予備的遺言とは
遺言書は、遺言者の死後に財産を誰にどのように引き継ぐかを定める重要な文書です。実際には、遺言で指定した相続人が遺言者より先に亡くなってしまい、指定した遺産分割が成就しないこともあります。このような事態に備えて遺言に文言を追加することを、予備的遺言と言います。
予備的遺言の内容
法律では、遺言で贈与する意思を示した場合(遺贈)、その贈与を受ける人(遺贈者)が死亡すると遺言の効力は生じないとされます。このとき、効力が生じなくなるのは「遺贈を指定した部分」だけで、それ以外の文言は有効のままです。
そこで、補充的に「遺贈者が遺言者より先に亡くなった場合は〇〇とする」と記載しておけば、万が一のときでも記載した文言のとおりになります。これを予備的遺言と言い、その仕組みから補充遺言と呼ばれることもあります。
第九百九十四条
遺贈は、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは、その効力を生じない。
2 停止条件付きの遺贈については、受遺者がその条件の成就前に死亡したときも、前項と同様とする。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
予備的遺言を作成する目的
予備的遺言を残す目的は、遺言の更新や再作成をするための手間を省きつつ、遺言者の意思を確実に実現することです。
本来、補充的文言がないまま受遺者の死亡によって貰い手のいなくなった遺産については、遺産分割協議が必要になってしまいます。これは相続人間の争いを引き起こす原因となりかねません。対策として「受遺者が死亡した時点で遺言書を作成しなおす」という方法もありますが、手間がかかるうえ、認知症を発症するなどして判断能力が不十分と判断されたときなど、有効な遺言書を作成できなくなっている場合もあります。
予備的遺言があれば、受遺者が先に死亡した場合でも、代わりの遺産の貰い手が明確になっているため、遺産分割協議を回避できます。遺言を再作成する、書き直すといった作業もないため、遺言者の負担も少なくなります。
予備的遺言と通常の遺言の違い
予備的遺言は、通常の遺言に付加される条件付きの文言です。通常の遺言が「Aに財産を相続させる」という単純な指定であるのに対し、これに「Aが先に死亡した場合はBに相続させる」という形での記載が追加された場合は、予備的遺言であると言えます。
重要なのは、予備的遺言は独立した文書として作成するものではないという点です。にもかかわらず別途作成してしまうと、複数の遺言書が存在することになり、どちらが有効なのかという新たな問題を引き起こす可能性があります。
予備的遺言の方式
遺言書には、自筆証書遺言、秘密証書遺言、公正証書遺言の3つの方式がありますが、予備的遺言をするにあたって遺言方式の制限はありません。どの方式で作成しても、必要な文言を補充すれば予備的遺言となります。なお、文言の補充にあたって注意したいポイントとしては、以下のようなものがあります。
自筆証書遺言・秘密証書遺言の場合
自筆証書遺言および秘密証書遺言の場合は、補充する文言の判断から記載まで自己責任で行う必要があります。判断に迷うときは、専門家にレビューしてもらうようにしましょう。
特に自筆証書遺言では、遺言のほかの箇所と同じく補充的文言も遺言者本人の手書きでなくてはならず、訂正が必要なときは「その箇所を二重線で消して訂正後の内容を書く」「訂正箇所に印鑑を押す」「遺言書の欄外に修正内容を記載+署名押印」といった手順が必要である点に要注意です。
公正証書遺言の場合
公正証書遺言の場合は、公証役場に持ち込む遺言書の原案に補充的文言を付け加え、忘れずに公証人に口授することで、予備的遺言の作成が叶います。実際に記載される文言については、公証人に作成してもらったうえで一緒に確認することになるため、安心です。
重要なのは、当日口授する予定の遺言書の原案です。内容に不安があるときは、事前に専門家に相談することをおすすめします。
必要なケースと効果
予備的遺言は、遺言者より先に受遺者が死亡するリスクが高い場合に特に重要となります。高齢化社会の進展や、生活習慣病の増加により、このリスクは年々高まっているといえるでしょう。遺言者と受遺者の年齢が近い、受遺者の健康状態に不安がある、遺言書を書く年齢が若いなどの視点から予備的遺言を検討する必要があります。
遺言者と受遺者の年齢が近い場合
遺言者と受遺者の年齢が近い場合、どちらが先に死亡するか予測が困難です。特に配偶者やきょうだいへの遺産分割を希望する場合、遺言者と遺産の貰い手の年齢差が小さくなるのが一般的です。
このような場合でも、予備的遺言を作成しておくことで、遺言者が希望する財産を若い世代(子の孫や曾孫など)に承継させる可能性を確保できます。遺言の例文にも挙げますが「自身の子の孫、曾孫などの存命の人に財産を承継させる」といった目的を達成できます。
受遺者の健康状態に不安がある場合
受遺者の健康状態によっても、予備的遺言の必要性は変わってきます。具体的には、遺産の貰い手にがんや生活習慣病の既往歴があったり、要介護状態が進んでいたり、あるいは危険性のある仕事に従事するケースでは、将来の予測は立てにくいと言わざるを得ません。
このような場合には、遺言者と受遺者の年齢が近いケースと同様に、遺言者が想定していた相続を予備的遺言によって実現できます。たとえば「受遺者のために生活の資本を残してあげたいが、受遺者が亡くなったときは別の指定した人に財産を処分してほしい」といった場合に有効です。
若いうちに遺言を作成する場合
若いうちに遺言を作成する場合、長期的な視点での相続対策が重要です。遺言作成から相続開始までの期間が長くなるほど、結婚・離婚・出産・死別・重病の診断など、予期せぬ事態が発生するリスクは高まります。このような場合にも、予備的遺言によって長期的な目線であらゆる事態に備えることが可能です。
事業承継対策においても、予備的遺言は重要です。後継者として指定した相続人が先に死亡した場合の対応を明確にしておかないと、事業の継続性が損なわれる可能性があります。また、相続財産の将来的な変動にも対応できるよう、柔軟な指定が求められます。
予備的遺言の書き方と文例
すでに触れた通り、既存の遺言に文言を追加するだけで予備的遺言は完成します。このとき、書き方を誤ると遺言自体が無効になったり、意図しない解釈がなされたりする可能性があるため、正確な記載が求められます。ここでは、予備的遺言の基本的な記載方法と、具体的な文例を紹介します。
予備的遺言の基本的な記載方法
予備的遺言を作成する際は、以下の点に特に注意を払う必要があります。まず、条件は「遺言者より前に、または遺言者と同時に死亡した場合」というように、明確に記載します。曖昧な表現は避け、解釈の余地を残さないことが重要です。そのほかにも、遺言書作成の基本事項として、下記に注意しましょう。
受遺者の特定
氏名、生年月日、続柄などを用いて受遺者を特定します。同姓同名の可能性もあるため、現住所まで記載することが望ましいでしょう。また、財産の特定も正確に行う必要があります。不動産の場合は登記簿通りの表示を、預貯金の場合は金融機関名、支店名、口座番号まで明記します。
日付と署名
日付と署名は遺言書の効力に関わる重要な要素です。特に複数の遺言書が存在する場合、日付の新しい遺言が優先されるため、正確な日付の記載が必須となります。また、遺言者の署名は戸籍上の氏名を使用し、押印も忘れずに行います。
ほかには、遺言の基本的な機能として、遺言者の意思や希望を付言事項に記載することもできます。これは法的な拘束力はありませんが、遺言の解釈に影響を与える可能性があります。たとえば「孫の教育資金として活用してほしい」といった記載が考えられます。
予備的遺言の文例
予備的遺言の具体的な書き方は、相続させたい財産や受遺者の状況によって異なります。以下では、よくあるケースにおける予備的遺言の文例を紹介します。もっとも、これらはあくまで基本的な例文であり、実際の作成時には個別の状況に応じた調整が必要です。
子が亡くなった場合は孫に相続させる旨の遺言
最初に紹介するのは、不動産を長男に相続させようとする遺言の例です。遺言を作成する時点で親が高齢だと、子も歳を重ねており、上記の指定だけでは希望した遺産分割の指定が叶わないかもしれません。
そこで、予備的遺言として「長男が先に死亡した場合は、長男の子に相続させる」と記載しておけば、不動産は長男家系に受け継がれていきます。
第1条 遺言者は、遺言者が有する下記の不動産を長男山田太郎(昭和50年4月1日生、住所:東京都〇〇市〇〇町〇丁目〇番地)に相続させる。
記
所在 東京都新宿区西新宿一丁目
地番 1番1
地目 宅地
地積 〇〇平方メートル
第2条 遺言者は、遺言者の死亡以前に長男山田太郎が死亡した場合、または遺言者と同時に死亡した場合には、前条記載の不動産を長男山田太郎の長女山田花子(平成20年5月1日生、住所:東京都〇〇市〇〇町〇丁目〇番地)に相続させる。
代襲相続人となった場合に遺贈から相続に変更する旨の遺言
次に紹介する文例は、不動産を孫に相続させようとする遺言の例です。子が存命であれば孫は相続人ではなく、基本的には「遺贈する」と記載する必要があります。
一方で、子が先に亡くなった場合は孫は代襲相続によって相続人となるため、そのときには「相続する」という文言で対応できるようにします。
第1条 遺言者は、遺言者が有する下記不動産を遺言者の孫である佐藤光男(平成15年6月1日生、住所:東京都〇〇市〇〇町〇丁目〇番地)に遺贈する。なお、遺言の効力発生時において佐藤光男が相続人となっているときは、下記不動産を同人に相続させる。
記
所在 東京都新宿区西新宿一丁目
地番 1番1
地目 宅地
地積 〇〇平方メートル
代襲相続の条件が整ったときに遺言の文言によって「遺贈」から「相続」に変更するのは、特に不動産の承継のときに有益です。不動産の名義変更(相続登記)の際、遺贈だと共同相続人は遺産分割協議へ参加しなければなりません。この点、遺言の文言が「相続させる」であれば、承継者が単独で登記申請できるため、手続の負担を省けます。
配偶者が亡くなったときは別の親族に相続させる旨の遺言
ここで想定するのは、子のいない夫婦が「配偶者に財産を承継してもらいたい」と考える一方で、親族にお世話になった人がおり、次点で承継先として検討している例です。
通常の遺言だと、配偶者が先に亡くなるなどの事態が起きたときは、遺言書の再作成を検討しなくてはなりません。下記の第2条のように文言を追加しておけば、上記の手間は省けます。
第1条 遺言者は、遺言者が有する一切の財産を配偶者鈴木典子(昭和30年7月1日生、住所:東京都〇〇市〇〇町〇丁目〇番地)に相続させる。
第2条 遺言者は、遺言者の死亡以前に配偶者鈴木典子が死亡した場合、または遺言者と同時に死亡した場合には、遺言者の一切の財産を姪の鈴木美咲(昭和60年8月1日生、住所:東京都〇〇市〇〇町〇丁目〇番地)に相続させる。
作成するときのポイント
予備的遺言を作成する際は、いくつかの重要な法的ポイントに注意を払う必要があります。以下で具体的な注意点を解説します。
元々の遺言を無効にする効果はない
予備的遺言は、指定した受遺者が先に死亡した場合の次の受遺者を定めるものであり、元々の遺言を無効にする効果は持ちません。したがって、その効力は予備的遺言で指定した部分に限定されます。
たとえば、不動産をAに相続させる遺言に「Aが先に死亡した場合はBに相続させる」という予備的遺言を加えた場合を考えてみましょう。この文言はAが死亡していなければ、Aが遺言どおり不動産を相続し、Bは預貯金を相続するなど、ほかの条項に影響を与えません。
遺留分を侵害しないように注意する
遺留分とは、法定相続人に保障された最低限の相続分のことです。予備的遺言によって指定した相続人が遺留分を侵害することのないよう、通常の遺言と同様に慎重な計算が必要です。
たとえば、特定の人に全財産を相続させる旨の遺言をした場合、配偶者や子から財産の承継先に対して遺留分侵害額請求権が行使され、金銭による解決が必要となる可能性があります。推定相続人の構成を考え、それぞれの遺留分を確保する対策をしましょう。
予備的遺言で万が一の事態に備えましょう
予備的遺言は、受遺者の予期しない事情に備える場合などに有効な様式です。作成する際は、受遺者の特定や財産の表示を正確に行い、遺留分にも配慮しましょう。
予備的遺言の作成には専門的な知識と慎重な検討が必要となります。当事務所では、ご相談様の状況に応じた最適な遺言書作成のサポートを行っております。遺言書の作成をお考えの方は、お気軽にご相談ください。