目次
自筆証書遺言の基礎知識
3つある遺言方式の1つである「自筆証書遺言」は、遺言者本人により全文手書きで作成する方法で、費用がほとんどかからず手軽に作成できる特徴があります。注意したいのは保管方法で、適切でない場合は紛失・滅失・改ざんのリスクがあります。まずは、本方式で遺言するときの基礎知識を整理しましょう。
効力を生じさせるための作成方法
自筆証書遺言は、遺言書本体と財産目録の2つの書面から構成され、民法第968条で作成方法が定められています。それぞれの書面について効力を生じさせるには、法律にある以下のルールを守らなくてはなりません。
遺言書本体の作成方法
- 遺言の内容を全文および、作成した日付・氏名は手書きで記載する
- 押印(認印・実印どちらでも可)
財産目録の作成方法
- 資料にそって資産および負債を列記する(手書き・パソコンどちらでも可)
- 完成した財産目録の各ページに手書きで署名、押印する(印鑑は遺言書本体と同じものを使用)
作成した遺言書を後から訂正するときは、訂正箇所に二重線を引くなどして訂正後の内容を付記、押印します。そのうえで、欄外で訂正場所を指示し、変更した旨を付記・署名する必要があると定められています。
相続開始までの保管方法
自筆証書遺言の保管方法に決まりはありませんが、保管中の紛失、滅失、他人による改ざんがないように注意しなければなりません。適切な保管場所としてよく選択されてきたのは、自宅の貴重品を保管する場所や、銀行の貸金庫です。
ほかには、弁護士などの専門家に預託する方法も選ばれています。これらに加えて新しく選択肢に入ったのが、令和2年7月に始まった「自筆証書遺言書保管制度」です。この方法を活用すれば保管中のアクシデントを防げます。
検認手続の必要性
自筆証書遺言は、原則として相続開始後に家庭裁判所での検認手続を要します。検認とは、遺言書を発見した人や保管している人が、遺言書を未開封のまま家庭裁判所に提出し、裁判所が遺言の形状や内容を確認する手続です。この手続には、遺言の内容を相続人全員に共有することで、遺言書の改ざんや隠匿を防止する目的があります。
実務的には、自筆証書遺言の内容に従って財産の名義変更(相続登記など)を行う際に、家庭裁判所が交付する検認済証明書を要します。なお、検認を怠った場合、5万円以下の過料に処せられる可能性があるため、注意が必要です。
自筆証書遺言書保管制度とは
自筆証書遺言書保管制度が施行される以前までは、紛失や改ざんのリスク、検認手続の必要性など、いくつかの課題がありました。この課題を解決できる自筆証書遺言書保管制度は、本人からの申請で作成した遺言書を法務局(遺言書保管所)が預かり、安全に保管しつつ、検認手続の省略などによって相続手続を円滑にするものです。
保管できる自筆証書遺言書の条件
自筆証書遺言書保管制度を利用するには、前述の民法第968条で定められた方式に加えて、法務局が指定する様式に従って遺言書を作成する必要があります。保管や画像データ化の都合で、用紙の大きさや余白、記載方法などが細かく定められているのです。
- 用紙はA4サイズで、文字の判読を妨げる彩色などがないものを使用
- 余白を確保する(上5mm以上・下10mm以上・左20mm以上・右5mm以上)
- 余白部分には何も記載しない(修正に関する記述を除く)
- 片面印刷であること(両面印刷は不可)
遺言書が保管される期間
自筆証書遺言書保管制度を利用して預けられた遺言書は、原本と画像データの2つの形式で保管されます。遺言書の原本は遺言者の死亡後50年間保管され、画像データは死亡後150年間保存されます。
法務局での保管申請の方法
遺言書の保管申請は、遺言者の住所地、本籍地、所有する不動産の所在地のいずれかを管轄する法務局で行えます。予約は電話またはオンラインで受け付けていますが、保管の申請手続は必ず遺言者本人が行わなければなりません。
当日は本人が遺言書や必要書類、手数料を持参して法務局に出向く必要があります。なお、具体的な必要書類や費用については、のちほど詳しく説明します。
遺言書の保管に関する通知制度
自筆証書遺言書保管制度には、遺言の存在を相続人などに確実に伝えるための2つの通知制度が付帯しています。これらの通知は、自筆証書遺言書保管制度の申請時に同時に行うことができ、相続開始後に遺言書を見逃すことを防ぐ重要な役割を果たします。
関係遺言書保管通知
遺言者の死亡後、関係する相続人などが遺言書の閲覧や証明書の取得を行ったときに、そのほかすべての関係相続人などに一斉通知する制度です。
指定者通知制度
遺言書保管官が戸籍担当部局などを通じて死亡の事実を確認したときに、あらかじめ指定した人(最大3名まで)に通知する制度です。
遺言書の閲覧・各種変更・撤回方法
遺言者は、生前いつでも保管中の遺言書を閲覧することができます。閲覧方法には、保管している法務局での原本閲覧と、全国の法務局でできるモニター閲覧の2種類があります。
また、住所や氏名の変更があった場合には変更届を提出する必要があり、遺言の内容を変更したい場合は一旦保管を撤回して修正後に再度申請します。保管の撤回手続は無料ですが、再度の保管申請には新たな手数料が必要となります。
相続人による閲覧および遺言執行の方法
遺言者の死亡後は、相続人など関係者であることを証明する書類を用意することで、全国どこの法務局でも遺言書の存在を調べられます。手続の流れとしては、まず遺言書保管事実証明書を請求して遺言書の有無を確認し、遺言書が見つかった場合は遺言書情報証明書の交付を受けます。
この証明書には遺言の内容が記載されており、これに基づいて不動産の相続登記などの具体的な遺言執行の手続を進めることが可能です。
自筆証書遺言書保管制度の利用にかかる費用
自筆証書遺言書保管制度の利用には、手続の内容に応じて定められた手数料が必要です。手数料は収入印紙で納付し、金額は以下のとおりとなっています。
- 自筆証書遺言書保管制度の利用時:保管申請(3900円)
- 相続手続の開始時:遺言書保管事実証明書(800円)、遺言書情報証明書(1400円)
- 遺言書の閲覧時:モニター閲覧(1400円)、原本閲覧(1700円)
自筆証書遺言書保管制度のメリット

自筆証書遺言書保管制度を利用することで、従来の自筆証書遺言が抱えていたさまざまな課題を解決することができます。具体的なメリットを挙げていくと、以下で解説する4つとなります。
法務局による形式チェックがある
自筆証書遺言書保管制度を利用する際、法務局の担当者が遺言書の方式に関する詳細なチェックを行います。全文手書きの確認や日付・氏名の記載、押印の有無など、自筆証書遺言の形式面での要件を満たしているかを確認してもらえるのです。
ここで不備があった場合は、その場で指摘を受けることができるため、方式違反により遺言が無効になるトラブルを防止できます。
遺言書の紛失・滅失・改ざんリスクが小さくなる
自筆証書遺言書保管制度の最大の利点は、法務局で遺言書を厳重に保管してもらえることです。遺言者が認知症を発症して遺言書の場所がわからなくなったり、災害で自宅が被災して遺言書が失われたりするリスクがありません。
さらに、遺言書は原本だけでなく画像データとしてもバックアップされるため、万が一の事態にも備えることができます。また、法務局での保管により、相続人などによる無断での持ち出しや改ざんの心配もなくなります。
相続開始後の検認手続が不要になる
自筆証書遺言書保管制度を利用した場合、家庭裁判所での検認手続が不要になります。検認済証明書付きの遺言書のかわりに、法務局が交付する「遺言書情報証明書」を利用すれば、不動産の相続登記などに対応できるのです。
検認のため申し立ての手間や期日待ちの時間が生じたり、家庭裁判所に出向いたりする必要がなくなる相続人の負担を軽減するうえで特筆すべきポイントです。
遺言書の存在を確実に通知できる
すでに述べたとおり、自筆証書遺言書保管制度には、遺言書の存在を確実に相続人などに伝える仕組みが用意されています。遺言執行者(遺言の内容を実現する役割を担う人物)を指定した場合には、指定した相手への連絡も確実に行われます。これにより、遺言者の意思を確実に実現し、相続手続の早期開始が可能となります。
自筆証書遺言書保管制度のデメリット
自筆証書遺言書保管制度には、遺言書の安全な保管や相続手続の円滑化など多くのメリットがありますが、一方でいくつかの制約や注意点も存在します。特に、遺言者本人の出頭が必要なことや、決められた様式での作成が求められることなど、利用にあたって考慮すべき事項があることは見逃せません。
利用開始時に遺言者本人の出頭が必要
自筆証書遺言書保管制度を利用するときは、必ず遺言者本人が法務局に足を運ぶ必要があります。弁護士や司法書士などの専門家に相談している場合でも、相談先による代理での申請は認められていません。
そのため、病気や入院中の場合、あるいは遠方に住んでいる場合など法務局への来庁が困難な状況では、自筆証書遺言書保管制度を利用できません。また、事前の予約が必要となるなど、手続面での制約が大きいのが実情です。
決められた様式による作成が必要
自筆証書遺言は本来、筆記具などの指定はありませんが、自筆証書遺言書保管制度を利用するには、法務局が定めた様式を守る必要があります。これらの要件を満たさない場合、有効な遺言書だとしても、保管申請は受理されません。遺言者にとって書きやすい用紙や記載方法を自由に選べないため、作成の自由度が制限されることになります。
遺言する内容の効力については確認されない
法務局では遺言書の形式的なチェックは行いますが、遺言する内容(遺産分割の指定など)の法的な有効性については確認してもらえません。
そのため、遺留分を侵害するような内容や、無効となる可能性のある条件付き遺言、あるいは相続人間でトラブルを引き起こしかねない内容であっても、そのまま保管されることになります。遺言の内容面での問題を防ぐためには、事前に専門家へ相談し、法的な観点からの確認を受けるべきです。
遺言の訂正・撤回・遺言者情報の修正手続が面倒
保管した遺言書の内容を変更したい場合、訂正箇所の修正だけでは対応できません。訂正・変更などを行いたいときは、保管の撤回手続を行って遺言書の返却を受け、書き直した後は、改めて保管申請を行う必要があります。
また、遺言者の住所や氏名が変更された場合、その都度法務局へ届け出る必要があります。手続は本人が直接行うほか、代理人や郵送での手続も可能です。ただし、変更後の申請には、再度遺言者本人が法務局へ出向く必要があり、新たに手数料も発生します。
自筆証書遺言書保管制度を利用する際の手続の流れ
自筆証書遺言書保管制度の利用には、いくつかのステップを順番に進めていく必要があります。遺言書の作成から法務局での保管申請、そして保管証の管理まで、それぞれの段階で必要な準備や注意点があります。ここでは実際に利用する際の手続の流れを詳しく解説していきます。
遺言書の作成
最初に行うのは、遺言書本体および財産目録の作成です。法律で定められた方式や法務局が指定する様式を厳守し、自筆証書遺言書保管制度を利用できる有効な遺言書を作成しましょう。
注意したいのは、完成した遺言書の取り扱いです。遺言書および財産目録は、自筆証書遺言書保管制度の利用申請まで、ホチキス留めや封印はしないようにしましょう。
保管申請する法務局の選択
次に、管轄の法務局(遺言書保管所)から都合のよい申請先を選び、事前予約を行います。電話で予約する場合は番号を確認し、オンラインで予約する場合は「法務局手続案内予約サービス」の専用ページから手続しましょう。
必要書類の準備
申請に必要な書類は、遺言書本体のほか、法務局所定の保管申請書などがあります。手数料(3,900円分)の収入印紙も用意しておきましょう。なお、関係者への通知制度を利用したいときは、保管申請書に所定の事項を記載するだけで問題なく、別途手続する必要はありません。
- 記入済の保管申請書
- 遺言書本体および財産目録
- 顔写真付きの本人確認書類(運転免許証やマイナンバーカードなど)
- 本籍と戸籍の筆頭者の記載がある住民票の写し(発行後3か月以内のもの)
- 3900円分の収入印紙(法務局窓口で購入可能)
法務局での保管申請
必要書類が準備できたら、予約した日時に法務局を訪れ、まず本人確認を実施してもらいます。その後、提出書類の確認と遺言書の形式審査が行われ、問題がなければ手数料を納付して手続が進められます。手続には30分から1時間程度かかるため、時間に余裕をもって来庁することをおすすめします。
保管証の受け取りと管理
手続が完了すると、保管番号が記載された保管証が交付されます。遺言書保管証は閲覧などの手続の際に必要となりますが、再発行には対応していないため、紛失しないよう注意しましょう。合わせて、保管証の存在を家族に知らせておくことで、将来の相続手続がよりスムーズになります。
公正証書遺言と自筆証書遺言書保管制度との比較
公正証書遺言と自筆証書遺言書保管制度の利用を前提とする自筆証書遺言には、安全性・信頼性の面で共通項が多くあります。一方で、費用面や作成方法、出張対応の可否など、重要な違いも存在します。ここでは、それぞれの特徴を比較しながら、どちらの方式が自分に適しているのか判断するためのポイントを解説します。
両者に共通するメリット
- 検認手続が不要
- 原本が法務局や公証役場といった官公庁で保管される
- 全国どこからでも遺言書の閲覧・検索が可能
- 利用するための費用の違い
費用面では、両者に大きな違いがあります。自筆証書遺言書保管制度は、遺言書1通につき3900円の定額制となっており、遺産の価額によって費用が変動することはありません。一方、公正証書遺言の作成は、遺言で処分する財産の価額に応じて手数料が計算され、最低でも1万6000円はかかります。
ただし、公正証書遺言の場合は、法律の専門家である公証人による内容確認や法的アドバイスも含まれているため、一概に費用の高低だけでは判断できない点に注意が必要です。
出張対応の有無の違い
公正証書遺言の場合、遺言者が入院中や施設入居中など、公証役場への来庁が困難な場合でも、公証人が出張して対応することが可能です。出張に伴う日当や交通費は別途必要となりますが、遺言者の状況に柔軟に対応できる点が大きな特徴です。
これらに対し、自筆証書遺言書保管制度を利用する場合は、必ず遺言者本人が法務局に出向いて保管の申請をしなければなりません。療養中など外出が難しい状況では、自筆証書遺言書保管制度を利用できず、作成した遺言書は自宅や金庫など、別の方法で保管する必要があります。
第三者を交えずに作成できるかの違い
公正証書遺言は、公証人の面前で2名以上の証人の立ち会いのもと作成する必要があります。これは遺言の内容や遺言者の意思を確実に担保するための仕組みですが、証人の手配が必要となり、また遺言の内容を第三者に知られることになります。
一方、自筆証書遺言書保管制度を利用する場合、法務局の担当者による形式面でのチェックは受けますが、遺言書自体は遺言者が単独で作成することができます。遺言の内容を極力秘密にしておきたい場合は、この点が重要な判断材料となるでしょう。
遺言書作成でお困りなら当事務所へ
自筆証書遺言書保管制度は、法務局への預け入れによって、自筆証書遺言の安全な保管と円滑な相続手続を実現する制度です。預け入れのために一定のルールがある点や、内容面での法的な確認が行われない点に留意する必要はありますが、積極的に利用を検討したい制度だと言えます。
当事務所では、自筆証書遺言の作成から制度利用までサポートしています。遺言書の内容について法的な確認を行うことはもちろん、申請に必要な書類の準備や法務局での手続についてもアドバイスいたします。遺言についてお悩みの方は、ぜひお気軽にご相談ください。