遺言で指定された相続は相続放棄できるのか
基本的に、被相続人が遺言書で遺産の分割方法を指定している場合、その内容に従うことが求められます。しかし、相続人が財産を取得したくない場合は相続放棄が可能です。この場合、遺言と異なる財産分割が行われるため、遺産分割協議が必要となります。
この遺産分割協議を行うための要件は、相続人全員が遺言書の内容を確認したうえで、異なる分割方法に合意すれば、遺産分割協議を行うことができます。なお、遺言書が法的要件を満たしていなければ、遺言書は無効と扱われます。この場合でも相続人全員による遺産分割協議が行われます。
相続放棄をする人は、遺産分割協議に参加する必要はありませんが、相続全体の流れとして覚えておくとよいでしょう。
特定財産承継遺言があった場合の相続放棄
特定財産承継遺言は、特定の財産を特定の相続人に相続させる内容の遺言書です。たとえば、「長男にA銀行の預金を相続させる」という記載がこれに該当します。この遺言は被相続人の死亡時に自動的に指定された相続人に財産が承継され、遺産分割の対象外となります。
そのため、指定された相続財産を手放すには相続放棄を選択する必要があります。なお、この相続放棄は取得を希望しない相続財産だけでなく、そのほかの遺産の相続権すべてが対象となるため、放棄を行う際は慎重な判断が求められます。
相続と遺贈の違いとは?
相続と遺贈の違いは、相続を受けられるのは相続人のみであるのに対し、遺贈は相続人以外でも受けられるという点です。
つまり、相続人は相続・遺贈のどちらとも受ける可能性がありますが、相続人以外の人は遺贈しか受けられません。この点についてより深く理解するために、相続と遺贈それぞれの内容について、以下でより詳しく解説します。
相続とは被相続人の財産を包括的に承継すること
相続とは、被相続人が亡くなった際に遺産を包括的に承継することであり、民法に定められた法定相続人にのみ相続権があります。相続人の続柄と相続順位の関係については、以下のように明記されています。
- 常に相続人:配偶者
- 第一順位:子
- 第二順位:父母・祖父母
- 第三順位:きょうだい・甥姪
たとえば、被相続人に配偶者と子がいる場合、配偶者と子が相続人になります。また、被相続人と配偶者の間に子がなく、父が健在である場合、配偶者と父が相続人となります。
遺贈とは遺言によって財産を譲ること
遺贈とは、遺言によって財産を譲ることです。自分の死後に財産を譲るという点では相続と同じですが、遺贈の場合は相手に制限がありません。
そのため、相続人が受遺者(遺贈によって財産を譲り受ける人)になることもあれば、相続人以外が受遺者になることもあります。また、遺贈には包括遺贈と特定遺贈の2種類があるので、それぞれの違いについても解説します。
包括遺贈とは
包括遺贈とは、財産の取得割合を指定して遺贈する方法です。たとえば、「全財産を〇〇に譲る」「財産の2分の1を〇〇に譲る」といった遺言が包括遺贈にあたります。場合によっては、プラスの財産だけでなく住宅ローンなどマイナスの財産も引き継ぐことになります。
特定遺贈とは
特定遺贈とは、遺産の中から特定の財産を指定して譲渡する方法です。たとえば、「Aマンションを〇〇に譲る」といった遺言は、特定遺贈にあたります。
包括遺贈と異なる点は、特定遺贈の場合は指定された財産のみが対象となる点です。つまり、遺言書に明確に記載された財産だけを引き継ぐため、思わぬ借金などを背負う心配がありません。
相続放棄の手続の流れ
相続放棄の手続は、被相続人の死亡を知った日から3か月以内に行わなければなりません。期限が過ぎると相続を「単純承認」したとみなされ、負債なども含めたすべての相続財産を引き継ぐことになります。
以下で紹介する手続は相続放棄の手順となりますが、3か月という期間中にすべて完了させる必要はありません。管轄の裁判所へ申立書類の提出期限が3か月以内であるというだけで、手続の完了までの期間に制限は設けられておりません。
遺言書の確認と財産調査
まずは遺言書の存在を確認します。遺言書がある場合、遺言の内容に従って相続財産が分配されますが、相続人全員の合意があれば遺産分割協議による変更も可能です。
被相続人の預貯金や不動産などのプラスの財産だけでなく、住宅ローンや事業借入金などの債務も把握することをおすすめします。債務も含めた正確な財産状況を把握することが、相続放棄を検討する際に重要になってきます。
必要書類の準備
相続放棄の手続では、相続人の立場によって必要な書類が異なります。これは配偶者や子、父母、祖父母など、それぞれの立場によって証明すべき事項が異なるためです。どの立場においても、以下の書類が共通して必要とされます。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票
- 相続放棄する人の戸籍謄本
これ以外の書類に関しては、たとえば第一順位の相続人である配偶者・子が相続放棄する場合、被相続人の死亡が記載された戸籍謄本が追加で必要です。また、第二順位の父母や第三順位のきょうだいなどが相続放棄する場合、自分より優先順位が高い相続人が居ないことを証明するために、必要書類はさらに増加します。
このように、相続放棄の手続では立場に応じた適切な証明書類が必要なので、誤りがないよう丁寧にチェックしましょう。
申述書の作成と提出手続
相続放棄の意思表示をするために、故人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所への申述書を提出します。申述書には800円分の収入印紙と必要書類を添付し、窓口提出または郵送で手続を行います。申述書の様式は裁判所の公式サイトからダウンロード可能です。
受理通知と証明書の取得
申述書提出後、裁判所から追加資料の要請や照会書が届くことがありますが、最終的に相続放棄申述受理通知書が送付されて手続が完了します。
債権者からの請求に備えるのであれば、相続放棄申述受理証明書を別途取得しておくのがおすすめです。相続放棄申述受理証明書があれば、債権者からの要求に対して、自身は相続人でないことを証明できるからです。
なお、上記までの流れは相続放棄の基本的な手順ですが、個々の事案によって必要な対応が異なる場合もあります。不明な点がある場合は、司法書士や弁護士などの専門家に相談するのがよいでしょう。
遺贈における相続放棄の流れ
遺贈には包括遺贈と特定遺贈がありますが、両者はその性質上放棄の手続が異なります。以下では、それぞれの放棄の流れについて解説します。
包括遺贈の放棄
包括遺贈の受遺者は相続人と同様の権利義務を持つため、放棄の手続も相続放棄と同じような流れをとります。そのため、手続期限も包括遺贈の事実を知った日から3か月以内となります。期限を過ぎると承認したとみなされ、遺贈の放棄はできなくなります。
手続は相続放棄と同じく遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、放棄の申述を行います。そして、申述が認められると「申述受理通知書」が送付されます。
特定遺贈の放棄
特定遺贈の場合は包括遺贈と異なり、裁判所への申述は不要で、遺言執行者やほかの相続人に対して放棄の意思表示をすることで手続が完了します。また、手続の期限もありません。ただし、相続人間のトラブルを避けるために、口頭の意思表示だけでなく内容証明郵便などの書面で意思表示を行うことが推奨されます。
相続放棄の注意点
相続放棄は、不利益な相続から身を守るための重要な選択肢ですが、その判断と手続には細心の注意が必要です。相続放棄後の財産管理やほかの相続人との関係など、影響が広範囲に及ぶため、相続放棄を検討される方は以下の注意点を理解したうえで慎重に手続を進めましょう。
相続放棄の手続期限を延長できる
相続放棄は、相続開始を知った日から3か月以内に家庭裁判所へ申述しなければなりません。この期間を過ぎると原則として相続放棄できなくなり、自動的に単純承認したものとみなされます。
ただし、借金の存在を知らなかったことに合理的な理由がある場合などは例外的に期間が延長されます。延長される期間の長さに明確な規定はありませんが、1~3か月程度が一般的なケースになります。
放棄後の財産管理責任について
相続放棄をした場合の財産管理責任は、段階的に移行していきます。まず、先順位の相続人が放棄した場合は次順位の法定相続人が管理義務を引き継ぎ、家屋の維持管理や固定資産税の納付などを行う必要があります。また、すべての相続人が放棄した場合、財産を現に占有している人には新しい管理者が決まるまでの間、管理義務が発生します。
これは令和5年4月の法改正で明確に規定されました。最終的な解決策として相続財産清算人の選任があります。選任までの流れとしては、被相続人の利害関係人か検察官が申し立てをしたのち、家庭裁判所が相続財産清算人を指名します。なお、相続財産清算人には特別な資格などは不要ですが、一般的に弁護士や司法書士などが選ばれる傾向にあります。
相続放棄できなくなることがある
相続放棄ができなくなるケースとしてもっとも多いのは、「単純承認」となった場合です。単純承認とは、被相続人の財産をプラス・マイナス問わずすべて承継することです。一度単純承認が成立すると、基本的に相続放棄は一切できません。
そして、特に注意が必要なのは「法定単純承認」です。法定単純承認とは、相続財産の処分行為により自動的に成立する単純承認のことです。具体的には、以下のような行為が法定単純承認に該当します。
- 不動産の売却、解体、リフォーム
- 賃貸物件の賃貸契約の解約
- 宝石や貴金属などの高価な遺品の形見分け
- 家電製品や家具の売却・廃棄
- 被相続人の預金を使った家賃・公共料金の支払い
- 相続財産から債務の弁済をする
相続放棄を検討している場合、これらの行為を安易に行わないよう注意が必要です。
生前は相続放棄できない
相続放棄は相続が開始したあとでなければできません。たとえば、被相続人が生存している間「将来の相続を放棄する」という念書を書いたとしても法律上無効となります。これは相続放棄は相続開始後に相続人が自由な意思で判断できると定められているためです。
また、生前に家族間で相続放棄の約束をした場合も、法的な効力は持ちません。相続放棄の意思表示は、必ず相続開始後に家庭裁判所への申述という形で行わなければならないのです。
遺言書がある場合で相続放棄をお考えなら司法書士へ
遺言書で指定された遺産についても相続放棄は可能ですが、相続放棄の手続や必要書類は、相続人の立場によって異なります。
また、相続放棄の手続は、相続開始を知った日から3か月以内に行う必要があり、期限を過ぎると単純承認と見なされます。さらに、遺産の一部を処分する行為も法定単純承認に該当することがあります。このため、遺言書に基づく相続放棄を確実に行うためには、これらの点に十分注意することが重要です。
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