目次
特別方式遺言とは
遺言には、一般的によく知られている自筆証書遺言や公正証書遺言といった普通方式遺言のほかに、緊急時など特別な状況下で認められる特別方式遺言があります。特別方式遺言は、予期せぬ事態で通常の遺言作成が困難な場合に、遺言者の最期の意思を実現するための制度です。
特別方式遺言が認められる2つのケース
特別方式遺言が認められるのは、死期が迫っているようなケース(危急時遺言)と、隔離されて外界との連絡が困難なケース(隔絶地遺言)です。このような場合には、特別方式遺言の方法として、指定された証人の立ち会いなどを条件に、本人の置かれた状況に配慮した方法による遺言が認められます。
危急時遺言の特徴
- 病気や怪我などで生命の危機が迫っているときの遺言
- 口授による代筆が可能
- 家庭裁判所での確認が必要
隔絶地遺言の特徴
- 船舶や飛行機、伝染病隔離施設などで隔離されているときの遺言
- 遺言書は本人が作成する
- 家庭裁判所での確認は不要
普通方式遺言と特別方式遺言の違い
特別方式遺言は、普通方式遺言と比べていくつかの重要な違いがあります。もっとも大きな違いは有効期限の有無で、特別方式遺言は、あくまで緊急時に作成されるものとされており、遺言者が普通方式遺言を作成した場合、または普通方式遺言を作成できる状況となって一定の期間が経過すると、その効力を失います。特別方式遺言と異なり、普通方式遺言はより新しい日付の遺言書を作成するまで効力は失われません。
もう1つの違いは、証人の必要性です。普通方式遺言のうち証人を必要とするのは公正証書遺言のみですが、特別方式遺言では証人の確保が欠かせません。
危急時遺言の種類・効力・作成方法
危急時遺言は、病気やケガ、また船舶や航空機の遭難など、死亡の危機が迫った状況で作成できる特別な遺言方式です。状況の緊急性に応じて「一般危急時遺言」と「難船危急時遺言」の2種類が定められており、それぞれ必要な証人の数や手続の要件が異なります。いずれの場合も、作成後の家庭裁判所における確認が必要となり、これを怠ると遺言は無効となってしまう点に注意が必要です。
一般危急時遺言とは
一般危急時遺言は、疾病などの事由によって死亡の危急に迫った人が利用できる遺言方式です。作成には3人以上の証人の立ち会いのもと、下記の方法で作成します。
- 利害関係のない3人の証人のうちの1人に、遺言の内容を口頭で伝える
- 遺言の内容を伝えられた証人は、その内容を筆記する
- 筆記した証人は、遺言の内容をほかの証人および本人に読み聞かせる(閲覧でも可能)
- 正確に筆記されていることを各証人が確認し、署名・押印する
上記の手順では、口授(口頭で伝えること)ができることが条件とはなるものの、何らかの理由で言葉を発せないなどの状況のときは通訳人を介しても構いません。証人による遺言の読み聞かせの際も、耳が聞こえない場合は、本人に変わって通訳人が内容を確認することができます。
難船危急時遺言とは
難船危急時遺言は、船舶や航空機の遭難など、より緊急性の高い状況で認められる遺言方式です。一般危急時遺言よりも要件が緩和されており、必要な証人は2人以上とされています。作成方法については、一般危急時遺言と同様です。
遺言作成後は家庭裁判所の確認・検認を要する
作成した一般危急時遺言は、20日以内に家庭裁判所へ確認の審判を行う必要がありますが、難船危急時遺言の場合はその期限はありません。これらの確認を行ったあとに、遺言者が亡くなったら「検認」と呼ばれる手続が必要になります。なお、危急時遺言の確認請求の際に必要な書類は下記のとおりです。
- 申立書
- 申立人の戸籍謄本
- 遺言した人の戸籍謄本
- 証人の戸籍謄本
- 遺言書の写し
- 医師の診断書(確認を請求するときまで遺言者が存命の場合)
請求した遺言書について家庭裁判所がチェックするのは、遺言が遺言者の真意に基づくものであるか否かです。提出された書類などから上記の心証が得られる場合に、作成された書面は遺言書としての効力を持ちます。
隔絶地遺言の種類・効力・作成方法
隔絶地遺言は、伝染病による隔離や災害による孤立、長期航海など、一般社会から隔絶された状況にある人が利用できる遺言方式です。危急時遺言とは異なり、必ずしも死期が迫っている必要はありません。「一般隔絶地遺言」と「船舶隔絶地遺言」の2種類があり、いずれも本人が自ら作成することが原則です。
一般隔絶地遺言とは
一般隔絶地遺言は、伝染病による隔離施設への収容や、災害による孤立など、一般社会との交通が遮断された状況にある人が利用できる遺言方式です。また、刑務所に服役中の場合なども、この遺言方式を利用することができます。注意したいのは、危急時遺言と異なり、遺言書は必ず本人が作成しなければならない点です。基本的な作成の手順は下記のとおりです。
- 警察官1人と証人1人が立ち会う
- 本人が遺言書の本文を作成する(口述による代筆は不可)
- 本人および証人全員の署名・押印を揃える
船舶隔絶地遺言とは
船舶隔絶地遺言は、船舶上で陸地から隔絶された状態にある人が利用できる遺言方式です。作成にあたって必要な証人の数は計3人以上となり、一般隔絶地遺言と同様に本人が作成し、証人全員の署名押印を必要とします。この方式による遺言書の作成方法は次のとおりです。
- 船長または事務員1人と証人2人以上が立ち会う
- 本人が遺言書の本文を作成する(口述による代筆は不可)
- 本人および証人全員の署名・押印を揃える
なお、この遺言方式は航空機での作成は認められていません。これは航空機の場合、搭乗時間が比較的短く、陸地からの隔絶状態が一時的なものに過ぎないためです。
遺言作成後に必要なのは検認のみ
隔絶地遺言は、遺言者本人が作成し、法定の立会人や証人が関与することから、家庭裁判所での確認手続は不要とされています。ただし、遺言者の死後に行う検認手続は必要であり、この点は危急時遺言と共通です。
特別方式遺言を作成するときの注意点
特別方式遺言は、緊急時や特殊な状況での遺言作成を認める制度ですが、その有効性については厳格な要件が定められています。特に重要なのが、普通方式遺言が可能になった場合に生じる有効期限と、証人・立会人に関する規定です。これらの要件を満たさない場合、遺言は無効となってしまいます。
特別方式遺言が無効になる条件
特別方式遺言は、遺言者が普通方式遺言を作成できる状態になってから6か月間生存すると無効になります。たとえば、病気が回復して普通方式遺言が可能になった場合、その時点から半年以上生存すると特別方式遺言は効力を失います。ほかの無効になる条件と合わせて整理すると、下記のとおりです。
- 普通方式遺言を作成できるようになってから6か月が経過した場合
- 家庭裁判所の確認を経なかった場合(危急時遺言に限る)
- 証人の欠格事由に抵触する場合
無効になった場合は普通方式遺言が必要
特別方式遺言が無効となった場合は、新たに普通方式遺言を準備する必要があります。普通方式遺言は本人による作成が原則ですが、自筆証書遺言や秘密証書遺言には紛失・滅失・改ざんのリスクがあることに注意が必要です。特に、病気などで遺言書の作成・保管を自分で行うことが難しい場合は、公正証書遺言の作成を検討すると良いでしょう。
作成にあたっては本人自ら公証役場に向かうのが原則ですが、所定の費用を支払うことで、自宅や入院先などに公証人の出張を依頼し、その場で作成することができます。完成した遺言書の原本は公証役場で確実に保管され、証人も公証人が手配してくれます。
証人の欠格事由
特別方式遺言の証人には、一定の欠格事由があります。下記のように、未成年者や相続によって利益を得る可能性がある人の立ち会いは認められません。
- 未成年者
- 推定相続人、受遺者およびその配偶者・直系血族
- 証人の配偶者、四親等内の親族、書記および使用人
特別方式遺言に頼らない事前対策のすすめ
特別方式遺言は、緊急時や特殊な状況に対応するための制度ですが、手続の複雑さや無効となるリスクを考えると、できる限り事前に普通方式遺言を作成しておくことが望ましいといえます。
また、遺言作成時と相続開始時で状況が変化する可能性も考慮し、予備的な遺言の作成も検討に値します。さらに、緊急時に備えて専門家との関係を構築しておくことで、不測の事態にも適切に対応することができます。
平時に普通方式遺言を作成しておくメリット
普通方式遺言は、特別方式遺言と異なり有効期限がないため、一度作成すれば相続開始時まで効力を維持することができます。また、十分な時間をかけて内容を検討できるため、より慎重に財産の分配方法を決めることが可能です。作成後は相続人に内容を説明することもでき、将来の相続をめぐる紛争を未然に防ぐことができます。
とりわけ公正証書遺言は、公証人が関与することで法的安定性が高く、原本は公証役場で確実に保管されるため、紛失や改ざんの心配もありません。手続も比較的簡便で、遺言者の意思を確実に実現できる方法といえます。
状況が変わりそうなら予備的遺言も検討する
状況の変化に備えて、予備的遺言を作成しておくのも良い方法です。予備的遺言とは、将来の状況変化を想定して、一通の書面のなかで複数の選択肢を用意しておく遺言のことです。たとえば、特定の相続人が先に死亡した場合の財産分配方法も定めておくことで、遺言作成時と相続開始時で状況が異なっても対応することができます。
予備的遺言の作成にあたっては、専門家のアドバイスを受けることをおすすめします。専門家の助言を得ることで、より適切な対応方法を検討することができます。
緊急時に向けて専門家との関係を構築する
トラブル防止や遺言の実現性の観点では、普段から相続に詳しい専門家と関係を構築し、緊急連絡先を準備しておくことも重要です。事情を理解し協力関係を結べている専門家がいれば、病気の発覚や突発的な怪我などの不測の事態に遭遇しても、助言を得ながら家族への情報共有や必要書類の準備を進めることができるでしょう。これにより、遺族の混乱を防ぎながら、本人の意思を円滑に実現できます。
また、相続開始までの状況変化に対応するため、定期的に専門家と相談する機会を設けることも大切です。遺言の内容を見直し、必要に応じて修正することで、最終的な意思の実現につなげることができます。
円滑な相続を実現するなら司法書士にお任せください
特別方式遺言は、命の危機が迫った状況や一般社会から隔絶された状況において認められる遺言方式です。ただし、その効力は限定的で、厳格な要件を満たさなければ無効となってしまいます。最後の意思は普通方式遺言をはじめ、生前贈与など各々の状況に適した方法をとることをおすすめします。
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