遺言書で財産を1人に相続することはできる?リスクへの対処法や注意点などを解説

遺言書で1人にすべて相続させることは可能か?

遺言書で1人にすべての遺産を相続させることは法的に可能です。しかし、ほかに相続人がいる場合、遺留分を侵害する可能性が高くなるため、ほかの相続人への配慮や説明を付記するなど細心の注意を払う必要があります。相続の公平性と遺言者の意思のバランスを取りつつ、相続人間の争いを防ぐための工夫が重要です。

1人にすべてを相続させる方法

遺言書で1人にすべての遺産を相続させるには、遺言書に「すべての財産を〇〇に相続させる」といった記載をします。相続させるのは相続人に限らず、相続人以外の第三者でも可能です。

遺言書の内容が明確であれば、遺言に従って被相続人の意思が尊重されます。ただし、遺言書作成の法的な有効性が問題となるケースもあるため、公正証書遺言の利用や遺言執行者の指定などの措置を講じることも有効です。

1人にすべてを相続させた場合の問題点

遺言書で1人にすべての遺産を相続させる場合、ほかの法定相続人の遺留分を侵害する可能性が高いという問題があります。遺留分とは、配偶者や子、直系尊属に保障される最低限の相続分のことです。たとえば、配偶者と子がいる場合、それぞれ遺産の4分の1の遺留分があります。遺留分を侵害された相続人は、遺留分侵害額請求権を行使できます。

遺留分侵害額請求が行なわれた場合、1人に相続させるという遺言の意図が完全には実現されない可能性があります。また、相続人間の争いを引き起こす原因にもなりかねません。

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遺産を1人に相続しようと考えらえるケース

1人に財産を集中させようとする背景には、家族構成や事業継承、経済的事情など、さまざまな要因が存在します。以下では、1人への相続が選ばれるケースの例と、その際の留意点などについて解説します。

夫婦間に子がいない

子のいない夫婦では、配偶者1人にすべての遺産を相続させたいと考えるケースがあります。これは、子のいない夫婦の一方が亡くなった場合、法定相続分に従って遺産分割を行うと望まない結果を招く場合が多いからです。

子のいない夫婦で夫が亡くなった場合、法定相続人は妻と夫の両親になりますが、妻と夫の両親の関係性によっては遺産分割に関して折り合いがつかず、争いが発生するケースも少なくありません。

このような不都合を避けるために、遺言書で配偶者への単独相続を指定することがあります。遺言があれば煩雑な遺産分割の手続を回避し、相続によって残された妻の生活の安定を図ることができます。

相続人に遺産を相続させたくない事情がある

一部相続人との関係が良好でないなどの場合は、特定の相続人や第三者に相続財産を渡すことができる遺贈という相続方法が活用されます。たとえば、長年連絡を絶っている子を相続人から除外し、配偶者のみに相続させたいというケースです。ほかにも、「介護してくれた孫にに相続させたい」「相続財産を慈善団体に寄付する」といったケースが考えられます。

また、内縁関係の場合は法律上の夫婦ではないため、パートナーに相続権がありません。そのため、内縁のパートナーに財産を残したい場合に、遺贈ですべての財産を相続させるというケースもあります。

事業や家業の継承が必要

家業や自身で立ち上げた事業を継続させたい場合、事業を引き継ぐ相続人にすべての遺産を相続させることがあります。たとえば、長年家族経営の商店を営んできた場合、その店舗や事業資産を後継者である子に相続させるというケースです。

旧民法の家督相続制度の影響から、今でも事業主の中には跡取りに遺産をすべて渡したいと考える人もいます。しかし、現在の民法では長男以外も遺留分が認められているため、単独で長男に相続させる場合、ほかの相続人から不満が出ないよう配慮が必要です。

事業承継のケースでは、遺言と生前贈与を組み合わせるなどして解決を図るのが一般的です。これにより、円滑な事業継続とほかの相続人への配慮を両立させることができます。

生前に金銭的援助の差がある

生前に特定の相続人に多額の金銭的援助をしていた場合、公平性を保つためにほかの相続人に遺産を相続させることがあります。たとえば、長女には結婚や住宅購入時に多額の援助をしたものの、長男には特別大きな資金援助をしていないというケースです。このようなケースでは、長男にのみ遺産を相続させて公平性を保つことができます。

このように、生前の経済的支援の差を相続で調整することが可能ですが、ほかの相続人から不満がでないためによく話し合って理解を得ることが重要です。

遺産の分割や共有が難しい

遺産の分割や共有が難しいケースとは、たとえば先祖代々の土地が唯一の主要な遺産であるケースなどです。このようなケースでは、遺言によって相続人の1人が土地を相続することにより、先祖代々引き継がれてきた特別な土地を分割・売却することなく引き継ぐことができます。

なお、1人の相続人が土地をすべて相続する場合、相続人間で不公平が生じないよう代償分割を行うのが一般的です。代償分割とは、遺産を相続する人がほかの相続人に対して相当額の金銭を支払う遺産分割方法です。また、不動産の贈与には不動産譲渡税などの税金が発生するため、遺贈する際は税務面も考慮する必要があります。

相続人が1人しかいない

法定相続人が1人だけの場合、その1人が自動的にすべての遺産を相続することになります。たとえば、被相続人に子が1人しかおらず、配偶者がすでに他界している場合や、子がおらず配偶者のみが生存している場合などが該当します。このようなケースでは、通常、遺言書を作成する必要はありません。ただし、特定の財産の処分方法や相続人以外への遺贈を希望する場合、遺言書を作成する必要があります。

また、複数の相続人がいても、1人を除いて全員が相続放棄すれば結果的に1人がすべての遺産を相続することになります。

遺産を1人に相続させる際のリスクと対策

遺産を1人に相続させる際のリスクと対策_イメージ

遺産を1人に相続させる場合、以下のようなリスクが存在します。

  • ほかの法定相続人の遺留分侵害
  • 相続税の負担
  • 遺言書の有効性への異議申し立て

これらのリスクは相続人の権利を侵害したり、家族間の争いを引き起こす原因になります。また、財産を相続した人に多大な経済的負担をかける恐れもあります。円滑な相続を実現するにはこれらのリスクを軽減し、適切な対策を講じることが重要です。以下では、これらのリスクに対する具体的な対処法について詳しく解説します。

説得力のある遺言書の作成

遺言書の内容を工夫することで、遺留分侵害や相続人間の争いが発生するリスクを軽減できます。1人に相続させる理由を詳細に記述し、長年の介護や事業継承の必要性、老後の世話への感謝などを記載すれば、ほかの相続人からの納得を得やすくなります。また、ほかの相続人に相続させない理由として、過去の金銭的援助や贈与があればそれも明記しましょう。

さらに、遺言書に付言事項を加え、「きょうだい仲良く暮らしてほしい」といった願いや遺言者の想いを丁寧に記すことも重要です。付記事項に法的拘束力はありませんが、心理的な不満を軽減し、将来の争いを防ぐ効果が期待できます。

生前贈与の活用

生前贈与を戦略的に活用することで、税制面での課題を効果的に軽減できます。たとえば、暦年贈与制度を利用して毎年の基礎控除額内で計画的に資産を移転すれば、長期的に大きな節税効果が得られます。また、教育資金や結婚・子育て資金の一括贈与制度を活用すれば、非課税枠を使った資産移転が可能です。

生前贈与を行う場合、自身の老後資金を考慮しつつ、税制や法的側面を踏まえた長期的な計画が不可欠です。節税対策は専門家のアドバイスを聞きながら家族の状況も考慮し、柔軟な戦略立案をすることが重要です。

流動性の高い資産での相続

遺産の一部を現金や預金で相続させることにより、相続人はすぐに相続税の支払いに当てられる資金を確保できます。また、遺留分請求への対応資金としても活用できるので、将来の紛争リスクを軽減する効果もあります。

ただし、現金化のタイミングには注意が必要です。相続前の現金化は相続税評価額を上げる可能性があり、税負担が増加する可能性があります。また、収益性のある不動産を手放すことで長期的な収入源を失うリスクもあるため、総合的な視点から慎重に判断することが重要です。

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1人にすべて相続させる遺言書の書き方

1人にすべて相続させる遺言書の記載例を紹介します。

遺言書



遺言者〇〇は、下記の不動産、預貯金を含む遺言者の有するすべての財産を、妻〇〇(生年月日)に相続させる。

(1)土地
所在    〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目
地番    〇〇番
地目    宅地
地積    〇〇平方メートル
不動産番号 0000

(2)建物
所在    〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目
家屋番号  〇〇番
種類    居宅
構造    鉄筋コンクリート
床面積   〇〇平方メートル

(3)預貯金
〇〇銀行〇〇支店 口座番号〇〇

本遺言の遺言執行者として次の者を指定する。
住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇〇丁目
氏名 〇〇

 

〇〇年〇月〇日
住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇〇丁目
氏名 〇〇

遺言書を作成する際は、相続させる財産(上記記載例では土地・建物・預貯金の部分)を明確にし、相続人(上記記載例では妻〇〇の部分)を指定します。遺言書には厳格な法的要件があり、1つでも要件を満たさないと無効になる可能性があるため、細心の注意が必要です。

また、遺言書の作成において相続人や財産の指定に加えて考慮すべき重要な要素が、遺言執行者の指定です。遺言執行者は遺産の管理、相続人への財産の引き渡し、債務の弁済など、遺言に関するさまざまな手続を行う重要な役割を担います。

信頼できる第三者や専門家を遺言執行者として指名し、遺言書にその旨を記載することで、遺言者の意思をより確実に実現できます。なお、遺言能力に不安がある場合は医師の診断を受け、認知症検査の結果を残しておくことも有効な対策となるでしょう。

1人にすべて相続させる際に注意すること

1人に全財産を相続させる遺言は、被相続人の意思を明確に反映できる一方で、ほかの相続人との軋轢を生む可能性があります。遺言を残す際には、遺言者の意図を丁寧に伝える工夫や法的な効力を確実にする手続が重要です。また、不公平感を抱いた相続人の権利保護も考慮に入れなければなりません。以下では、円滑な相続を実現するための具体的な注意点と対策を説明します。

公正証書遺言を作成する

1人に全財産を相続させる場合、公正証書遺言の作成が推奨されます。公正証書遺言は、公証人が関与して証人2名の立ち会いのもとで作成されるため、高い信頼性と法的効力があります。1人の相続人を優遇する内容の場合、ほかの相続人による隠匿や偽造が発生するリスクがありますが、公正証書遺言であれば隠匿や偽造の疑いが生じることを防げます

また、作成後は公証役場で保管されるため、紛失の心配もありません。遺言の内容に応じた一定の費用はかかりますが、将来の相続トラブルを防ぐためには有効な手段といえます。

不公平な遺言には遺留分侵害額請求が有効

1人に全財産を相続させる遺言に対し、ほかの相続人が不公平感を抱いた場合、遺留分侵害額請求が有効な対策となります。遺言によって法定相続分の2分の1(相続人が直系尊属のみの場合は3分の1)を下回る相続分しか得られない場合、遺留分侵害額請求権の行使によってその差額を金銭で請求することが可能です。

遺留分侵害額請求は公平な相続を実現するための重要な権利であり、遺言によって相続分を侵害された相続人が、不当に相続から排除されることを防ぐための有効な手段です。

家族間の軋轢を防ぐ遺言書の作成なら司法書士へ

1人にすべて相続させる遺言は、事業継承や介護への感謝など何かしらの事情がある場合に選択されることがあります。しかし、家族間の軋轢を生む可能性をはらんでいるため、遺言の内容は慎重に決定しなければなりません。

また、遺留分侵害や相続税負担、遺言の有効性など、さまざまなリスクを考慮して適切な対策を講じる必要があります。説得力のある遺言書作成、代償分割、生前贈与の活用などが有効な手段となりますが、これらを適切に実行するには専門的な知識と経験が不可欠です。

遺言書作成は、法的な複雑さと家族関係への配慮が必要な重要な作業であり、将来の紛争予防のためには司法書士に相談することをおすすめします。専門家のサポートを受けながら、家族全員の納得が得られる遺言書を作成しましょう。

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記事の監修者

司法書士法人さくら事務所 坂本孝文

司法書士法人さくら事務所
代表司法書士 坂本 孝文

昭和55年7月6日静岡県浜松市生まれ。大学から上京し、法政大学の法学部へ進学。
平成18年に司法書士試験に合格。その後、司法書士事務所(法人)に入り債務整理業務を中心に取り扱う。
平成29年に司法書士法人さくら事務所を立ち上げ、相続手続や不動産登記、債務整理業務を手がける。

【メディア掲載】
・「女性自身」2024年5月7・14日合併号にて相続手続の解説を掲載