相続登記とは
相続登記とは、亡くなった人が所有する不動産につき、相続による名義変更があった旨を法務局に届け出る手続です。相続を原因とする所有権移転登記と呼ばれ、令和6年4月1日以降は3年以内に行うよう義務化されました。この義務化もさることながら、登記が完了するまで売却などが行うことができないなどのデメリットが発生します。まずは、相続登記の効果や手続方法について整理してみましょう。
登記完了で所有者の証明ができる
相続登記が完了すると、登記簿と呼ばれる法務局で管理する不動産の帳簿の内容が書き換わります。相続発生の旨が新たに追記され、登記名義人の欄が土地・建物を受け継いだ人の情報になります。以後、登記簿の写しである登記事項証明書を都度取得すれば、相続人の所有権について証明できるようになります。
相続登記の申請から完了までの流れ
相続登記の申請は、その不動産の所在地を管轄する法務局(登記所)で行います。必要書類には戸籍関係書類などがあり、不動産を受け継いだときの状況に応じて用意しなければなりません。書類提出後は2週間程度で登記完了となり、その通知が相続人の手元に届きます。
相続登記の必要書類
相続登記を行う際に必要となる書類は、原則として以下の通りですが、ケースによっては追加で書類の提出が求められることもあります。
- 記入済の登記申請書
- 亡くなった人の出生から死亡までわかる戸籍謄本
- 亡くなった人の住民票の除票
- 相続人全員の住民票
- 相続人全員の戸籍謄本
- 遺言書または遺産分割協議書(原本)
- 相続人の印鑑登録証明書※1
- 委任状※2
- 相続する不動産の固定資産評価証明書※3
※1:遺産分割協議書を提出する場合、書面に用いた印鑑(実印)が必要です。
※2:申請人が相続人を代表する人もしくは司法書士である場合に必要です。
※3:提出書類には含まれないものの、申請の手数料にあたる登録免許税の計算で必要です。
相続放棄とは
相続放棄とは、亡くなった人に帰属している権利義務につき、一切承継しないことを家庭裁判所で申し立て、申述する手続で、相続があることを知ってから3か月以内に申し立てを行う必要があります。家庭裁判所に受理されると、財産および債務について申述者が引き継ぐことはありません。申述しない場合は「単純承認」として扱い、利益となる財産から負債までの一切を承継することになります。
相続放棄したほうが良いケース
相続放棄が有効な選択肢となるのは、単純承認することで相続人に不利益が生じる場合です。具体的には以下のようなケースが挙げられます。
- 債務が多く、プラスの財産(不動産)の評価額を超える場合
- 利用価値のない土地を承継し、固定資産税などで赤字になる見込みがある場合
なお、当てはまるケースで選べる手段は、何も相続放棄だけとは限りません。プラスの財産の評価額を限度として債務を承継し、それを清算しながら権利義務を承継する「限定承認」と呼ばれる方法もあります。
相続放棄できる要件と生じる効果
相続放棄の要件は、相続開始があったことを知ってから3か月以内の申述であり、この期間を「熟慮期間」と呼びます。相続放棄の申述が家庭裁判所で受理されたときは、申述者ははじめから相続人ではなかったものとして扱われ、放棄した権利義務は法律上の次の順位の人に移ります。
なお、不動産について相続登記するときの状況は「相続人の一部が放棄した場合」と「相続人全員が放棄した場合」にわかれるでしょう。
相続放棄のメリット・デメリット
相続放棄のメリットは、先で触れたように「もらうだけ負担になる財産」や「弁済すべき債務」から逃れられる点です。相続に関する面倒な手続に関与する必要がなくなる点も、状況によっては利点と言えます。
一方で、利益のある財産も含めて一切もらえなくなる点は、相続放棄のデメリットとして認識しておきたいところです。本当に放棄しても良いかどうかは、個別に相続財産の価値を精査した上で、慎重に判断しなければなりません。
相続放棄を申述するときの必要書類
相続放棄の申述に際しては、以下のような書類を家庭裁判所に提出する必要があります。なお、相続放棄をした人がいる状態の登記手続は、「相続登記の必要書類」で記述してある書類もあわせて準備しましょう。
- 相続放棄の申述書
- 亡くなった人の住民票除票または戸籍附票
- 申述者と亡くなった人の関係がわかる戸籍謄本
- 収入印紙
- 連絡用の郵便切手
本記事で考えたいのは、相続放棄する人がいる場合の相続登記についてです。放棄の申述自体は上記の方法で問題ありませんが、不動産の登記申請は、通常のやり方とは異なります。それでは、どのように対処すればいいのでしょうか。
相続放棄した人がいるときの相続登記
相続放棄した人がいる場合の相続登記手続は、状況によって異なります。特に、債権者による代位登記がなされている場合は、自分たちで手続したわけではない登記簿の状況への対処方法が問題となります。相続放棄者がいるケースにおける相続登記の具体的な対応方法は、以下のように整理できます。
相続放棄者が一部いる状況で相続登記するケース
相続放棄した人がいる状況で、残った人で相続登記するケースでは、放棄の状況によって登記の内容が変わります。いったん法定相続分で登記したあとに相続放棄者が判明したケースも踏まえながら、状況別に解説すると、次のようになります。
同順位の相続人全員が相続放棄した場合
このケースでは、次の順位の人らで遺産分割協議をしたのち、所有権移転登記をします。もし、放棄が判明した時点で相続放棄者を含む法定相続分での登記が完了しているのであれば、抹消登記のあとに所有権移転登記を行います。当てはまるのは、配偶者と子が相続人であれば子の全員が放棄したケース、配偶者と亡くなった人のきょうだいが相続人であれば配偶者だけが相続放棄したケースなどです。
同順位の相続人の一部のみが相続放棄した場合
このケースでも、残った相続人らで遺産分割協議をして、所有権移転登記を行えば問題ありません。すでに相続放棄者を含めた法定相続分での登記が完了しているのであれば、放棄者から同順位そのほかの相続人への持分全部移転登記によって、同順位内の残った相続人の名義に変更できます。当てはまるのは、配偶者と子が相続人で、子らの一部が放棄したケースなどです。
相続人全員が相続放棄した場合
このケースでは、登記申請自体が不要です。すでに相続登記が完了している状況なら、所有権抹消登記により、被相続人名義に戻す必要があります。当てはまるのは、配偶者と子がいる状況でどちらも相続放棄したり、亡くなった人が未婚の状況できょうだいも父母も相続放棄したりするケースです。
いずれの登記でも、相続放棄者宛に家庭裁判所から送られてきた相続放棄申述受理証明書を提出します。また、所有権移転登記や持分全部移転登記を行うときは、残った相続人であらためて遺産分割協議を行い、その内容を書面化して提出しなければなりません。
この相続放棄申述受理証明書とは、相続人が家庭裁判所に対して相続放棄の申述を行い、その申述が受理されたことを証明する書類です。これにより、相続人が相続権を放棄したことが正式に認められ、債権者など第三者に対しても相続放棄の事実を証明することができます。
相続放棄申述受理証明書を申請できるのは、相続放棄を行った相続人です。相続放棄は、相続開始を知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所へ申述を行う必要があります。申述が受理されると、相続人は相続財産や負債を一切引き継がないことが確定し、証明書を取得して第三者にその事実を証明できます。
相続放棄と前後して代位登記が行われたケース
債務を理由に相続放棄する場合、放棄の前後で債権者代位権に基づく相続登記が、相続人らが知らない内に処理されてしまうことがあります。このような状況では、相続人全員が放棄したのなら「所有権抹消登記」で、一部の相続人のみが放棄したのなら「更正登記」で登記内容を訂正する必要があります。
この場合でも、相続放棄者全員分の申述受理証明書が必要となるほか、さらに提出書類が増えます。更正登記を行うときに必要になる、債権者の承諾を得た旨の書面が必要です。
相続人の共有持分が仮差押えされたケース
相続人の共有持分について債権者が仮差押えを申し立てたケースでは、相続放棄者の持分もその対象に含まれてしまいます。この場合の相続登記への対応は、代位登記がなされた場合と同様です。つまり、すべての相続人が放棄した場合は「所有権抹消登記」、一部の相続人のみが放棄した場合は「更正登記」による登記内容の訂正で対応します。
ただし、代位登記への対応とは異なり、仮差押えへの対応と追加書類の提出が必要です。更正登記を行うなら、まずは登記内容について仮差押え解除の申し立てをします。さらに、債権者から仮差押え決定書を入手しなければなりません。
上記の対応により、更正登記の実施が可能となり、相続放棄者の持分は放棄しなかった相続人のものとなります。
譲渡した不動産の所有権移転登記の前に死亡したケース
相続した不動産が譲渡済で、所有権移転登記が完了する前に被相続人が死亡した場合、買主に登記請求権を行使されます。譲渡した以上、名義変更手続に協力する義務があり、これが相続によって受け継がれているためです。もっとも、相続放棄によって義務の承継を免れたのなら、買主名義に変えるための登記に協力する必要はありません。
ただし、すべての相続人が放棄したわけではないケースでは、登記請求に対応する必要があります。具体的には、残された相続人でいったん相続登記を行い、買主と協力して所有権移転登記を進めなくてはなりません。このとき、生前に交わした不動産売買契約書と売買代金領収書が必要です。
相続放棄した人がいる場合のポイント
相続放棄者がいる場合の相続登記では、登記以前に、債務の存在がわかったときの対応に関する熟慮が大切です。特に相続人全員が相続放棄する場合は、必要書類の不備が生じないよう十分な注意が必要です。そのほかにも、活用できる制度を理解しておくと、相続放棄によるデメリットを被らずに済むかもしれません。
相続開始時点で債務が判明しているときの対応方法
被相続人の死亡時点で債務の存在が明らかになっている場合、安易に相続登記を進めるべきではありません。遺産分割協議に参加し、協議書に署名押印してしまうと、単純承認したとみなされてしまいます。以後、相続放棄を申述しても原則上は受理されません。
住宅ローンやアパートローン、そのほかの債務の存在が明らかになっているときは、熟慮期間のあいだに速やかに調査し、相続しても良いものか検討しましょう。相続すると重い負担になるとわかった場合は、相続人全員に状況を共有し、一緒に相続放棄するのが一般的です。
相続人全員が相続放棄したケースの注意点
相続人全員が相続放棄を選択した場合、通常の所有権移転登記や持分移転登記ではなく、抹消登記で対応します。ただし、その際は、相続放棄申述受理証明書を全員分揃える必要がある点に注意しましょう。
相続放棄は、各相続人が個別に家庭裁判所での申述を行う必要があるため、審理や受理証明書が届くタイミングがずれることがあります。また、相続人の一部は申立書の記載ミスなどにより、受理や証明書送付のスケジュールに遅れが生じるかもしれません。こうした理由から交付されたすべての証明書を漏れなく集めるのは煩雑になりがちです。
相続放棄の影響をきちんと検討する
相続放棄は、放棄者が初めから相続人ではなかったとみなされるため、他の相続人の相続分や負担に影響を与えます。たとえば、借金がある場合、相続放棄によって他の相続人の負担が増え、同順位の相続人全員が放棄すれば、次順位の相続人に借金が承継されることもあります。このように自身の都合のみで放棄すると他の相続人に対して予測していない状況に追い込まれるケースも出てくるため、放棄手続は一存で決めず周囲と話し合って決めることをおすすめします。
相続土地国庫帰属制度の利用検討
相続放棄する理由が債務ではなく、不動産の維持管理費用であるときは、相続土地国庫帰属制度の利用で解決する可能性があります。法改正によって新しく導入された制度で、一定の要件を満たす更地について申請でき、申請された土地は審査を経て国が引き取ります。
上記制度を利用できる場合は「自宅のみ相続登記し、赤字化している土地は国に譲り受けてもらう」といった選択ができます。相続放棄しようとしている人がいたら、その情報を共有しつつ、利用を検討すると良いでしょう。
不動産の相続放棄は司法書士への事前相談がベター
相続放棄者がいる場合の相続登記は、一般的な相続登記と異なり、必要書類や手続が複雑です。そもそもの問題として、相続放棄の熟慮期間内に承継によるデメリット(債務や土地の維持管理コストなど)を正確に把握しなければならない点で、手続に不慣れな人にとっては負担になります。
スムーズに調査し、相続人全員で意思を統一しながら手続を進めるなら、経験豊富な司法書士に相談するのがベターです。状況によって必要な登記申請書類を判断し、その後は窓口として相続人同士の連絡を取り持ってくれるなら、負担の大幅な軽減に繋がるはずです。