秘密証書遺言とは
法律で決められた方法で遺言書を封印し、その内容が秘密のままの方式は「秘密証書遺言」と呼ばれます。作成される件数こそ少ないものの、手間と費用を極力節約しつつ機密を重視するのであれば、選択肢に入れても良い方式です。まずは本遺言方式の基本を押さえましょう。
秘密証書遺言の基本的な特徴
遺言の方法(方式)は民法で規定されており、秘密証書遺言は第970条で定められています。規定によれば、遺言書を封筒に入れて封をした状態で公証役場に持参し、公証人と証人2名の立ち会いと署名を経ることで、本方式による遺言が成立します。
第九百七十条
秘密証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 遺言者が、その証書に署名し、印を押すこと。
二 遺言者が、その証書を封じ、証書に用いた印章をもってこれに封印すること。
三 遺言者が、公証人一人及び証人二人以上の前に封書を提出して、自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述すること。
四 公証人が、その証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後、遺言者及び証人とともにこれに署名し、印を押すこと。
上記の手順で作成した秘密証書遺言は、少なくとも遺言の存在が公的に証明されます。なお、遺言書本体の入った封筒は、遺言者自身で保管することになります。
ほかの遺言方式との違い
遺言には、公正証書遺言、自筆証書遺言、秘密証書遺言の3つの方式があり、それぞれに特徴があります。ここでは、秘密証書遺言とほかの2つの遺言方式について、主な違いを解説します。
公正証書遺言との違い
公正証書遺言は、公証人が遺言内容を確認、作成する遺言方式です。費用は遺産額に応じて数万円からと高額になりますが、公証役場での原本保管が可能で、遺言書の紛失や改ざんの心配がありません。証人は2名必要で、遺言の内容を証人にも開示する必要があります。
一方、秘密証書遺言は手数料が一律11000円と安価で、内容を秘密にしたまま存在だけを公証役場で証明してもらえます。もっとも、原本保管は遺言者本人の自主保管が前提となり、保管方法について検討する必要があると言えます。
自筆証書遺言との違い
自筆証書遺言は、遺言者が全文を自筆で作成しなければならないとする方式で、自筆の手間を除けば、コストをかけずに手元にあるものだけで作成できるものです。保管は自主的に行うのが原則とされてきましたが、法務局に預ける制度が新たに利用できるようになり、安全性が向上しました。作成にあたって証人は不要で、内容を完全に秘密にできる点が特徴です。また、秘密証書遺言は、自筆に限定せずワープロソフトなどによる作成も可能ですが、手数料と証人2名が必要となります。
秘密証書遺言のメリット
秘密証書遺言は、公正証書遺言や自筆証書遺言に比べて利用件数は少ないものの、特有の利点を持っています。遺言内容の秘密保持やパソコン作成が可能なこと、偽造・変造の防止、公証役場による存在の証明ができることなど、状況によっては有効な選択肢となり得ます。また、公正証書遺言と比べて費用面でも優位性があります。
遺言内容を死後まで秘密にできる
秘密証書遺言の最大の特徴は、遺言内容を完全に秘密にできる点です。公正証書遺言では公証人や証人に内容を開示する必要がありますが、秘密証書遺言であれば他人に内容を知らせる必要はありません。これにより、遺言内容が生前に漏れることで起こり得る家族間の関係悪化を防ぎ、遺言者のプライバシーを守ることができます。
パソコンを使った作成・代筆ができる
自筆証書遺言などとは異なり、秘密証書遺言では本文を自宅のパソコンで作成したり、場合によってはワープロソフトが扱える人に代筆を依頼したりすることが可能です。これは、特に基本的なパソコンの知識がある高齢者にとって大きなメリットとなり、読みやすく正確な文章で遺言をのこすことができます。また、パソコン作成であれば文章の修正も容易で、何度も清書し直す必要がありません。
遺言書の偽造・変造を防止できる
遺言書は封筒に入れて封印した状態で公証役場に提出し、遺言者本人の印鑑で封をします。この封印が破られていたり開封の形跡があったりする場合、その遺言は無効です。また、遺言書本文と封印には同一の印鑑を使用することで、信頼性を確保しています。加えて、公証人による存在証明を受けることで、遺言書が偽造されたり内容が書き換えられたりするリスクを防ぐことが可能です。
遺言の存在を証明できる
秘密証書遺言は公証役場で存在証明を受けるため、遺言の有無を客観的に確認することができます。相続人は公証役場に問い合わせることで、遺言の存在を確認できます。また、公証役場に記録が残るため、遺言書が発見されやすく、遺言者の最期の意思が確実に伝わる可能性が高くなります。公的機関による証明があることで、遺言の存在をめぐる紛争を防ぐことができます。
公正証書遺言より費用面でお得
秘密証書遺言の手数料は、遺産の状況とは無関係に一律1万1000円とされます。これに対し公正証書遺言は、最低1万6000円からとなり、必要とされる費用は遺産の価額に応じて高額化します。遺産に不動産や株式が含まれる場合や、高額資産の分割の承継先指定を必要とする際は、証人への謝礼を含めても公正証書遺言より安く済みます。
秘密証書遺言のデメリット
秘密証書遺言には、遺言内容を秘密にできるなどのメリットがある一方で、いくつかの重要な課題も存在します。内容の法的有効性が保証されないことや、検認手続が必要なこと、証人の確保、紛失リスク、手続の煩雑さなどは、遺言者や相続人にとって大きな負担となる可能性があると言わざるを得ません。
内容の法的有効性が保証されない
秘密証書遺言の本文が法律で定める要件を満たしているか否かは、性質上、作成者本人が判断しなければなりません。専門家の助言などがないまま作ってしまうと、遺言が無効となるリスクは高くなるでしょう。たとえば、遺産の特定が不十分だったり、相続人の指定が曖昧だったりする場合、遺言書としての効力が認められない可能性があります。
検認手続が必要
相続開始後、秘密証書遺言を発見した相続人は、家庭裁判所での検認手続を実施しなければなりません。検認には1か月から2か月程度の期間を要し、相続人全員の戸籍謄本など、多くの書類準備が必要です。また、原則として相続人全員の立ち会いが求められ、日程調整も容易ではないのが現状です。手続には収入印紙代などの費用も発生し、相続人の負担となります。検認が完了するまでは遺言の執行ができないため、遺産分割の手続にも遅れが生じるでしょう。
証人2名の立ち会いが必要
秘密証書遺言の作成には2名以上の証人が必要です。証人には厳格な資格要件があり、未成年者や推定相続人、受遺者とその配偶者などは証人になれません。このため、適格な証人を見つけることが難しく、日程調整にも手間がかかります。また、場合によっては、証人への謝礼として1名あたり5,000円から1万円程度の費用が必要になるのが一般的です。
遺言書の紛失リスクがある
秘密証書遺言は遺言者自身による保管が必要となるため、紛失や汚損のリスクが高くなります。自宅での保管は火災や自然災害による消失の危険があり、第三者による隠匿や廃棄の可能性も否定できません。また、遺言者が保管場所を忘れてしまったり、相続人に保管場所を伝えていなかったりすると、相続開始後に遺言書の発見が困難になります。
手続に時間と手間がかかる
秘密証書遺言の作成から執行までには、多くの時間と手間がかかります。まず、遺言作成時には公証役場への訪問が必要で、証人との日程調整も必要です。相続開始後は検認を含めて十分なスケジュールが必要となり、相続人全員への連絡調整や必要書類の収集にも相当の時間を要するといわざるを得ません。
作成手順
秘密証書遺言の作成は、遺言書本文の作成から始まり、封入・封印、公証役場での手続、保管、そして相続発生後の検認手続まで、複数のステップを経る必要があります。それぞれの段階で適切な対応が求められ、1つでも不備があると遺言が無効になるリスクがあります。以下では、秘密証書遺言を確実に作成・保管するための具体的な手順を解説します。
遺言書本文の作成
遺言書本文の作成では、まず法定の必要事項を漏れなく記載することが重要です。遺言者の氏名・住所、相続人や受遺者の特定、相続財産の具体的な記載、日付の記入などが必須となります。書式は特に定められていませんが、読みやすく誤解のない文章を心がけましょう。
遺言書の封入と封印
遺言書は、破損しにくい十分な厚みのある封筒を選び、内容が透けて見えないことを確認します。封入の前に、内容に誤りがないか最終確認を行います。封をする際は、のりでしっかりと封をした上で、遺言書本文に使用した印鑑で封印します。この際、封印の半分が封筒の表に、もう半分が封じ目にかかるように押印します。
公証役場での手続
公証役場での手続は事前予約が必須です。予約の際に、証人2名の日程も合わせる必要があります。必要書類として、遺言者の印鑑登録証明書、身分証明書、証人の身分証明書を準備します。手数料は11,000円で、収入印紙での支払いが一般的です。証人への謝礼は別途必要となります。手続自体は30分程度で終わりますが、証人との待ち合わせや書類の確認なども含めると、1時間程度の時間を見込んでおく必要があります。
遺言書の保管
遺言書の保管方法として適切なのは、金融機関の貸金庫の利用や、司法書士などの士業への預け入れです。自宅で保管する場合は、耐火金庫の使用が望ましく、湿気や直射日光を避けた環境を選びます。自主的に保管する場合は、場所を必ず記録し、信頼できる相続人や専門家に伝えておきましょう。士業に預かってもらう場合は、相続人に遺言の存在を通知するサービスの提供もあるため安心です。
相続発生後の検認手続
相続発生後、秘密証書遺言を発見した相続人は、速やかに家庭裁判所に検認の申し立てを行う必要があります。申し立てには、遺言者の出生から死亡までの戸籍謄本一式、相続人全員の戸籍謄本、申立手数料用の収入印紙などが必要です。申立後、裁判所から相続人全員に検認期日の通知が送られ、原則として全員の立ち会いのもと検認が行われます。検認調書を取得した後、初めて遺言書を開封し、遺言の内容に基づく相続手続を進めることができます。
作成時の注意点
秘密証書遺言は、作成方法や内容に不備があると無効となるリスクが高く、遺言者の意思が相続に反映されない可能性があります。有効な遺言書として認められるためには、作成時から保管まで、いくつかの重要な注意点に留意する必要があります。以下では、秘密証書遺言を作成する際に特に注意すべきポイントについて解説します。
できるだけ自筆で作成する
パソコンでの作成や代筆が認められる秘密証書遺言ですが、できるかぎり自筆証書遺言の方式で作成することをおすすめします。自筆証書遺言の方式で作成することで、検認前の開封などによって秘密証書遺言としての有効性を失っても、自筆証書遺言として効力が認められる可能性があるためです。
封印は遺言書本体と同一の印鑑を使用する
遺言書本文と封印には、必ず同一の印鑑を使用します。実印でなくても構いませんが、認印を使用する場合は印影が不鮮明にならないよう、古いものは避けるのもポイントです。本文と遺言書本体の印鑑の同一性は、内容を秘密にする性質上自分で確認する必要があり、異なる印鑑を使用してしまった場合は秘密証書遺言として無効となるため、注意を要します。
専門家に相談して効力がある遺言書を作成しよう
秘密証書遺言は、遺言内容を完全に秘密にできる一方で、法的有効性の保証がないことや、検認手続の必要性、証人の確保、紛失リスクなど、さまざまな課題も抱えています。近年では、法務局による自筆証書遺言保管制度が開始され、内容を秘密にしながら安全に保管できる選択肢が増えたことで、秘密証書遺言のメリットは相対的に小さくなっています。
当事務所では、ご相談者様の状況を丁寧にヒアリングした上で、最適な遺言方式をご提案しております。内容の法的有効性の確認から、証人の手配、保管方法のアドバイスまで、確実な遺言作成をトータルでサポートいたしますので、お気軽にご相談ください。