遺言執行者がいる場合の相続登記の流れは?役割と理解しておきたいポイント

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遺言執行者は単独で相続登記できる

相続した不動産の名義変更手続は「相続登記」と呼ばれ、遺言執行者の任務の1つです。登記申請は面倒で複雑な手続であり、可能であれば、遺言執行者が単独で進めたほうが効率的です。このとき、単独申請の可否は、遺言の内容によって異なります。

近年、遺言執行者の権限は、平成30年7月と令和元年7月にそれぞれ変更が加えられた改正相続法と、令和5年4月から施行された新しい不動産登記法によって変わりました。これらの内容に基づき、遺言執行者が単独で相続登記できる条件を挙げると、以下の4つとなります。

  • 遺言で相続財産の処分権限が与えられている場合
  • 相続人全員の同意がある場合
  • 特定財産承継遺言が作成されている場合
  • 遺言執行者=相続人=受遺者である場合

遺言で相続財産の処分権限が与えられている場合

平成30年7月の相続法改正では、遺言者が遺言執行者に相続財産の処分権限を付与することが明文化されました。この処分権限には、不動産の売却や登記申請なども含まれます。処分権限の付与は、自筆証書遺言や公正証書遺言などで行うことができます。

なお、相続登記を遺言執行者が単独で行うには、処分権限が及ぶ財産の範囲につき「不動産も含む」ことが遺言で明確に指定されている必要があります。

相続人の同意がある場合

遺言執行者は、相続人全員の同意があれば、単独で相続登記を申請することができます。この場合、相続人全員から委任状を取得する必要があります。委任状には、相続登記申請に関する権限を遺言執行者に委任する旨を記載し、相続人全員の署名押印が必要です。

同意書の作成にあたっては、相続人間で十分な協議を行い、合意形成を図ることが重要です。同意書は、相続登記申請時に提出する必要があるため、適切に保管しておく必要があります。なお、相続人の中に同意しない者がいる場合には、遺言執行者は単独で登記申請を行うことができず、家庭裁判所の判断を仰ぐ必要があります

特定財産承継遺言が作成されている場合

特定財産承継遺言とは、亡くなった人(遺言者)が、特定の財産を1人もしくは複数の相続人に「相続させる」と記載した遺言のことをいいます。これが特定財産承継遺言と呼ばれるようになったのは、令和元年7月以降の遺言です。そして、特定財産承継遺言の内容について第三者に主張できるように手続する権限につき、遺言執行者が指定されている場合はその者に委ねられる旨が、法律で明記されるようになりました。

特定財産承継遺言の内容につき第三者に主張できるようにする手続とは、対象の財産が不動産だと、登記申請にあたります。つまり、不動産を相続人の1人もしくは複数に相続させる旨の遺言があるときの相続登記は、遺言執行者が単独で申請できるのです。

遺言執行者=相続人=受遺者である場合

一方で、特定の財産を相続人の1人もしくは複数に「贈与する」旨が遺言に書かれている場合、遺贈(遺言による贈与)の相続登記が必要となるのが問題です。このとき、受遺者とほかの相続人の共同申請が義務付けられていたところ、令和5年4月1日以降は、遺言執行者が相続人かつ受遺者(遺贈を得た人)である場合に限り、遺言執行者が単独で相続登記を申請できます

令和5年3月より前は、不動産の遺贈での受遺者が遺言執行者であっても、自身の権限による単独申請は一切認められず、ほかの相続人との共同申請が義務付けられていました。先に遺言執行者の権限が強化され、さらに令和5年4月に「受遺者が相続人である場合に限り、遺贈を原因とする相続登記は単独申請できる」とされたことで、上記のような単独申請が認められるケースが現れました。

遺贈の登記は遺言執行者のみ手続できる

遺贈とは、遺言者が遺言によって財産を特定の人や団体に譲渡することを指します。法定相続分とは異なる財産分配が可能で、相続人以外の第三者に財産を譲ることできる点が特徴です。この遺贈を用いて被相続人名義の不動産が行われた場合、遺言執行者が指名されていれば、遺言執行者しか登記手続が行えません。相続法の改正前までは相続人による手続も認められていましたが、改正後は遺言執行者のみとなったため注意が必要です。なお、遺言執行者が不在の場合は相続人や遺贈を受けた受遺者が共同で登記手続を進めます。

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遺言執行者の役割

そもそも、この遺言執行者とは、被相続人が生前に遺言で指定した人物であり、相続開始後に遺言の内容を実行に移す重要な役割を担います。遺言執行者は、相続人間の調整や相続手続の代行など、円滑な相続を進めるためのキーパーソンといえるでしょう。ここでは、遺言執行者の役割や選任方法、義務などについて詳しく解説します。

相続開始後の遺言執行者の役割

遺言執行者の役割は、遺言内容の実現です。実現に向けて、相続財産の管理・処分、相続人間の調整、相続手続を代表して行うなど、一切の行為をする権限が与えられています。

なお、令和元年に民法が改正されるまで、遺言執行者は相続人の代理人であるとされていました。現在の法律では、独立した立場を持つものとされ、相続した不動産に関する手続では、被相続人の代わりに登記義務者として振舞います。

いつ・どのように選ばれるのか

遺言執行者の指定は、亡くなった人の遺言で指定されるのが一般的です。指定されていなかったとしても、利害関係人が家庭裁判所に申し立てれば、成人かつ破産者でなければ誰でも遺言執行者になりえます。指定される人物に特別な資格は必要ありませんが、弁護士や司法書士などの専門家を選ぶ方が、相続人間のトラブルを避けてスムーズな手続が期待できるでしょう。

遺言執行者に課せられた義務

遺言執行者は、就職を承諾した場合、その役割を果たすべくただちに任務にあたる必要があります。このとき、遅滞なく、相続人に遺言の内容を通知し、合わせて、相続財産の目録を作成をしなければなりません。これらの義務は、法律で明文化されています。

また、遺言執行者の任務そのものについては、委任の規定が適用されます。すなわち、相続財産を取り扱うなどの各種業務にあたって、善良な管理者として注意を払うとともに、相続人に処理状況を報告し、遺言の内容が実現したときには結果を通知しなければなりません。

遺言執行者による手続の流れ

遺言執行者による相続手続は、まず、遺言執行者の就職から始まります。遺言で指定された場合は、遺言書の検認を経て、遺言執行者が相続人に対して就職を承諾します。承諾後は、相続人への通知と相続財産の目録作成を行い、預金の払い戻しや相続登記などといった遺産の分配に必要な手続を進めます。手続のための費用は相続財産から支弁され、最終報告が済めば、遺言執行者の職務は完了します。

遺言執行者による相続登記の流れ

遺言執行者による相続登記は、手続の流れこそ相続人自身による手続とほとんど変わりありませんが、必要書類に違いが生じます。ここでは、遺言執行者による相続登記の申請の流れを、遺言執行者として相続人への通知および相続財産の目録作成から、登記完了までの各段階に分けて詳しく解説します。

遺言執行のための書類収集

遺言執行者が相続登記をするときは、遺言の内容を実現するための基本的な書類を揃えておく必要があります。遺言書については、その方式により、以下のように準備しなければなりません。

公正証書遺言の場合

公証役場で保管している原本の写し(謄本)を用意すれば問題なく、検認証明書は不要です。

自筆証書遺言または秘密証書遺言の場合

開封にあたって家庭裁判所の検認が必要となるため、遺言書本体に検認証明書を添付して用意する必要があります。法務局の自筆証書遺言保管制度を利用しているケースでは、遺言書情報証明書が必要です。

なお、相続登記を申請する際に遺言執行者の資格を証明するには、遺言書だけでは足りません。ほかに、次のような書類も必要です。

  • 遺言執行者の印鑑登録証明書(発行後3か月以内のもの)
  • 家庭裁判所の選任審判書(相続開始後に選任された場合のみ必要)

書類収集では、費用にも注意しましょう。家庭裁判所での遺言書での検認は、1通800円の手数料に加えて連絡用の郵便切手代がかかります。遺言執行者の資格を証明する際も、印鑑登録証明書の交付に200円から300円程度、選任審判書の交付に150円かかります。

相続登記のための書類収集

相続登記の申請にあたっては、遺言書そのほかの遺言執行者の資格を証明する書類のほかに、相続人自身で申請する場合と共通の基本的な登記申請書類も必要です。うち、登記申請書については、法務局の記載例などに基づき、自分で作成する必要があります。

相続登記の基本的な必要書類(遺言書を除く)

  • 登記済証または登記識別情報
  • 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本
  • 被相続人の住民票の除票または戸籍附票
  • 不動産を承継する人の住民票の写し
  • 固定資産評価証明書

※登記申請の手数料にあたる登録免許税の計算に必要です。

これらの書類は、遺言執行者が有資格者でない場合、相続人の協力を得ながら収集することが一般的です。非常に多数に渡るため、まったく知識がない場合は収集に苦慮するでしょう。

また、書類収集の費用や、登録免許税にも注意しましょう。相続登記の申請では、その申請時に登録免許税の課税があり、税額は原則として固定資産税評価額の0.4%となります。書類収集では、戸籍関係書類の収集で1通あたり450円から750円、住民票の写しの取得で1通あたり200円から300円ほどかかります。

管轄法務局での申請

遺言執行および相続登記のための書類が揃ったら、不動産の所在地を管轄する法務局・登記所に提出し、登記申請します。登記の手続は窓口・郵送のほかにオンライン申請がありますが、オンライン申請は別途窓口や郵送での書類提出が必要となる点に気をつけましょう。これは必要書類に含まれる戸籍関係書類が、電子文書に対応していないためです。

登記識別情報の受け取り

相続登記の申請が受理されると、法務局から登記完了の通知が送られてきます。通知には、新しい登記識別情報(登記済証または登記識別情報通知書)が同封されています。遺言執行者は、この登記識別情報を受領し、適切に保管する必要があります。相続登記が完了した後、遺言執行者から相続人に対して、登記済証または登記識別情報通知書を引き渡すことになります。

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遺言執行者が職務を怠るとどうなる?

遺言執行者は、被相続人の意思を尊重し、遺言の内容を誠実に実行する義務を負っています。しかし、何らかの理由で遺言執行者がその職務を怠った場合、相続人や遺言執行者自身に深刻な影響を及ぼす可能性があります。

相続人が負うリスク

遺言執行者が職務を怠ると、遺言の内容がいつまでたっても実現しないことで、相続人の生活や資金計画に支障をきたすことがあります。そのほかにも、被相続人の意思が尊重されず、相続人間の不公平感が生じる恐れがあります。最悪の場合は、遺言執行者の不適切な管理により、相続財産が毀損・滅失するかもしれません。

遺言執行者に指定された人が負うリスク

遺言執行者が職務を怠った場合、遺言執行者自身も重大なリスクを負うでしょう。善管注意義務に違反し、相続人に損害を与えた場合、損害賠償責任を負わねばなりません。また、職務懈怠が著しい場合や、遺言執行者が不正な行為を行った場合には、相続人の申し立てにより、家庭裁判所が遺言執行者を解任することがあります。さらに、遺言執行者が相続財産を横領するなどの行為を行った場合には、刑事責任を問われる可能性もあります。

遺言執行者がいるときの相続登記の注意点

遺言執行者がいる場合の相続登記は、通常の相続登記とは異なる注意点があります。遺言執行者は、遺言内容を正確に理解し、適切に実行する責任を負っています。また、相続人との連携を図りながら、円滑に手続を進めることが求められます。

遺言執行者自身で手続の理解を深める

遺言執行者は、相続登記の基礎知識を十分に理解しておかなくてはなりません。基本的なことだと感じても、遺言執行者の権限と義務については、民法の規定を踏まえて正確に把握することが重要です。

また、令和元年の相続法改正により、遺言執行者の権限が拡大されたことから、改正内容を理解し、それが相続登記の申請手続に与える影響を考慮する必要があります。手続の理解を深めるためには、専門家(弁護士・司法書士など)からアドバイスを受けることも有効です。

遺言執行者と相続人の連携を緊密にする

遺言執行者は、相続人との連携を密にし、手続の進捗状況や今後の予定について定期的に報告することが大切です。また、相続人の意向を確認しながら、遺言内容の解釈について合意形成を図ることも重要です。連絡や報告は、法律で課された義務以上に「双方不信感を抱くことなく、透明性の高い手続をスムーズに進めるための大切な心掛け」だと考えましょう。

とくに、相続登記に必要な書類の収集においては、相続人の協力が不可欠となる場合もあります。全員で円滑なコミュニケーションを心がけましょう。

遺言執行者が決まっていない場合

遺言書の中で、遺言執行者が定まっていない場合は、遺言者の相続人全員が登記手続に対して行動を起こす必要があります。登記手続は登記申請書や戸籍謄本などの必要書類を収集しなければなりませんが、相続人が遠方に住んでいたり、相続に対して非協力的であったりすると手続に要する時間が多くなります。相続人が配偶者と子のみといった相続人間が簡潔なケースを除いて、遺言書に遺言執行者に記しておく方がベターな選択と言えるでしょう。

遺言執行者と相続人を同一人物にするリスク

法律上、遺言執行者を相続人と同一人物にする子は可能です。しかし、相続人を指名すると相続人間のトラブルの火種となる可能性があります。

  • 遺言への不信感:遺言執行者が相続人であるため、遺言の内容そのものが公正ではないと疑われる
  • 不公平感の発生:遺言執行者が相続財産の一部を自分に有利な形で分配したと思われてしまう
  • 手続の遅延:相続人の立場から利を得ることが少ない場合、遺言執行者の責任感が欠如し手続に遅れが生じる

どれも一概には言えないものの、可能性として考慮すべき点と言えるでしょう。これらを解消するためには、司法書士などの専門家に依頼するのがベターでしょう。公平中立的な立場で遺言執行者としての責務を全うするため余計なリスクやトラブルを回避できます。

遺言執行者を活用し、円滑な相続を実現しましょう

遺言執行者は、被相続人の遺言内容を忠実に実行し、相続手続を円滑に進めるための重要な役割を担っています。近年の相続法改正で権限が大幅に強化され、遺言執行者が単独で相続登記を申請できるケースが増えたのも要注目です。

ここで問題なのが、遺言執行者の負担です。相続開始後に「特定の相続人が指定されている」と初めて判明し、本人も周囲も、どう手続を進めるべきか頭を抱えるケースが多々あります。そんななかで、遺言執行者の職務怠慢と見なされるケースは、双方のリスクを考えて、絶対に回避しなければなりません。

もともと、相続登記を含む相続手続は複雑で、専門的な知識が必要とされます。遺言執行者は、手続の理解を深めるとともに、必要に応じて弁護士や司法書士などの専門家に相談・依頼することも大切です。

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記事の監修者

司法書士法人さくら事務所 坂本孝文

司法書士法人さくら事務所
代表司法書士 坂本 孝文

昭和55年7月6日静岡県浜松市生まれ。大学から上京し、法政大学の法学部へ進学。
平成18年に司法書士試験に合格。その後、司法書士事務所(法人)に入り債務整理業務を中心に取り扱う。
平成29年に司法書士法人さくら事務所を立ち上げ、相続手続や不動産登記、債務整理業務を手がける。

【メディア掲載】
・「女性自身」2024年5月7・14日合併号にて相続手続の解説を掲載