することになります。
まず、相続財産管理人が相続財産の調査を行い、詳細な目録を作成します。次に、債権者に対して公告を行い、債務の申し出を求めます。その後、特別縁故者がいる場合は、財産の分与を検討します。最終的に、残った財産は国庫に帰属する手続が行われます。この一連の過程を経て、相続財産の処理が完了します。
農地を相続放棄するか否かの判断基準
農地の相続放棄を検討する際は、さまざまな要因を考慮し、慎重に判断することが重要です。相続放棄は一度行うと撤回できないため、その決断が将来に大きな影響を与える可能性があります。相続財産の内容、債務の有無、管理の負担、税制上の優遇措置など、多角的な視点から状況を分析する必要があります。以下では、相続放棄を検討すべきケースと避けた方がよいケースについて、具体的に解説していきます。
相続放棄を検討すべきケース
相続放棄は、いくつかの特定の状況下で有効な選択肢となります。とくに、相続財産が負債超過の場合や、管理が困難な資産が多い場合に検討される傾向があります。農地特有の問題としては、その維持管理に多大な労力とコストがかかることがあり、農業に従事していない相続人にとっては負担が大きいと言わざるを得ません。
- 農地を含め、利益のある財産がほとんどない場合
- 営農によるものを含め、被相続人に多額の借金がある場合
- 相続土地国庫帰属制度を利用できない場合※
※相続放棄しなくても、特定の土地だけを国庫に帰属させることのできる制度です。詳しくはこのあと解説します。
相続放棄を避けた方がよいケース
一方で、相続放棄を避けた方がよい状況も多々あります。とくに、相続財産に価値のある資産が含まれている場合や、税制上の優遇措置を受けられる可能性がある場合、放棄は慎重に検討する必要があります。
なお、営農中の農地に関しては、納税猶予の特例を利用できる場合、相続を選択することで大きな税制上のメリットを得られる可能性があります。
- 農地以外に、利益がある財産を所有している
- 営農や土地の賃借による収入がある
- 営農を継承する予定で、納税猶予の制度を利用できる場合
相続放棄の手続の流れ
農地を相続放棄しようとする場合、どのような手続をすれば良いのでしょうか。簡単には、相続放棄申述書を含む必要書類を管轄の家庭裁判所に提出し、その後に照会書への回答を済ませることで、放棄を証明する書類を受け取ることができます。全体の流れを解説すると、次のとおりです。
必要書類の準備
相続放棄の手続を始めるにあたり、まず必要な書類を揃えることが重要です。主な必要書類には、相続放棄申述書、被相続人の戸籍謄本(除籍謄本)、相続人の戸籍謄本、被相続人の住民票除票などがあります。相続放棄申述書は家庭裁判所公式サイトからダウンロードでき、添付書類は各市区町村の役所で取得する必要があります。
家庭裁判所への申し立て
準備した書類を基に、家庭裁判所へ申し立てを行います。まず、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所を確認します。申し立ての際には、申立手数料(800円)を収入印紙で納め、別途連絡用の郵便切手代(1000円~3000円)が必要です。申し立ては窓口で直接行うか、郵送で提出することができます。
照会書への回答
申し立て後、家庭裁判所から照会書が送られてきます。これは、申し立ての内容確認や追加情報の要求などを目的としています。照会書の内容をよく確認し、指示に従って回答書を作成します。回答には期限があるため、迅速な対応が必要です。回答内容に不備がある場合や追加資料が必要な場合は、裁判所からの指示に従って対応しましょう。
相続放棄申述受理通知書および証明書の受け取り
最終段階として、相続放棄申述受理通知書を受け取ります。これは家庭裁判所が申述人に対して相続放棄を受理した旨を知らせる書類になります。もし、債権者への対応やほかの相続人との関係で、相続放棄をしたことを証明するものが必要になる場合は、相続放棄申述受理証明書を発行しておきましょう。必要書類などは申請先の家庭裁判所や事案ごとに異なる場合があるため、都度確認するようにしましょう。
相続放棄以外で農地を手放す方法
農地の相続に直面した際、相続放棄以外にもさまざまな選択肢があります。これらの方法を活用することで、相続放棄のデメリットを回避しつつ、農地を適切に処分することが可能です。具体的には、農地のまま売却する、転用後に売却する、ほかの相続人に相続させる、そして相続土地国庫帰属制度を利用するなどの方法があります。
農地の売却・賃貸
取引相手さえ見つかれば簡単だと言えるのが、農地のまま売却するか、営農する人に土地を貸し付ける方法です。農地のまま売却する方法では、基本的には農業従事者が買主となり、その買主には農地取得後の面積が50アール以上であること・法人の場合は農業生産法人である場合などの条件が課されるのが問題です。要件を満たす相手を見つけるのは、困難な作業だと言わざるを得ません。
農地転用後の売却
農地を宅地などに転用してから売却する方法もあります。これには、市街化区域であれば届出、市街化調整区域外であれば許可が必要となり、第2種・第3種農地であることなどの「立地基準」と転用事業の計画などに関する「一般基準」が課されます。転用すれば買主が見つかりやすくなり、売却価格にも期待できますが、転用の要件を満たし、さらに造成工事のための費用を捻出する必要があるなど、転用段階でのハードルは高いと言わざるを得ません。
ほかの相続人に相続させる
遺産分割協議での合意形成の上で、ほかの相続人に農地を取得してもらう方法も考えられます。農業従事者や、営農を始める予定の人であれば、取得してもらえる可能性は高いと言えるでしょう。ただし、納税猶予の特例が使えそうにない場合や、土地の条件によっては、営農する人であっても取得を敬遠する場合があるため、注意は必要です。
相続土地国庫帰属制度の利用
令和5年4月から始まった相続土地国庫帰属制度は、相続した土地につき、一定の条件を満たすことで国庫に帰属させ、手放すことができる制度です。本制度を利用すれば、相続放棄や転用そのほかの対策を採らずに農地だけを手放すことが可能です。
制度の問題は、土地が要件を満たすか否か審査があることや、一筆20万円を基準とする負担金が必要となる点です。あらかじめ土地について調査を行ったり、負担金の原資があるか確認したりするなど、手間はかかります。
農地相続の問題は司法書士に相談をしよう
不要な農地の相続は、単純に放棄すれば良いというわけではありません。相続放棄には一切の相続権を放棄するというデメリットがあり、慎重な判断が必要です。一方で、相続を選択した場合も、管理や税金の負担が生じる可能性があります。農地の相続に直面した際は、以下の点を十分に検討しましょう。
- 相続財産全体の価値と負債の状況
- 農地の管理や活用の可能性
- 相続税納税猶予制度の利用
- ほかの相続人への譲渡や分割の可能性
- 相続土地国庫帰属制度の利用
当事務所では、維持管理・活用に困る土地の取り扱いにつき、過去の事例の解決実績を通じてアドバイスすることができます。相続放棄や農地の処分方法など、農地相続に関するお悩みがございましたら、お気軽にご相談ください。