親が認知症になったら家の名義変更はどうする?方法と注意点を解説

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親が認知症になったら家の名義変更は可能か?

親の認知症と診断され、症状がある程度進んでしまった状態だと、自宅の名義変更などは行えません。認知症の進行によって、法律行為をする能力が失われてしまったと判断されるためです。法律行為ができないということは、自宅の名義変更の原因である贈与や売却の契約を結べません。

高齢者が所有する家などの名義変更を行うなら、そのために必要な「意思能力」があるうちに済ませるべきです。意思能力は、どのように判断されているのでしょうか。

贈与契約に必要な「意思能力」とは

意思能力とは、法律行為の内容とその結果を理解する能力のことを指します。ごく簡単に「自己の行為の結果を認識し、判断する能力」と言い換えることも可能です。そして、法律行為と呼ばれるものには、権利の移転に関するもので、自分の財産の譲渡(贈与および売却)が含まれます。

意思能力がないと家の名義変更は不可

民法3条の2では「法律行為の当事者が意思表示をしたときに意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と規定されています。認知症を発症した人が所有する自宅などの名義変更の例に当てはめてみると、手続の原因となる「親から子や孫への自宅の贈与」や「親から第三者への売却」につき、有効な契約が結べません。

軽度の認知症なら意思能力が認められる

認知症と意思能力の関係については、認知症の進行度合いによって大きく異なります。認知症だからと言って、ただちに意思能力なしと判断される(自宅の名義変更ができない)わけではありません。ごく初期の軽い症状であれば、自分の行為やその結果を理解できる能力が残っている可能性が高く、有効に贈与契約を結んで自宅の名義変更を完了させる余地があります。

不動産取引に必要な意思能力の具体例

それでは、自宅などの取引にあたって必要な意思能力の程度とは、どのように判断されるのでしょうか。意思能力の有無の判断にあたっては、医学的な見地(長谷川式認知症スケールなどによる検査結果、介護の状況など)からの情報も参考としますが、あくまでも個別の法律行為について、当時の能力の程度から判断するのが普通です。

一般的に「意思能力がある」とされる状況をいくつか挙げてみましょう。

自己の財産状況を把握できている

意思能力ありとみなされるには、最低限、自分が所有している不動産の数や価値、そのほかの資産の状況を理解していなければなりません。これを自力で説明する力があるか否かが判断基準となります。

契約内容を理解できている

個別の売買および贈与契約では、契約内容とそれに伴う権利義務関係を理解し、自力で質問に答えられる程度の理解力が必要です。

取引対象となる不動産の価値が理解できる

売買および贈与契約の内容に焦点を絞ると、本人には、取引対象となる不動産の市場価値や、その価値が適正かどうかを判断できる能力が求められます。

取引の結果を理解できている

上記以外にも、不動産を売却した後の生活や贈与した場合の相続への影響などを理解し、それでも取引を行う意思があるかを判断力が必要です。

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事前に行っておきたい親の認知症対策

認知症は進行性の疾患であり、できるだけ早い段階で対策を講じておく必要があります。具体的には、成年後見制度を理解した上で、任意後見制度・生前贈与・家族信託のいずれか(もしくは複数)の利用を検討しておくと良いでしょう。将来を見越して、遺言書を作成しておく必要もあります。

成年後見制度について調べる

成年後見制度は、認知症などにより判断能力が不十分な方を法律的に保護し、支援する制度です。利用できる制度は、判断能力がある間に合意の上で後見人と契約を締結しておくする「任意後見」と、判断能力が不十分になってから後見人を選任するため利用する「法定後見」に分かれます。どちらも家庭裁判所の審判によって開始されますが、事前の対策では、任意後見制度を用いるのが多い傾向にあります。特に対策しない場合は、最低限、法定後見制度の利用方法や後見人の選ばれ方について理解しておかなくてはなりません(詳しくは後述します)

任意後見制度で将来に備える

任意後見制度は、本人が判断能力のあるうちに、将来の判断能力低下に備えて後見人となるべき人を当事者らの合意で判断し、契約を結んでおく制度です。法定後見制度と異なり、後見の内容をある程度まで当事者の判断で決めることができ、本人の意思を尊重した柔軟な対応が可能です。

任意後見制度のメリットは、本人の意思を反映した財産管理が可能なことです。自宅の名義変更(贈与などによる処分)では、法定後見だと家庭裁判所の許可がなければ対応できないのに対し、任意後見契約の場合は、契約時の代理権目録に処分権があれば対応できます。その一方で、後見開始のときに選任される任意後見監督人の監督を受けることになるため、報告の手間が発生するほか、自由に財産を処分することができないのが問題です。

生前贈与で財産を移転する

あらかじめ特定の子・孫に承継させることが決まっていたり、買主を探すつもりであったりするときは、親が元気なうちに財産を子などに贈与しておくのが確実です。贈与の方法としては、条件や財産の価値などを明記した贈与契約書を作成し、これをもとに不動産の名義変更を行います。

親が元気なうちに贈与によって家の名義変更をしておくメリットは、認知症による財産凍結の心配がなくなる点です。子に所有権を移すことで、親の状態にかかわらず、リフォームや不要になったときの売却などといった処分を行えます。ただし、贈与税が子に課税される点や、自宅の管理について親の意思が反映されなくなる点については、十分注意しなければなりません。

家族信託で財産管理の方針を定める

家族信託は、信託法に基づき契約を締結することで、親(委託者)が信頼できる家族(受託者)に財産管理を任せるしくみです。信託契約の内容には、財産の管理方法、収益の分配方法、財産の処分条件などを含めることができます。契約は終了事由で定めない限り親の死後も継続し、終了時の帰属先を定めることで、遺言と同じ効果を得ることも可能です。

家族信託のメリットは、生前贈与する場合と同じく、財産凍結の心配がなくなる点です。生前贈与との違いとして、所有権を移すわけではないため、信託契約に基づいて家の管理方針に親の意思を反映させられる点が挙げられます。もっとも、契約内容の作り込みや契約締結については、信託法および税法・相続法などの深い知識が求められるため、専門家の支援なしに利用するのが難しいのが難点です。

遺言書作成も忘れずに行う

高齢化に伴って重要性が増す遺言は、意思能力を必要とする法律行為の1つです。遺言は必ず本人自身が行わなければならず、代理人による作成は認められません。こうした点を踏まえて、認知症が進行する前に、忘れず遺言書を作成しておくことをおすすめします。特に自宅などといった高価な資産がある場合、遺言がないと相続トラブルになる恐れがあるため、注意が必要です。

贈与で名義変更する方法

親の家を子・孫などに無償で譲渡する場合、これは贈与に該当します。贈与にあたっては、印紙貼付済みの契約書を作成し、贈与の意思と対象となる不動産を明記しなくてはなりません。名義変更までのあいだにいくらかの費用を必要とし、名義変更後は贈与税の課税があります。詳しくは、以下で解説するとおりです。

贈与の際にかかる費用

贈与の際にかかる費用は、課税分として印紙税と登録免許税があります。印紙税は200円で済みますが、名義変更にあたっての登録免許税は不動産の固定資産税評価額の2%です。たとえば、評価額1000万円の家屋であれば、登録免許税として20万円の課税があります。

贈与手続を司法書士に依頼する場合

不動産の贈与手続を司法書士に依頼する場合、贈与契約書などの書類作成や収集、登記申請の代行などの業務を任せられます。また、税金面でのアドバイスも、提携する税理士などを通して可能です。司法書士の報酬相場は、不動産の価額や地域によって異なりますが、一般的に3万円から9万円程度です。

不動産の贈与でかかる税金

贈与する場合でもっとも注意したいのは、贈与税の課税額と課税方式です。贈与税には「暦年贈与」と「相続時精算課税」の2種類の課税方式があり、特に選択しない場合は暦年贈与となります。

暦年贈与の課税額

(1月1日から12月31日の贈与価額-基礎控除110万円)×税率(15%~55%)

対して、相続時精算課税制度は、60歳以上の直系尊属(祖父母や両親)から成人している直系卑属(子や孫)に贈与する場合に選択できる課税方式です。この課税方式では、相続開始まで2500万円まで課税されず、超えた分については一律20%の税率で課税されます。

相続時精算課税制度の課税額

(相続開始までの贈与価格(※)-2500万円)×20%

※相続開始時に相続税の課税対象となります(納付済みの贈与税額は、相続税額から控除可能です)

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売却で名義変更する方法

親の家を子・孫などに譲渡するにあたって対価を受け取るケースでは、親族間であっても売却に該当します。売却にあたっても、対価などを掲載した売買契約書を作成し、代金決済をしたあと名義変更を行います。ここでも、売却手続にあたって費用を必要とするほか、親が得た売却対価について譲渡所得税の課税がある点に要注意です。

売却の際にかかる費用

売却の形式で家の名義変更を行う際も、印紙税と登録免許税の課税があります。印紙税は5000万円以下の譲渡の場合だと200円から1万円程度となり、登録免許税は贈与と同じく固定資産税評価額の2%となります。

手続を司法書士に依頼する場合

不動産売却の際に司法書士に依頼できる主な業務は、贈与と同じく、売買契約書の作成、必要書類の収集と作成、登記申請の代行などです。司法書士の報酬相場は、不動産の価額や地域によって異なりますが、一般的に5万円から15万円程度です。複雑な案件の場合はさらに高額になる可能性があります。

不動産の売却でかかる税金

親が得た売却益に対する譲渡所得税は、譲渡収入金額から取得費および譲渡費用を控除した部分についてかかります。税率は、譲渡した年の1月1日時点で保有していた年数によって異なり、保有年数が5年を超える場合は長期譲渡所得、5年以下の場合は短期譲渡所得として扱われます。

長期譲渡所得

20.315%(所得税15%、住民税5%、復興特別所得税0.315%)

短期譲渡所得

39.63%(所得税30%、住民税9%、復興特別所得税0.63%)

なお、課税対象となる価額については、自宅の場合「居住用財産を譲渡した場合の3000万円の特別控除の特例」を適用できます。この特例により、上記税率での課税があるのは、譲渡所得のうち3000万円を超える部分となります。

親に所得税が課税される一方で、子はどうでしょうか。結論を言うと、不動産の新たな所有者となった子に対して、不動産取得税の課税もあります。不動産取得税の計算は、次のように行います。

土地の場合

  • 宅地など:(固定資産税評価額÷2)×3%
  • 上記以外:固定資産税評価額×4%

建物の場合

  • 家屋(住宅):固定資産税評価額×3%
  • 家屋(非住宅):固定資産税評価額×4%

意思能力が乏しい状態であれば「成年後見制度」が必須

意思能力が乏しい状態であれば「成年後見制度」が必須_イメージ

認知症の進行により親の意思能力が著しく低下した場合、成年後見制度の利用を避けては通れません。親に代わり、成年後見制度によって選ばれた成年後見人(親族もしくは士業)が、財産管理に必要な行為をするしくみです。ここでは、法定後見を利用するための手順および注意点を整理します。

成年後見制度の利用手順

成年後見制度の利用は、本人の住所地を管轄する家庭裁判所への申し立てから始まります。申し立ては本人、配偶者、四親等内の親族、検察官、市区町村長などが行えます。手続に当たって必要な書類は、下記で挙げるとおりです。

  • 申立書一式(※)
  • 本人および後見人候補者の戸籍謄本、住民票
  • 後見登記されていないことの証明書
  • 医師の診断書
  • そのほか、裁判所が求める資料

※申立書には、事情説明書・親族関係説明図・財産目録などが含まれます。

家庭裁判所に申し立てた後は、裁判所が本人の判断能力を確認するために鑑定を実施することがあります。鑑定結果などを踏まえ、裁判所が審判を行って後見人が選ばれたときには、後見登記と呼ばれる手続がとられ、以後は関係者の請求に応じて、本人が被後見人であることを証明してもらえるようになります。

なお、後見開始のための費用は、申立手数料として800円、後見登記手数料として2600円、計3400円ほどかかります。鑑定が必要となった場合は、10万円から20万円ほどの鑑定費用も発生するでしょう。また、申し立てから後見が開始されるまでの期間は、おおむね1か月から2か月程度です。

成年後見制度を利用するときの注意点

成年後見制度を利用するときは、その性質を踏まえてさまざまな注意点が挙げられます。後見人として特に気をつけたいのは、次の2点です。

後見人には収支報告の義務が生じる

成年後見人などは、最低限、家庭裁判所の監督下に置かれます。状況によっては、後見監督人が選任されることもあるでしょう。いずれにしても、年1回のペースで収支報告などの義務が生じます。

居住用建物の処分は家庭裁判所の許可が必要

すでに簡単に触れましたが、法定後見の制度下では、たとえ成年後見人に代理権があったとしても、居住用建物の処分は家庭裁判所の許可が必要です。

上記以外にも、成年後見制度を一度利用し始めると、本人の判断能力が回復するか死亡するまでは自己判断での法律行為ができなくなる点に留意しましょう。

さらに気をつけたいのは、後見人および後見監督人につき、報酬が発生する可能性です。後見人に関しては、第三者が選任された場合だと、必ず報酬が発生するものと考えるべきでしょう。報酬の目安(※)は、後見人について2万円から3万円程度、後見監督人について1万円から2万円程度です。

※管理財産額5000万円以下の場合。

第三者後見人(司法書士など)をおすすめする理由

制度上、後見人になるための資格は特になく、親族と士業のどちらでも選任される可能性がありますが、候補者は第三者が適切です。具体的なメリットとして、次のようなポイントが挙げられます。

親族同士の不仲を避けられる

家族が後見人になると、生活支援の負担に偏りが生じることで、ほかの家族との間で軋轢が生じる可能性があります。第三者後見人であれば、そうした問題を回避しやすくなります。

親族による不正行為を抑止できる

現在、本人の財産を着服するなどの不正行為の多くは、専門職以外の後見人によって起こされると分かっています。将来の相続人の利益をも害する上記の行為は、職業倫理に従って管理してくれる士業が後見人に就任することで回避しやすくなります。

認知症によるリスクは早めの相談を

親が認知症を発症した場合、その所有する家の名義変更手続を進めることは、基本的に不可能だと考えられます。初期かつ軽度の症状なら贈与・売却による名義変更を望めますが、周囲が見て分かるほどの状態だと、成年後見制度の利用なしに名義変更するのは困難だと言わざるを得ません。

高齢者の財産は、認知症発症とともに凍結され、荒廃や価値低下が進んでしまうリスクにさらされています。そうならないためにも、任意後見制度や生前贈与などを活用した早めの対策が必要です。もし、現状すでに健康状態に不安がある場合は、進行性の病気であることを踏まえ、速やかに司法書士などの専門家に相談するようにしましょう。

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記事の監修者

司法書士法人さくら事務所 坂本孝文

司法書士法人さくら事務所
代表司法書士 坂本 孝文

昭和55年7月6日静岡県浜松市生まれ。大学から上京し、法政大学の法学部へ進学。
平成18年に司法書士試験に合格。その後、司法書士事務所(法人)に入り債務整理業務を中心に取り扱う。
平成29年に司法書士法人さくら事務所を立ち上げ、相続手続や不動産登記、債務整理業務を手がける。

【メディア掲載】
・「女性自身」2024年5月7・14日合併号にて相続手続の解説を掲載