農地の相続について
農地を相続したものの、農地からは離れた都市部で会社勤めをしている方や、農地の近くに住んでいても農業をする意思がない方の場合、相続した農地をどのように扱うかは悩ましい問題です。
農地を利用するうえでは法律上の制限があり、相続したあとに売却や賃貸を考えてもすぐにはできない場合があります。このように、農地を相続しても負の資産になるリスクがあるので、相続するかどうかの判断は慎重に行わなければなりません。
農地を相続するメリット・デメリットを踏まえて、どのように扱うべきか検討してください。
農地を相続するメリット
農地を相続することで、以下のようなメリットがあります。
- 農業が営める
- 賃料収入を得られる
- 転用・売却して収益化できる
農地があれば、自分自身が農作物を育てて農業を営むことができます。収益化に成功すれば、高い利益を得られる可能性もあるでしょう。
自分で農業を営むことができない場合、近隣の農家が農地を必要としているような環境であれば、農地を賃貸して賃料収入を得ることもできます。
また、農地のままでは買い手が見つからないときでも、転用して売却・賃貸するという方法があります。このような農業をやらない場合の選択肢については、のちほど詳しく解説します。
農地を相続するデメリット
農地を相続すると、以下のようなデメリットもあります。
- 維持費がかかる
- 管理の手間がかかる
- 手放すことが容易でない場合がある
農地をうまく活用できないと維持費だけがかかり、マイナスの資産になってしまいます。また、農地を適切に管理しないと近隣の環境悪化につながるので放置しておくわけにはいかず、管理の手間もかかります。そして、農地は売却しようと考えてもすぐに買い手が付かない可能性があるので、すぐ手放せるとは限りません。
このように、農地は資産として有効に活用できる一方で、うまく活用できないと負の遺産にもなり得ます。
農地の相続後の流れ・相続登記などの手続
農地を相続したあとの流れや手続について解説します。
不動産を相続した際は相続登記が必要ですが、農地の場合は相続登記に加え、農業委員会への届出も必要です。これは農地が食料の安定供給に関わる特殊な不動産であるため、届出を課すことで無秩序に開発したり宅地へ転用したりする行為を抑止するためです。
相続税の計算や支払い方法についても解説するので、手続の流れを一通り理解しておきましょう。
相続登記
相続登記とは、登記簿上の不動産名義を亡くなった方から相続人に移す手続です。申請の際は、相続で新たに農地の所有者となる人が申請人となり、必要な書類を管轄の法務局に提出して手続を行います。遺産分割協議で農地を相続した場合、相続登記では以下のような書類が必要です。
- 登記申請書
- 遺産分割協議書
- 相続人の印鑑登録証明書
- 不動産を相続する人の住民票
- 相続人全員の戸籍謄本
- 亡くなった方の住民票(除票)
- 亡くなった方の出生から死亡までの戸籍(除籍)謄本
- 固定資産評価証明書
- 相続関係説明図
相続登記にかかる費用としては、以下の登録免許税と司法書士報酬が主なものです。
- 登録免許税:固定資産税評価額の0.4%
- 司法書士報酬:3~12万円程
参照:司法書士の報酬と報酬アンケートについて(平成30年1月)」|日本司法書士連合会
一般的に、農地を売買や贈与で取得するためには、農地法の定めにより農業委員会の許可を受ける必要があります。遺言による遺贈が行われた場合、法定相続人が農地を取得すれば必要ありませんが、遺言により法定相続人以外の人へ遺贈が行われた場合は許可が求められます。
相続登記は令和6年4月1日から義務化されました。義務化後は不動産を取得した相続人は3年以内に相続登記の申請をしなければならず、正当な理由なく申請を怠ると10万円以下の過料が科されます。
農業委員会への届出
農地を相続した場合、農業委員会への届出が必要です。届出は相続の開始を知ってから10か月以内に行わなければならず、期限を過ぎると10万円以下の過料が科される場合があります。
農業委員会は基本的に市区町村単位で設置されており、土地ごとに管轄の農業委員会が定められています。しかし、なかには農業委員会がない市区町村も存在するので、この管轄がわからないときは役所に問い合わせて確認してください。
相続税の申告
農地を相続した相続人は、相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内に相続税の申告・納税をしなければなりません。
相続税の金額は相続税評価額をもとにして求めますが、農地の区分は4つに分けられており、それぞれの区分に応じて計算方法が異なります。そのため、まずは相続した農地がどの区分に入るかを確認したうえで、正確な金額を計算する必要があります。
相続税は、期限までに支払わないと延滞税が発生します。手続や計算方法などがわからない場合、税理士に相談して確実に手続を行うとよいでしょう。
また、農地の相続税には納税猶予の特例という制度があり、場合によっては支払いが免除されることもあります。この相続税の納税猶予の特例については、次で詳しく解説します。
農地における相続税の納税猶予の特例について
相続税の納税猶予の特例とは、一定の条件を満たすことで農地の相続にかかる相続税の納税が猶予される制度です。さらに、納税猶予を受けて相続人が死亡するまで農業を継続すると、相続税の支払いは免除されます。
相続税の支払いが猶予・免除されれば、農地を管理するうえで大きなメリットになるので、ここでは農地の納税猶予の適用要件や手続の内容などについて解説します。
適用要件
被相続人・相続人・農地それぞれに適用要件があるので、各要件を紹介します。
被相続人の要件
被相続人は、次の1から4までのいずれかに該当する必要があります。
- 死亡の日まで農業を営んでいた人
- 農地を生前一括贈与した人
- 死亡の日まで相続税の納税猶予の適用を受けていた相続人、または農地の生前一括贈与を受けた人で、営農困難時貸付けをした人
- 死亡の日まで特定貸付けなどを行っていた人
「営農困難時貸付け」とは、身体障害などで農業の継続が困難となった場合、農地の貸付けをしても納税猶予が受けられるという制度です。
「特定貸付け」とは、法律に基づく一定の特定貸付け、認定都市農地貸付け、農園用地貸付けなどのことです。
相続人の要件
相続人は、次の1から4までのいずれかに該当する必要があります。
- 農地を相続し、相続後も引き続き農業経営を行う人
- 推定相続人の1人に対して農地を貸し、農業経営を移譲した人
- 農地の生前一括贈与の特例の適用を受けた人
- 特定貸付けなどを行った人
農地の要件
特例の対象となる農地は、次の1から4までのいずれかに該当する必要があります。
- 農地として利用され、遺産分割が終了した農地
- 被相続人が特定貸付けなどを行っていた農地
- 被相続人が営農困難時貸付けを行い、遺産分割された農地
- 被相続人から生前一括贈与により取得し、贈与税の納税猶予又は納期限の延長の特例の適用を受けていた農地
- 相続人が生前一括贈与を受けていた農地
申告の手続
相続税の申告期限内に申告書を提出し、農地等納税猶予税額および利子税の額に見合う担保を提供します。担保については国税庁ホームページに掲載されている「相続税・贈与税の延納の手引」を参照してください。
この特例の適用を受ける場合、相続税の申告期限から3年目ごとに継続届出書を提出する必要があります。継続届出書の提出がないと特例の適用が打ち切られ、猶予されていた相続税および利子税を納付しなければならないので注意してください。
納税猶予の注意点
農地の相続税の納税猶予を受けた場合、相続人が亡くなるまでそのまま農業を続けていれば相続税が免除されますが、途中で売却・転用すると特例の適用が打ち切られます。
特例の適用が打ち切られると、猶予されていた相続税および利子税を支払うことになるため、農業を続けるつもりがない場合は特例を使うのはおすすめできません。
農業をやらない場合の選択肢
農地を相続しても農業をやる意思がない場合、農地をどう扱うべきかという問題が生じます。放置しておけば環境や治安の悪化を招く危険もあるので、何らかの対処をしなければなりません。
農業をしない場合の農地の扱いについてはいくつかの選択肢があるので、具体的な農地の扱いやメリット・デメリットについて解説します。
売却
農地をほかの農家に売却するという方法です。売却すれば農地を管理する手間がなくなるうえに、売却益も得られるというメリットがあります。
ただし、農地の売買には農地法による制限があり、一定の要件を満たした農家しか買主になることができないため、買い手を見つけるのが簡単ではありません。また、売却に際して農業委員会の許可なども必要であり、手続に手間がかかるというデメリットがあります。
農家では後継者不足に悩んでいるところも多く、農地の需要が高いわけではないので、安定した農業経営の地盤がある優良な農地でなければ売却に手間取ることもあるでしょう。
転用
転用とは、農地を農地以外のものにすることです。たとえば、農地を住宅用の建物に転用し、賃貸物件として活用するといった方法があります。転用のメリットは、農地のままでは活用できない土地でも、有効活用したり売却したりできるという点です。
ただし、農地の転用にも法律上の制限があり、農業委員会の許可などが必要であるため、手続に手間がかかります。
また、農地を転用する場合、立地から考えて何に転用するべきかをよく考えることが大事です。たとえば、賃貸住宅用に建物を建てたとしても、ニーズがなければ借り手がつかず損をしてしまいます。しっかり計画を立てたうえで土地の活用方法を検討しましょう。
相続放棄
相続放棄とは、相続による権利義務の承継を拒否する意思表示のことです。相続放棄を行うと農地を相続することはなくなるので、農地の扱いについて悩む必要もなくなります。
ただし、相続放棄をすれば不動産だけでなく、すべての財産を相続する権利がなくなります。そのため、相続放棄は農地以外の財産も相続できなくなるというのがデメリットです。
相続放棄には相続開始を知ってから3か月以内という期限があるので、手続が遅れないようにすることにも注意が必要です。
相続土地国庫帰属制度を使う
相続土地国庫帰属制度とは、土地を手放して国庫に帰属させることを可能とする制度です。この制度は土地を相続したものの、利用用途がないために放置され、農地が管理不全となることが問題化したことで、令和5年4月27日から開始しました。
相続土地国庫帰属制度のメリットは、農地を相続したものの売却も転用もうまくいかず困っているときに、農地を手放せるという点です。
ただし、制度を利用するには10年分の土地管理費用相当額の負担金を納めなければならないので、費用がかかるのがデメリットといえるでしょう。
よくある問題点・注意点
農地の相続をするうえで、よくある問題点や注意点について簡単に解説します。問題が起こったときにどう対処すべきか、どんな点に注意すればよいのかを知り、対策を立てられるようにしましょう。
農地を相続する相続人がいない
自分が農地を相続しない場合、ほかの相続人の誰かが農地を相続してくれればよいのですが、相続人が誰も農地を相続したがらないということがあります。そのような場合でも農地を放置しておくわけにはいかないので、売却や国庫の帰属を検討しなければなりません。
売却は買い手がつかず難航する可能性があり、相続土地国庫帰属制度を利用するには手間と費用がかかります。この点を踏まえたうえで、農地を誰がどうするのかは遺産分割協議でよく話し合いましょう。
相続放棄をしても管理義務がある
相続放棄しても、法律上は次に管理する人が見つかるまでは相続人に農地の管理義務が残ります。そのため、自分が相続放棄してもほかに農地を相続する人がいない場合、相続人の誰かが農地を管理しなければなりません。
そこで、相続放棄をする際は、家庭裁判所に申し出て相続財産管理人を選任してもらいましょう。相続財産管理人とは、相続財産を管理・清算する人のことです。相続財産管理人の選任を行えば、相続人自身が農地を管理する必要がなく、相続財産管理人に手続を任せることができます。
相続登記に関する悩みは司法書士に相談を
農地を相続した場合、相続登記のほかにも農業委員会への届出が必要です。農地を相続すれば、売却したり賃貸したりすることで収益が得られることもありますが、買い手がつかず負の資産になることもあります。
農地の売却・転用には制限があり、農地を相続しても自由に取り扱えるわけではありません。そのため、農地を相続する際は具体的な活用方法を事前に考えておくべきといえます。もし相続後に農地が活用できず困ったら、相続土地国庫帰属制度を使うのもよいでしょう。
農地の相続登記の手続についてわからないことがある場合、司法書士に相談すればスピーディーかつ確実に手続を進められます。