遺言書の代筆は無効になる
自筆証書遺言を遺言者以外の誰かが代筆すると、その遺言は無効になります。これについては、民法でも以下のように定められています。
第九百六十七条
遺言は、自筆証書、公正証書又は秘密証書によってしなければならない。ただし、特別の方式によることを許す場合は、この限りでない。
上記のとおり、民法では自筆証書遺言は自書で書かれることが要件となっています。そのため、代筆によって書かれた遺言書では法律の要件を満たさないため、遺言書としての効力がありません。
たとえ遺言者本人の同意があったとしても、代筆による遺言書は無効となります。代筆で作成された遺言書は、後々トラブルの原因になる可能性があるため、十分に注意が必要です。この点については、後ほどさらに詳しくご説明いたします。
手書きが困難な場合は公正証書遺言を
自筆証書遺言で遺言者が自筆で遺言書を作成することが難しい場合、添え手などを使って遺言書を作成すると無効になるリスクがあります。そのため、公正証書遺言の作成をおすすめします。公正証書遺言であれば、遺言者の自書が難しい場合でも、法的に有効な遺言書を作成することができます。
公正証書遺言の作成
公正証書遺言は、遺言者本人が手書きする必要がありません。そのため、自書でなくても有効な遺言書を作成できます。
公正証書遺言の場合、公証人という法律の専門家が関与して2人以上の証人の立ち合いのもと作成されるため、遺言者の真意を正確に反映されます。また、原本は公証役場で保管されるため、遺言書の紛失や改ざんのリスクもなく、安全性が高いといえます。
公正証書遺言の遺言書を作成するには、次項の出張対応以外は、原則公証役場へ足を運ぶ必要があります。作成には手数料もかかりますが、正確な遺言書を残したいときには有効な選択肢となります。
出張対応も可能
遺言者本人が病気や高齢で公証役場に行けない場合でも、公証人が自宅や病院、施設に出張して公正証書遺言を作成することができます。遺言者の意思を確実に伝えるための重要な手段として、このような柔軟な対応が認められています。ただし、公証人に出張を依頼する場合には、通常の手数料に加えて以下の費用が発生します。
- 病床執務加算:基本手数料の50%
- 日当:1日2万円(4時間以内は1万円)
- 交通費:実費分
作成費用はかかりますが、その分遺言者の負担を減らすことができます。遺言者が遺言能力を備えつつ、出張による公正証書遺言の作成は、自分の意思を確実に伝えるための有効な選択肢となります。
緊急時に利用できる特別方式の遺言
自筆証書遺言や公正証書遺言を活用して遺言を残すのが難しい場合のために、民法では特別方式の遺言について定めています。
- 【一般危急時遺言】死亡の危急に迫った者の遺言
- 【一般隔絶地遺言】隔離者の遺言
- 【船舶隔絶地遺言】在船者の遺言
- 【難船危急時遺言】船舶遭難者の遺言
実際にはほとんど利用されることがない方式もありますが、それぞれのケースで必要とされる場面や要件などを1つずつ解説します。
なお、特別方式の遺言は、遺言者が普通方式である自筆証書遺言や公正証書遺言、秘密証書遺言の遺言書を作成した、もしくはできるようになったときから6か月経過すると、特別方式遺言の効力はなくなります。
また、緊急時の遺言書であっても家庭裁判所での検認は必須になります。手続を怠ると、遺言書が無効とされる可能性があるだけでなく、5万円以下の過料に処せられます。遺言書の効力を確保するためには、検認を必ず受けることが重要です。
【一般危急時遺言】死亡の危急に迫った者の遺言
病気などの理由により死が間近に迫っている人が行う遺言を一般危急時遺言といいます。この方式では、3人の証人立ち合いのもと、遺言者が証人の1人に遺言内容を口頭で伝え、証人がそれを書き記します。未成年者、推定相続人、配偶者などは証人になることができません。
証人が記した遺言の内容は、遺言者およびほかの証人に対して読み上げる、もしくは文章を閲覧させ、その正確性を確認したのち、各証人が署名および押印を行います。この遺言は20日以内に家庭裁判所での確認の審判申し立てが必要になります。
【一般隔絶地遺言】隔離者の遺言
伝染病による隔離や災害で孤立した場合など、一般社会との接触が断たれた状況にある人が利用できるのは一般隔絶地遺言という様式です。警察官1名と証人1名の立ち合いのもとで、遺言者自身が遺言書を作成し、本人と証人全員が署名・押印を行います。遺言者自身が作成するため家庭裁判所での確認は必要ありません。
【船舶隔絶地遺言】在船者の遺言
陸地から遠く離れた船舶にいる人のための特別な遺言方式を船舶隔絶地遺言といい、船長または事務員1名と証人2名以上の立ち合いのもとで作成されます。「一般隔絶地遺言」と同様に、遺言者自身が作成し、本人と証人全員が署名・押印を行いますが、家庭裁判所での確認は不要です。
【難船危急時遺言】船舶・航空機遭難者の遺言
船舶や航空機が遭難した場合に作成できる遺言は、難船危急時遺言と呼ばれます。遺言作成の流れは「一般危急時遺言」と同様ですが、証人は2名以上で家庭裁判所での確認も無期限と制限が緩和されています。
自分で遺言を書けない場合の注意点
前述のとおり、一般危急時遺言や難船危急時遺言を除き、遺言書の代筆は法的に認められず無効となります。遺言書の代筆行為は思わぬ法的トラブルを引き起こし、相続に関する権利を失うリスクもあります。自分で遺言書を書くことが難しい場合、どのような点に注意すべきかを具体的に見ていきましょう。
代筆は相続の欠格事由に該当する可能性も
代筆で書かれた遺言は無効になることを説明しましたが、場合によっては偽造とみなされ、相続の欠格事由に該当することも考えられます。相続の欠格事由については、民法で以下のように定められています。
第八百九十一条
五 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者
上記のような欠格事由に該当する行為を行うと、その相続人は相続権がなくなります。そのため、代筆という建前であっても、あたかも被相続人が自身が作成したかのような遺言書を、自分にとって有利な内容で作成した場合には偽造とみなされる可能性があります。
添え手をして書かれた遺言も無効になる場合がある
添え手とは、遺言者の手が震えるなどの理由で他人が遺言者の手を支えたり誘導したりすることです。たとえば、遺言者の背後から手の甲を握って支えるといった補助行為などが、これにあたります。判例では、添え手による遺言が無効となる要件として、以下の3つを挙げています。
- 遺言者が証書作成時に自書能力を有していないこと
- 他人の添え手が、単なる支えや位置の案内に留まらないこと
- 添え手をした他人の意思が介入した形跡が筆跡から判定できること
この要件に当てはまると、添え手によって書かれた遺言は無効になります。実際の裁判においても、整然とした文字や達筆な字が混在していたことから、単なる支えを超えて補助者の意思が積極的に介入したと判断され無効とされました。
このように、遺言書における自書要件は、筆跡により本人の真意を保障する重要な要素です。添え手による補助は、あくまでも補助に留まる必要があり、他人の意思が介入するに至った場合には、遺言の本質的要件を欠くものとして無効となります。
財産目録は自筆でなくても有効
財産目録とは、亡くなった方の資産や負債を一覧にまとめた表のことです。財産目録については自書である必要はなく、また作成義務もありませんが、多数の相続財産がある場合などに財産の配分を簡潔に示すため、遺言書とともに残される場合があります。
そのため、遺言書を自筆で書いたうえで財産目録をパソコンで作成し、遺言書に同封されることがあります。なお、これには本人の自筆による署名と押印が必要になるため、留意しておきましょう。
遺言書の代筆でお悩みの方は司法書士にご相談を
遺言書の代筆は単なる無効に留まらず、相続権を失うという重大な結果を招く可能性があります。ただし、自分で遺言書を書くことが難しい状況の場合は、公正証書遺言や特別方式の遺言など、法律で定められた代替手段が用意されています。状況に応じてこれらの方法を適切に選択することで、遺言者の意思を示すことができます。
当事務所では、依頼者さまの状況を丁寧にお伺いしたうえで、最適な遺言書の作成方法をご提案しています。特に公正証書遺言の作成については、公証役場との連絡調整から証人の手配まで、手続の全般をサポートいたします。
遺言書の作成方法で悩まれている方は、まずはお気軽にご相談ください。ご家族の将来のために、確実な遺言書作成をお手伝いいたします。