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抵当権と抵当権抹消
抵当権とは、債務者が返済できなくなったときに、債務者名義の不動産を競売にかけて債権を回収する権利です。住宅ローンを借りる債権者(銀行など)抵当権者となって設定されますが、完済すれば、設定された権利は抹消しなくてはなりません。
不動産に設定される抵当権の種類
不動産に設定される抵当権には、抵当権と根抵当権の2種類があります。抵当権は個人の住宅購入をはじめとする借り入れで広く一般的に用いられ、根抵当権は事業融資などで活用されています。それぞれの性質は次のとおりです。
抵当権
一定額の借り入れにつき物的担保として都度設定されるもので、弁済すると消滅します。住宅購入など、特定の目的のため契約内で一括借入する場合に用いられます。
根抵当権
極度額と呼ばれる一定範囲の借り入れについて設定され、弁済しても消滅することなく、極度額内で何度でも借り入れできる契約です。事業の運転資金を調達するときなど、契約内で借り入れと返済のサイクルを繰り返す際に用いられます。
抵当権抹消手続が必要になるケース
住宅には抵当権、事業用不動産には根抵当権がついていることが多く、いずれも完済して借り入れの予定もないときは抹消手続が必要です。追加の借り入れがない以上は抵当権は不要であり、むしろ設定があることで、所有者として不動産を処分するときに不自由があるためです。具体的な状況については以下のようなケースが該当します。
ローンの全額返済が完了した場合
住宅ローンなどの借入金を全額返済した場合、債権者である金融機関は抵当権の存在理由を失うため、このタイミングで抵当権抹消手続を行うことができます。住宅ローンを完済すると、貸主である金融機関側から抵当権抹消登記に必要な書類を受け取れます。ローンが完済したら金融機関側で抹消登記を行ってくれるわけでないので注意しましょう。
抵当権の設定された不動産を売却する場合
不動産売買において、抵当権が設定されている不動産を売却する際は、抵当権を抹消することが求められます。抵当権が残っている状態では、買主は不動産に対する完全な所有権を取得できないためです。これは法的な理由ではなく、購入後に債務不履行が生じた際、差し押えのリスクを買主が避けたいためです。そのため売主は抵当権抹消登記を行うことは必須と言えるでしょう。
不動産を相続した場合
相続した不動産がローンを完済している場合は、相続人が抵当権抹消登記を行えます。勿論、住宅ローンが残っている場合は抵当権を抹消できません。なお、住宅ローンを利用する場合は団体信用生命保険への加入がすすめられています。加入していると債権者(被相続人)が死亡による保険金でローンは完済されるので、この場合でも抵当権抹消登記を行うことは可能になります。
相続登記した不動産を抵当権抹消登記しないと?
相続登記により名義変更した不動産に抵当権が設定されたままだと、多岐にわたりデメリットが発生しやすくなります。
不動産の売却が困難になる
前述でも少し触れましたが、抵当権抹消登記を行わないと不動産を売却するためのハードルが高くなります。不動産の売却には「契約日」と「引渡日」の事項があり、この引渡日までに抵当権を抹消すれば問題ありません。ただし手続不備などで、この「引渡日」が後ろに大きくずれ込んでしまうと、不動産の資産価値が下がることもありえます。こういった状況を回避するためにも、早めの手続が安心でしょう。
期間が空くと書類取得が手間がかかる
抵当権抹消登記に必要な書類は金融機関などから受領できますが、登記事項証明書などの一部書類は発行日から3か月が有効期限とされています。そのため、この期間以降に手続を行おうとすると、書類の再取得が必要になり余計な手間が発生します。また、金融機関側の本店移転や町村名変更に伴う地番変更など、外的要因によって手続のフローが煩雑化してしまうと、合わせて手続も難解になってしまうでしょう。そのため、金融機関から手続書類を受領したら速やかに手続を行うことが、手続負担が一番少ないでしょう。
抵当権付きの不動産を相続したときの対処法
相続した不動産に抵当権が設定されていた場合の問題は、亡くなった人の債務も引き継いで返済しなければならない可能性がある点です。場合によっては、相続放棄も視野に入るでしょう。では、受け継いだ土地や建物に抵当権設定があるとわかった場合、どう対応すればいいのでしょうか。
残高証明書で債務の状況を確認する
抵当権付き不動産を相続した際には、まず残高証明書を取得して、債務の状況を確認する必要があります。残高証明書は、金融機関から発行してもらうことができます。この証明書には、現在の借入残高や返済状況などが記載されており、残りいくら払う必要があるのか正確に把握できます。
残債があれば返済可能か検討する
借入残高がゼロでない(残債がある)状況なら、次に検討するのは返済の可否です。相続人の収入や資産、ほかの相続財産の状況などを総合的に判断し、亡くなった人の債務を受け継げるか判断しましょう。必要かつ可能なら、債務者と任意で交渉し、返済計画を立て直す手続も行います。
返済できる場合は通常の相続手続を行う
亡くなった人の債務を引き継げると判断したときは、通常の相続手続を進めます。つまり、相続登記による不動産の名義変更を行った上で、契約上の計画通りに返済を行う必要があります。もし、抵当権抹消手続をすぐに行いたいのであれば、一括返済を検討しましょう。
返済が難しい場合は相続放棄を検討する
一方、返済が難しいと判断した場合は、相続放棄を検討する必要があります。相続放棄とは、相続人が相続そのものを拒否することです。相続放棄は、債務を引き継がなくて済むというメリットがある一方で、プラスの財産も含めてすべての相続財産を放棄しなければならないというデメリットがあります。これらのメリット・デメリットをよく検討した上で、相続放棄が適切と判断したときは、各相続人が家庭裁判所で放棄の申述を行います。
自分で抵当権抹消手続を行うときに必要な書類
抵当権抹消の手続、つまり抵当権抹消登記を自分で行う場合、登記申請書そのほかの法律上抵当権の抹消がなされた旨の証明となる書類が必要です。具体的には、相続人が用意する書類と、債権者(金融機関)から取得する書類に分けられます。
相続人が用意する書類
抵当権抹消の手続にあたっては、事前に相続登記が必要です。これを踏まえて、抵当権抹消登記のときに改めて用意すべき書類を一覧にすると、次のようになります。
登記申請書
登記申請書は、相続登記および抵当権抹消登記の主な提出書類です。相続登記前の段階なら、各1通、計2通を、法務局公式サイトからダウンロードして用意しましょう。
登記事項証明書
登記事項証明書は、登記申請書に記載するため、不動産の情報を確認するための書類です。相続登記と抵当権抹消登記のどちらでも記載内容を要すため、相続登記が終わったあとも手元に残しておきましょう。
相続登記で受け取った登記識別情報
抵当権抹消にあたっては、事前に相続登記が必要です。事前の登記申請が完了すると、登記識別情報が交付されます。この情報は、抵当権抹消登記の申請時に提出します。
登記申請書
登記の目的
〇番抵当権抹消登記※
原因
令和〇年〇月〇日弁済
申請人兼権利者
〇〇県〇〇市〇〇町〇〇番地
法務太郎
義務者
〇〇県〇〇市〇〇町〇〇番地
株式会社〇〇銀行(会社法人番号〇〇〇〇ー〇〇ー〇〇〇〇〇〇)
代表取締役 〇〇〇〇
添付情報
(添付する書類を記載)
令和〇年〇月〇日申請 〇〇法務局〇〇支局
課税価格 金〇〇万円
登録免許税 金2000円
(以下、登記事項証明書にある不動産の表示)
※抵当権は1つの不動産に対して複数設定でき、それぞれ順位があります。抹消しようとする抵当権を指定するときは、登記事項証明書を確認し、1番・2番とのように順位を記載しなければなりません。
債権者からもらう書類
抵当権抹消の手続にあたっては、債権者の同意が必要だと解説しました。その同意を証明するにあたって、債権者(銀行など)から、弁済証書および承諾書をもらう必要があります。加えて、登記申請は原則として債権者と共同で行いますが、相続人側だけで申請を行う場合は、委任状そのほかの委任を証明する情報も必要です。
債権者の弁済証明書および承諾書
借り入れた金銭などを完済し、抵当権抹消について承諾を得た場合は、それらを証明する情報が必要です。金融機関によって書式は異なりますが、問い合わせると発行されます。
金融機関の資格証明情報
運転免許証などに該当する債権者の身分証明として、所在地や、金融機関としての資格を得ている旨の証明書が必要です。通常、弁済証明書など一緒に送られてきます。
抵当権の登記識別情報
債務者が借り入れを行い、それに伴って抵当権を設定したときは、抵当権者である旨を証明できる登記識別情報が発行されています。資格証明情報と合わせて、債権者の委任を証明するために必要です。
委任状
抵当権抹消登記を委任してもらう旨が書かれた、委任証明の中心となる書類です。抵当権抹消を自分で行う場合でも、司法書士に依頼する場合でも、共通で必要な書類となります。
抵当権抹消手続を自分で行う手順と費用
相続した不動産について抵当権抹消の手続を自分でやる流れを、あらためて説明すると、まず相続登記による名義変更を実施し、次に抵当権抹消を行います。具体的にどのような手順で進めるのか確認した上で、費用もチェックしてみましょう。
必要書類を集めて相続登記を申請する
最初に行う相続登記は、下記書類を揃えて不動産を管轄する地域の法務局・登記所で申請します。この時点では、一般的な相続手続とまったく同じです。
- 登記申請書(相続を原因とする所有権移転登記用)
- 遺言書または遺産分割協議書
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本・相続人の戸籍謄本
- 相続人全員分の印鑑登録証明書(遺産分割協議書を添付する場合)
- 承継する人の住所証明書類(住民票または戸籍附票)
- 委任状(相続人の代表者もしくは司法書士が申請する場合)
抵当権抹消のための必要書類を収集する
相続登記が完了したら、次は抵当権抹消に必要な書類を収集します。相続人と債権者(ここでは抵当権者)が協力して揃える書類をあらためて整理すると、次のとおりです。
- 登記申請書
- 登記識別情報
- 債権者の弁済証書および承諾書
- 債権者の委任状
- 金融機関(債権者)の資格証明情報
- 抵当権の登記識別情報
管轄の法務局に登記申請する
必要書類が揃ったら、管轄の法務局に抵当権抹消の登記申請を行います。管轄の法務局は、不動産の所在地を管轄する法務局になります。法務局公式サイトや窓口で確認することができます。登記申請は、窓口での申請または郵送での申請が可能です。郵送で申請する場合は、書類の不備がないよう十分に確認し、配達記録が残る方法で送付します。
なお、債権者からもらう書類がすべて電子文書で交付される場合には、オンライン申請も可能です。パソコンへのソフトウェアインストールなどの事前準備が必要ですが、いつでも・どこでも申請できるのは便利です。
抵当権抹消登記で必要になる費用
抵当権抹消登記を行う際には、不動産1個につき1000円の登録免許税がかかります。敷地と戸建・敷地権とマンションの一室といった組み合わせなら、土地と建物で計2000円です。そのほかにも、書類送付用の郵便切手代や、債権者ごとに指定される可能性のある書類発行(承諾書や資格証明情報など)の手数料がかかります。
自分で抵当権抹消を行う費用面でのメリットは、通常数万円程度となる司法書士報酬がかからない点です。とはいえ、このあとも述べますが、手続で行き詰った場合には、依頼も視野に入れましょう。その場合、司法書士へかかる費用は1万円~2万円程度がおおよその相場になります。なお、司法書士によって金額が異なるため、依頼を検討する場合は事前に確認しておくとよいでしょう。
抵当権抹消手続を自分で行う際の注意点
抵当権抹消の手続を自分で行う場合、いくつかの注意点があります。手続を円滑に進めるためには、これらの注意点を理解し、適切に対応することが重要です。ここでは、抵当権抹消登記が完了するまでは不動産の売却手続ができないこと、申請書類に不備がないようにすることなど、自分で手続する際の主な注意点について解説します。
売却手続できるのは抹消登記の完了後
抵当権抹消の手続を行っている最中は、対象の不動産を売却することはできません。売却手続ができるのは、抵当権抹消登記が完了した後になります。抹消登記が完了したことは、登記事項証明書で確認することができます。万が一、抹消登記が完了する前に売却手続を進めてしまうと、買主に損害を与えるリスクがあるため、十分に注意が必要です。
申請書類に不備がないよう気を付ける
抵当権抹消の登記申請を行う際は、申請書類に不備がないよう細心の注意を払う必要があります。申請書類の記入事項に誤りがあったり、必要な添付書類が不足していたりすると、登記申請が受理されず、売却そのほかの予定に遅れが生じるかもしれません。登記申請書の記入事項や添付書類は漏れがないかチェックし、不安があるなら司法書士に確認してもらうのがベターです。
自分で抵当権抹消手続を行うべきか判断するポイント
抵当権抹消の手続を自分で行うか、専門家に依頼するかは、個人の状況によって異なります。手続を自分で行う場合のメリットは、費用を抑えられることですが、デメリットとして手続の複雑さや時間・労力がかかることが挙げられます。ここでは、自分で抵当権抹消手続を行うべきかどうかを判断する際のポイントについて解説します。
売却・賃貸・リフォームなどの予定はあるか
抵当権抹消手続を行うべきかどうかを判断する際には、不動産の活用方針を明確にすることが重要です。もし、近い将来に不動産を売却したり、賃貸に出したり、リフォームを行ったりする予定がある場合は、抵当権抹消の必要性が高いと言えます。一方、当面は不動産を活用する予定がない場合は、抵当権抹消手続を先送りにすることも検討できます。
自力で対応できる時間や体力はあるか
抵当権抹消の手続には、一定の時間と労力が必要になります。書類の収集や作成、法務局への提出など、手続の各段階で発生する作業を自力で対応できるかどうかを見積もる必要があります。時間的な余裕がない場合や、書類作成などに不安がある場合は、専門家に依頼することを検討しましょう。
自分で抵当権抹消登記ができないケース
抵当権抹消登記は状況によっては自身で手続を進めることが困難な場合があります。ここでは具体的にどういったケースだと自分で手続できないのかを解説していきます。
- 不動産を売却代金で住宅ローンを返済する場合
- 古い抵当権が対象の場合
- 抵当権者が金融機関以外である場合
不動産を売却代金で住宅ローンを返済する場合
買主から受領する売却代金を活用してローンを完済する場合は、買主への名義変更と同時に抵当権抹消登記を行います。この手続では司法書士が行うことが慣習となっています。登記されていない不動産に対して、専門家である司法書士が携わることで、買主や金融機関が安全性や確実性を担保でき、不利益が生じる可能性が低くなるためです。
古い抵当権を抹消する場合
古い年代(明治、大正、昭和)の抵当権を抹消する場合、抵当権者の所在地や行方が分からないといったケースが多く、連絡を行うにもどこから手を付ければよいか迷うことがあります。こういったケースでは供託や弁済証明書などを用いて手続を行いますが、これらの手続の難易度が高く自分で行うことは難しいでしょう。
抵当権者が金融機関以外である場合
金融機関以外が抵当権者である場合、自分で抵当権抹消登記を行うことは難しい傾向にあります。通常、金融機関が抵当権者であれば、抹消手続に必要な書類(委任状など)が整備されていますが、個人や中小企業などが抵当権者の場合、必要な書類を自分で全て準備する必要があり、その手続において複雑さが原因で不備が生じやすいです。こういったケースでは、専門的な知識を持つ司法書士に依頼することが一般的であり、手続の確実性や時間を節約するうえでも有効です。
抵当権抹消手続は司法書士に依頼するのが無難
抵当権設定があるケースは、亡くなった人自身が債務者であるケースだけとは限りません。親戚の債務を保証し、物上担保として不動産を供与したようなケースも存在します。このような場合には、債務者本人と連絡を取る必要があるなど、手続は一層複雑になります。
上記のような難しいケースに当てはまらないケースでも、売却先が決まっていたり、すぐに現金化しなければならない場合などは、迅速に手続を終える必要があります。自分で出来そうになかったり、時間がかかったりしそうなら、登記の専門家である司法書士に依頼するのが無難です。