遺言書と異なる遺産分割は可能
遺言書は被相続人の最後の意思表示として尊重されるべきですが、相続人全員の合意があれば、遺言書と異なる遺産分割を行うこともできます。まずは、遺産分割に関する考え方の基本を押さえましょう。
原則は遺言書に従って遺産分割する
相続に関する法律では、生前のうちに遺言で遺産分割の方法を定めておくことができます。分割方法が指定された遺言書があるときは、その遺言書に従って遺産分割するのが原則であり、相続人の間で決めた分割方法よりも優先させなければなりません。
第九百八条
被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる
遺言書と異なる遺産分割を行うには
遺言書と異なる遺産分割を行うには、相続人全員の協議による合意が必要です。ただし、遺産分割協議の内容が遺言よりも優先されるには、いくつかの条件を満たさなくてはなりません。本記事で解説する条件を満たさない場合、協議による合意は無効となります。
遺産分割が行える条件
協議によって遺言書と異なる遺産分割を行うには、3つの条件を満たす必要があります。
遺言書と異なる遺産分割を行うための条件
- 遺産分割が遺言で禁止されていないこと
- 遺言執行者の同意があること(選任されている場合)
- 相続人以外の受遺者も同意していること(遺贈がある場合)
遺産分割が遺言で禁止されていないこと
遺言書と異なる遺産分割協議を行う際、まず確認すべきは遺言書に遺産分割を禁止する条項がないかどうかです。禁止条項がある場合、その期間中は遺産分割協議を行うことはできません。禁止期間は最長で相続開始時から5年間です。この期間が経過するまでは、たとえ相続人全員が合意したとしても、遺言書と異なる遺産分割を行うことはできません。
遺言執行者の同意が得られていること
遺言執行者とは、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理そのほか遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する立場です。遺言書で指定されるか、家庭裁判所によって選任されます。
遺言執行者がいる状況で遺言書と異なる遺産分割を行おうとすると、遺言執行者の同意が必要となります。同意が得られない場合、正当な理由があれば、家庭裁判所に遺言執行者の変更や解任を申し立てることも可能です。
相続人以外の受遺者も同意していること
遺言で特定の財産を贈与された受遺者がいる場合、その人の同意も必要となります。受遺者は遺言によって権利を得た人であり、その権利を簡単に奪うことはできません。遺言書と異なる遺産分割を行うには、受遺者の同意に加えて、遺贈を放棄してもらう必要があります。遺贈の放棄方法は特定遺贈と包括遺贈で異なり、それぞれ手続や期限が定められています。
遺産分割協議書の書き方
遺言書と異なる遺産分割を行う場合、その内容を正確に反映した遺産分割協議書の作成が重要です。この協議書は、相続人全員の合意を示す法的文書となります。ここでは、遺言書の存在を認識した上で作成する遺産分割協議書の記載例と、作成時の注意点について解説します。
遺言書の存在を認識した上での記載例
遺言書と異なる遺産分割を行う際の遺産分割協議書には、遺言書の存在を明記し、その内容と異なる分割を行う理由を明確に記載します。また、相続人全員の合意を示す文言を入れ、遺言執行者がいる場合はその同意も記述します。以下に、遺言書と異なる遺産分割を行う場合の協議書の記載例を示します。
遺産分割協議書
被相続人 甲野太郎
生年月日 昭和〇年〇月〇日
死亡年月日 令和〇年〇月〇日
本籍地 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番
最後の住所地 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
被相続人甲野太郎の遺産につき、相続人の妻甲野花子(昭和〇年〇月〇日生)、相続人の長男甲野一郎(昭和〇年〇月〇日生)、相続人の次男甲野二郎(平成〇年〇月〇日生)の全員で遺産分割協議を行った結果、以下の通り分割することに合意した。なお、相続人は上記及び末尾記載の者以外に存在しない。
なお、被相続人は令和〇年〇月〇日付の自筆証書遺言を作成しているが、遺言書作成時点より遺産及び相続人の状況が異なっているため、被相続人の遺志を尊重しつつ、相続人全員の合意に基づきこの遺産分割協議書を作成した。
1.下記の不動産は、甲野花子が取得する。
(1)土地
所在 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目
地番 〇〇番〇
地目 宅地
地積 〇〇平方メートル
(2)建物
所在 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目
家屋番号 〇〇番〇
種類 居宅
構造 木造瓦葺2階建
床面積 1階部分〇〇平方メートル、2階部分〇〇平方メートル
以上のとおり、協議が真正に成立したことを証するため、この協議書を3通作成し、各自1通を保管する。
令和〇年〇月〇〇日
(氏名)甲野花子 実印
(住所)東京都〇〇区〇〇町〇丁目
(氏名)甲野一郎 実印
(住所)東京都〇〇区〇〇町〇丁目
遺言執行者
(氏名)遺言太郎 実印
(住所)東京都〇〇区〇〇町〇丁目
遺産分割協議書を作成するときの注意点
遺産分割協議書を作成する際は、いくつか注意点があります。いずれも、有効な遺言書がなく協議によって分割する場合と同様のポイントですが、これらがないと、遺言書に従った遺産分割が有効となってしまいます。
- 相続人全員の署名と実印の押印:協議書の内容に合意したことを示すため
- 印鑑登録証明書の添付:署名押印と合わせて協議書が真正であると証明するため
- 遺産の内容と分割方法の明記:明確かつ詳細に記載し、曖昧さを残さない
- 日付の記入:相続開始日との整合性を確認し、正確に記入
最後に、法的な問題がないか、専門家(弁護士や司法書士)にチェックしてもらうことをおすすめします。これらの注意点を守ることで、有効かつ適切な遺産分割協議書を作成できます。
遺産分割で主張が対立するときの対応
遺言書の内容に納得できず、相続人間で意見が一致しない場合があります。このような状況を解決するために、法的な手続を講じる必要がでてきます。ここでは、遺言無効確認請求訴訟と遺留分侵害額請求という2つの主要な対処法について解説します。
遺言無効確認請求訴訟を提起する
遺言書が無効となるケースには、被相続人の判断能力が不十分な状態で作成された場合や、詐欺・脅迫によって作成された場合などがあります。遺言無効確認請求訴訟は、このような無効な遺言書の効力を否定するための法的手段です。
訴訟の流れは、まず弁護士に相談し、訴状を作成して裁判所に提出することから始まります。その後、証拠提出や証人尋問などを経て判決に至ります。この訴訟では、遺言者の精神状態や遺言作成時の状況を示す証拠の収集が非常に重要です。医療記録や証人の証言など、具体的な証拠を集めることが、訴えを認めてもらえる結果に繋がります。
遺留分侵害額請求に着手する
遺留分制度は、一定の相続人に最低限の相続権を保障する制度です。遺言によって遺留分が侵害された場合、相続人は遺留分侵害額請求を行うことができます。この請求は、遺留分を侵害している受遺者や受贈者に対して金銭での支払いを求めるものです。
遺留分侵害額請求の手続は、まず遺留分を算定し、侵害額を計算します。次に、侵害額請求の意思表示を行い、相手方と交渉を進めます。合意に至らない場合は、裁判所に調停や訴訟を申し立てることになります。この請求権は、相続の開始と遺留分を侵害していることを知った時から1年以内に行使する必要があります。
遺言と異なる遺産分割を実施するときの注意点
遺言と異なる遺産分割を行う際には、いくつかの重要な注意点があります。特に受遺者がいる場合や遺言執行がすでに進行している場合には、特別な配慮が必要です。本章では、これらの状況下での対応方法や法的手続について詳しく解説します。適切な対応を取ることで、円滑な遺産分割と将来的なトラブル防止につながります。
受遺者がいる場合は贈与の放棄が必要
遺言によって特定の財産を受け取る権利を得た受遺者がいる場合、その権利を尊重する必要があります。しかし、遺言と異なる遺産分割を行うためには、受遺者に贈与を放棄してもらう必要があります。
贈与の放棄の手続は、遺贈の種類によって異なります。放棄には期限があり、その効果も重要です。放棄後、該当の財産は相続財産として扱われ、ほかの相続財産と共に分割の対象となります。受遺者の権利を適切に扱うことで、スムーズな遺産分割が可能になります。
特定遺贈の場合の放棄方法
特定遺贈とは、特定の財産を指定して贈与することです。たとえば「〇県〇市〇町の不動産をAに贈与する」や「〇〇銀行の預金債権をBに贈与する」といった文言で指定されている場合、これは特定遺贈にあたります。
特定遺贈の放棄方法は比較的簡単です。特定遺贈の受遺者は、相続人または遺言執行者に対して放棄の意思表示を行えば良いのです。この意思表示には期限の制限がありません。放棄の効果は遡及的に発生し、遺贈を受けなかったことになります。ただし、放棄の意思表示は明確に行う必要があり、後々のトラブルを避けるためにも、書面で行うことが望ましいでしょう。
包括遺贈の場合の放棄方法
包括遺贈は、遺産の全部または一定の割合を受け取る権利を与えるものです。たとえば「全財産の3分の1をCに贈与する」や「〇〇銀行の預金債権の2分の1をDに贈与する」といった文言で指定されている場合、包括遺贈にあたります。
包括遺贈の受遺者は、相続人と同一の権利義務を有するとされます。そのため、包括遺贈の受遺者が遺贈を放棄するときは、相続放棄をしなくてはなりません。具体的には、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、放棄の申述を行います。放棄が認められると、包括受遺者は最初から受遺者でなかったものとみなされます。これにより該当の財産は、ほかの相続財産と共に分割の対象となります。
すでに遺言執行が進んでいる場合は再分割が必要
遺言執行が進んでいるときは、遺産分割協議を優先させようとする場合、再分割が必要となります。つまり、すでに所有権が移転された財産につき、協議により取得することになった人へ名義変更するために、個別の手続を要することになると言えます。
再分割の過程で要する具体的な手続としては、不動産であれば基本的には、所有権移転登記の抹消と再度の移転登記が必要になると言えます。どの財産であっても、遺言による取得者から遺産分割協議による取得者へと直接移転させる場合には、贈与税が発生する可能性もあります。
このように、再分割の手続とこれに伴う税務では、ケースバイケースの判断になり、多大な手間とコストがかかります。専門家のアドバイスを受けながら、慎重に進めることをおすすめします。
相続の手続で困ったら専門家に相談を
遺言書と異なる遺産分割を行うには、相続人全員の合意や遺言執行者の同意など、いくつかの条件を満たす必要があります。また、受遺者がいる場合は遺贈の放棄手続も必要となります。すでに遺言執行が進んでいる場合は再分割の手続が必要で、税務上の影響も考慮しなければなりません。
このように、遺言と異なる遺産分割には複雑な法的手続が伴います。当事務所では、相続に関する豊富な経験と専門知識を活かし、状況に応じた最適なアドバイスを提供しています。遺言書の作成から遺産分割協議のサポート、必要に応じた法的手続の代行までお任せください。