死因贈与とは
死因贈与とは、財産の無償譲渡について合意し、実際に効力が発生するのは贈与者が亡くなったときとする行為です。相続権のない人に財産を残したい場合や、確実に特定の人に財産を引き継ぎたい場合などに活用されます。遺贈との違いや、契約の成立要件、よく用いられるケースについて、以下で詳しく解説します。
死因贈与が成立する要件
死因贈与の契約は口頭の合意でも成立しますが、トラブルの可能性や登記申請での使用を考慮し、書面を作成するのが一般的です。契約書には、贈与する財産の詳細や、贈与の条件などを明記します。
死因贈与がよく用いられるケース
死因贈与は、相続権のない人に財産を譲渡したい場合や、確実に特定の人に財産を引き継ぎたい場合、条件付きで譲渡したい場合などに活用されます。具体的には、以下のようなケースが挙げられます。
- 配偶者居住権を設定し、死後も住居確保したい場合
- 内縁の配偶者や同性のパートナーに財産を残したい場合
- 贈与する代わりに、贈与者の介護やペットの世話を担ってほしい場合
死因贈与と遺贈の違い
死因贈与は、遺言で贈与の意思表示をする「遺贈」と似ていますが、いくつかの点で異なります。遺贈は贈与者の意思で一方的に成立しますが、死因贈与は贈与者と受贈者の合意が必要です。また、遺贈は遺言書への記載が成立要件ですが、死因贈与は口頭でも成立します。
死因贈与の仮登記とは
死因贈与の仮登記とは、贈与者の死亡を始期として「受贈者名義に変える権利」を登記簿に記載し、将来の本登記に備える手続です。手続するときは、登記申請書に「始期付所有権移転仮登記」と記載します。仮登記は義務ではありませんが、死因贈与特有のリスクを回避できる利点があります。
始期付所有権移転仮登記で生じる効果
死因贈与の仮登記は、あくまでも将来の権利について登記簿に記載するだけのもので、申請すれば贈与者名義になるというわけではありません。
仮登記を申請すると、土地や建物の権利移動の順番を確保する意味で、登記簿に「〇番仮登記」などと記載されます。本登記の際には、仮登記の順位を指定することで、前回および次回の権利変動の順番を変えずに、受贈者名義に変更することができます。
生前のうちに仮登記するメリット
生前のうちに死因贈与の仮登記を実施するメリットは、贈与者による撤回の可能性を小さくし、第三者に権利が渡ってしまうトラブルを防げることです。
仮登記や死因贈与契約書の作成がない贈与は、過去の事例や法律の定めから、いつでも贈与者の意思で撤回できるとされています。撤回がないとしても、二重譲渡の相手方となった第三者や、時効取得した不法占拠者が先に登記してしまうと、受贈者は権利を得られなくなります。また、贈与者が認知症などで判断能力が低下してしまうと、上記のような贈与撤回や第三者の出現といったリスクが発生してしまいます。
あらかじめ仮登記しておけば、簡単には撤回できなくなり、死亡を始期として贈与される旨が第三者の目にも明らかになります。このように「公示」しておくことで、指摘したトラブルを未然に防ぐ効果が期待できます。
始期付所有権移転仮登記が認められるのは死因贈与のみ
遺贈との違いでは触れませんでしたが、始期付所有権移転仮登記が認められるのは死因贈与のみです。
仮登記ができない遺贈の場合、遺言執行(財産ごとの名義変更)の順序次第で、受贈者名義に変更する手続が遅れ、それによって売却や不動産の維持管理に必要な行為にも遅れが生じる可能性があります。始期付所有権移転仮登記があれば、相続手続とは別に本登記をすることで、すぐに受贈者の所有する不動産として取り扱えるようになります。
契約は執行者を指定して公正証書で締結する
不動産の死因贈与契約は、仮登記および本登記の手間を考慮して、受贈者を執行者とする旨を記載した公正証書で締結すると良いでしょう。死因贈与契約の締結を上記方法で提案する理由は、それぞれ次の通りです。
公正証書を作成したほうが良い理由
公正証書とは、自分で作成する私署文書とは異なり、公証役場で作成することで裁判の確定判決などと同等の効力を持つ書類です。公正証書を作成すると、登記識別情報および別途作成の仮登記の承諾書が不要になります。本登記の際にも、相続人全員分の戸籍関係書類を省略することが可能です。
受贈者を執行者として指定したほうが良い理由
執行者とは、遺言執行者とはまた別の、仮登記の内容を実現する役割を担った人物です。公正証書で執行者に指定された受贈者は、通常必要となる戸籍関係書類を用意せずとも、自分の権限を証明するだけで本登記できます。
なお、執行者は必ずしも受贈者である必要はありません。受贈者が高齢である場合や、手続に対応できない可能性があるときは、登記の専門家である司法書士を執行者にしてもよいでしょう。
仮登記申請の流れや必要書類・費用
死因贈与の仮登記は、普通の所有権移転登記と同じく、登記申請書などを法務局(登記所)に提出する方法で行います。手続全体の流れや必要書類、費用については、以降で解説する通りです。
死因贈与の仮登記の申請の流れ
死因贈与の仮登記は、不動産の所在地を管轄する法務局で手続します。原則として、登記申請書やその他必要書類を郵送するか、窓口で提出します。登記が完了するまでの期間は、通常2週間程度です。
仮登記申請時の必要書類
仮登記申請時に必ず提出するのは、始期付所有権移転仮登記を登記の目的として記載した登記申請書と、登記原因証明情報となる死因贈与契約書です。そのほかに、受贈者の住所証明なども必要となります。法務局に提出する書類は、次の通りです。
死因贈与契約公正証書がある場合の必要書類
- 登記申請書
- 公正証書の正本または謄本(仮登記の承諾があるもの)
- 受贈者の住民票の写しおよび印鑑(認印でも可)
- 固定資産評価証明書(登録免許税の計算に必要)
死因贈与契約書が公正証書でない場合の追加の書類
- 登記識別情報または登記済証
- 贈与者の印鑑登録証明書(発行から3か月以内)
仮登記申請時の登録免許税
仮登記申請時にかかる登録免許税は、課税標準額である固定資産税評価額の1%です。たとえば、固定資産税評価額が計1000万円の土地・建物を贈与する場合、仮登記の登録免許税は10万円になります。登録免許税を納めるときは、課税額相当の収入印紙を購入し、提出する登記申請書に貼り付けます。
死因贈与契約書の雛形
ここで紹介するのは、先に触れた死因贈与契約の締結方法に沿った契約書の一例です。契約締結後に仮登記することを想定しているため、仮登記の承諾に関する文言も含まれています。
実際に契約公正証書の原案を作成するときは、贈与の状況により内容が左右される点も多いため、司法書士に相談することをおすすめします。
死因贈与契約書
贈与者 [贈与者氏名](以下、「甲」という)と、受贈者 [受贈者氏名](以下、「乙」という)は、以下の通り不動産の死因贈与契約を締結する。
第1条(贈与の目的)
甲は、甲の死亡を条件として、本契約書に記載する不動産(以下、「本件不動産」という)を乙に贈与する。
第2条(所有権移転の時期)
本件不動産の所有権は、甲の死亡時に、乙に移転するものとする。
第3条(仮登記)
1. 甲は、本契約締結と同時に、本件不動産につき、乙への所有権移転請求権保全仮登記(以下、「本件仮登記」という)を承諾する。
2. 乙は、本契約締結後、速やかに本件仮登記に基づく本登記手続を行うものとする。
第4条(費用負担)
本契約に関する一切の費用は、乙が負担するものとする。
第5条(執行者の指定)
甲は、乙を本契約の執行者に指定する。乙は、甲の死亡後、本契約に基づく不動産の所有権移転登記を行うものとする。
第6条(契約の解除)
甲は、甲の生存中に限り、乙に対する意思表示により、本契約を解除することができる。この場合、乙は、速やかに本件仮登記の抹消登記手続を行うものとする。
本契約締結の証として、本書2通を作成し、甲乙記名押印の上、各自1通を保有する。
[契約締結日]
贈与者(甲)住所:
氏名: 印
受贈者(乙)住所:
氏名: 印
(以下、不動産の表示/本雛形では省略)
死因贈与の撤回および仮登記抹消
死因贈与契約は、締結後に撤回して白紙に戻す必要が生じる場合があります。具体的には、介護やペットの世話といった約束が果たされなかったり、相続財産の配分が変わったりするケースが考えられます。このような場合、死因贈与契約の撤回自体は容易ですが、仮登記の抹消には一定の条件があります。
死因贈与の撤回および仮登記抹消の条件
遺贈の規則が準用される死因贈与の契約自体は、一定の場合を除いて贈与者の意思で自由に撤回できます。一定の場合とは「書面によらない契約」を締結したときです。少なくとも死因贈与契約書を作成しているときは、上記の要件に当てはまらず、あらためて双方で合意を交わす必要があります。
死因贈与の撤回および仮登記抹消の方法
死因贈与契約の撤回は、口頭でも成立しますが、後々トラブルにならないよう贈与者と受贈者との間で合意書を交わすのが一般的です。
済んだ仮登記を抹消するときは、仮登記名義人である受贈者が単独申請するのであれば、登記識別情報と贈与者の印鑑登録証明書を用意します。反対に、贈与者が1人で申請しようとするケースでは、上記書類に加えて、受贈者の署名押印がある承諾書が必要になります。
死因贈与の撤回や仮登記抹消ができないケース
死因贈与の撤回および仮登記の抹消ができないのは、負担付贈与であり、その負担の履行がすでに始まっている場合です。介護やペットの世話を交換条件として死因贈与し、受贈者が着手しているケースが挙げられます。
ほかには、贈与者と相続権を有さない受贈者との間で死因贈与について合意を交わした直後、贈与者が亡くなった場合も考えられます。撤回権は贈与者の一身専属権であるため、受贈者に入れられた仮登記を贈与者の相続人が抹消したいと考えるときは、受贈者の協力を得なくてはなりません。
仮登記を本登記にする方法
死因贈与の本登記は、死因贈与契約公正証書の有無で手続方法が変わります。いずれも不動産の所在地を管轄する法務局(登記所)で申請する点に違いはありませんが、先に述べた通り、戸籍関係書類が必要になる場合があります。
死因贈与契約公正証書がある場合の必要書類
公正証書で死因贈与契約を締結した場合は、通常必要となる戸籍関係書類は不要になり、公正証書とそのほかの補足的な書類だけで手続できます。具体的には、以下の書類を用意し、指定された執行者もしくは受贈者が申請すれば良いでしょう。
- 登記識別情報または登記済証
- 死因贈与契約公正証書の正本または謄本
- 贈与者の死亡がわかる戸籍謄本、除籍謄本
- 執行者の実印および印鑑登録証明書(執行者の指定がある場合)
- 受贈者の住民票の写しおよび印鑑(執行者の指定がない場合)
- 固定資産評価証明書(登録免許税の計算に必要)
私署文書で死因贈与契約した場合の必要書類
公正証書ではなく私署文書で死因贈与契約した場合の本登記では、公正証書の正本または謄本の代わりに、相続関係を証明する書類が必要になります。その結果、本登記の申請で必要になる書類は以下の通りとなります。
- 登記識別情報または登記済証
- 贈与者の出生から死亡までの戸籍謄本
- 贈与者の相続人全員分の戸籍謄本
- 贈与者の死亡がわかる戸籍謄本、除籍謄本
- 執行者の実印および印鑑登録証明書(執行者の指定がある場合)
- 受贈者の住民票の写しおよび印鑑(執行者の指定がない場合)
- 固定資産評価証明書(登録免許税の計算に必要)
死因贈与で仮登記する際の注意点
死因贈与で仮登記する場合の注意点として、受贈者が先に死亡したときの扱いや、遺留分問題に発展する可能性が挙げられます。相続や遺贈によるもらい方とは異なり、受贈者への課税が重くなる点も要注意です。
受贈者が先に死亡した場合の取扱い
贈与者よりも受贈者の方が先に亡くなった場合は、贈与契約は効力を失うとの考え方と、効力は依然として発生が予定されているとの考え方があります。過去の事例では見解がわかれているため、司法書士などの専門家による個別の対応が必要です。
もし、仮登記があることなどによって贈与契約が効力を失わないとすれば、受贈者の相続人に権利が受け継がれます。贈与者が亡くなったときは、本登記を済ませてから相続登記することによって、受贈者の相続人が公的に不動産の所有者となります。
遺留分問題が発生するリスクへの対応
死因贈与には遺贈の規則が準用されるため、遺留分侵害額請求の対象になります。贈与価格が大きく、相続財産が少ない場合には、受贈者が相続人から金銭の支払いを求められる可能性があります。
上記のように遺留分問題に発展した場合、仮登記から本登記へと確実に贈与が果たされるよう手続しても、なお遺留分の支払いのため不動産を手放さざるを得ない可能性が残ります。遺留分問題に発展するリスクがある場合は、資産の組み換えや生命保険への加入によって相続人の取り分を確保しておくことが望ましいでしょう。また、死因贈与の目的や理由について家族と共有しておくことも大切です。
不動産取得税などの費用の問題
死因贈与の仮登記が本登記になるときは、相続税または贈与税のほかに、固定資産税評価額の4%(宅地とその敷地は3%)相当の不動産取得税がかかります。また、本登記でも改めて登録免許税(固定資産税評価額の2%)の負担があります。
上記のように、受贈者の負担が重くなることから、死因贈与自体を見直したり、仮登記をあえて行わない選択をすることもあります。
死因贈与の仮登記はトラブル回避に不可欠
死因贈与は「相続権のない人に財産を渡したい」や「特定の人に土地・建物あるいは居住権を確実に譲りたい」といった目的に合う手段ですが、効力発生まで時間がかかるため、さまざまなトラブルに直面するリスクもあります。贈与者による撤回や、第三者への二重譲渡といった問題を回避できるよう、死因贈与契約とともに始期付所有権移転仮登記を行いましょう。
仮登記にあたっては、なるべく執行者を指定した公正証書を作成してからが良いものの、手続が複雑で対応しにくくなってしまうのが問題です。登記を専門とする司法書士では、契約書作成から執行者の指定、本登記の支援まで、長期に渡って幅広く対応できます。