相続順位・相続人の範囲の基礎知識
放棄された相続財産は、ほかの法定相続人が引き継ぎます。放棄した人に代わって被相続人(亡くなった人)の権利義務を得ることになった相続人は、自らも放棄するのか、それとも相続による承継を受け入れるのか、各々判断しなければなりません。
このような影響が親族のどの範囲に及ぶか知るには、法定相続人となる人の範囲を理解しておく必要があります。そこで必要なのが、相続順位など民法のルールの理解です。
はじめに「誰が法定相続人になり得るのか」を整理しておくと、被相続人の配偶者・子や孫・父母や祖父母・きょうだいです。実際に相続人になる人は誰なのか整理すると、次のようになります。
- 配偶者:いる場合は必ず相続人となる
- それ以外の血族(※):もっとも相続順位の高い人が相続人となる
※父母や祖父母、子や孫、叔父・叔母、きょうだい、甥・姪などを指します。また、認知された非嫡出子や養子縁組した子なども対象。
法定相続人は配偶者と血族相続人のうちもっとも相続順位が高い人となり、配偶者がいない場合は血族相続人から選ばれます。
配偶者がいる場合は必ず相続人となる
民法第890条では、被相続人の配偶者は常に相続人になると定められています。ここで言う配偶者とは、婚姻届を提出して戸籍上の夫婦となっている相手を指します。事実婚、内縁関係のように事実上の夫婦関係があっても、法律上の婚姻関係がなければ相続人には該当しません。
血族相続人の相続順位
血族相続人の身分関係には相続順位があり、相続人となれるのはもっとも順位が高い人だけです。
相続順位
- 第一順位:子・孫(養子や認知した子も含む)
- 第二順位:直系尊属(父母・祖父母)
- 第三順位:きょうだい
同じ順位の相続人が複数いる場合は、平等に権利を持ちます。たとえば子が3人いる場合、それぞれが同じ割合の相続権を持つことになります。このルールは、養子や認知した子、非嫡出子(婚外子)も適用対象です。
代襲相続のルール
代襲相続とは、本来相続人となるはずだった人が、相続開始前に死亡していたり、相続欠格や相続廃除によって相続権を失っていたりするときに、その人の子が代わりに相続人となる制度です。ただし相続放棄をした場合は代襲相続は発生せず、放棄した人の子に相続権は移りません。
相続放棄しない場合は、子の場合は孫、ひ孫というように世代を超えて無制限に代襲相続が認められます。一方、きょうだいの場合は甥・姪までの1代限りとなり、甥・姪の子にまで相続権が及ぶことはありません。
法定相続分の考え方
各相続人の法定相続分(遺産の取り分)も民法によって定められています。最初に判断するのは配偶者の相続分であり、共同相続人の相続順位によって変動します。その内容は次のとおりです。
- 第一順位(子)と共同で相続する場合:2分の1
- 第二順位(父母・祖父母など)と共同で相続する場合:3分の2
- 第三順位(きょうだい)と共同で相続する場合:4分の3
残りの相続分については、同順位の相続人が複数いる場合、その人数に応じて按分することになります。例として、配偶者と2人の子による相続を挙げると、その法定相続分は配偶者が2分の1、2人の子がそれぞれ4分の1ずつです。なお、配偶者がいない場合の法定相続分は、遺産全体を同順位の相続人で均等に得るものとされます。
相続放棄による相続権の移動範囲
相続放棄をすると、その人ははじめから相続人ではなかったものとみなされます。それによって相続権は次の順位の人に移り、法定相続分も変更されることになります。ここでは、誰が相続放棄をした場合にどのように相続権が移動するのか確認しましょう。
配偶者が相続放棄した場合
配偶者が相続放棄をすると、ほかの相続人の法定相続分が大きく変わります。子(第一順位)が相続人である場合、配偶者の2分の1の法定相続分は子たちが均等に引き継ぎます。たとえば、配偶者と2人の子という構成で相続が始まった場合、配偶者の相続放棄により、2人の子がそれぞれ2分の1ずつの法定相続分を持つことになるのです。
子がおらず、直系尊属やきょうだいが相続人である場合も同様です。配偶者の相続分は、そのときの血族相続人が引き継ぎます。たとえば両親が相続人である場合、配偶者の3分の2の法定相続分を両親で均等に分けることになります。
子・孫などが相続放棄した場合
子・孫などの直系卑属のうち1人が相続放棄をした場合、その相続権は同順位の人に移ります。たとえば3人の子のうち1人が相続放棄をすると、残りの2人で均等に相続分を引き継ぐことになります。なお、相続放棄をした子に孫がいても代襲相続は発生せず、相続権は移りません。代襲相続人である孫が放棄したケースでは、その時点で代襲は終了し、ひ孫に相続権が移ることはありません。
このようにして子・孫の全員が相続放棄をした場合は、次順位である直系尊属(親・祖父母)に相続権が移ります。直系尊属もいない場合は、さらに次順位のきょうだい(または甥・姪)に移行します。
父母・祖父母などが相続放棄した場合
直系尊属が相続放棄をした場合は、まず同順位の直系尊属に相続権が移ります。たとえば父が相続放棄をすると母に、両親とも相続放棄をすると祖父母に相続権が移動します。これは親等の近い順に相続権を引き継ぐという原則に基づいています。直系尊属の全員が相続放棄をすると、次順位であるきょうだい(または甥・姪)が相続人となります。
きょうだい・甥・姪が相続放棄した場合
きょうだいは血族相続人の中で最後の順位となります。そのため、きょうだいが相続放棄をしても、その相続分を引き継ぐ親族はいません。代襲相続人である甥・姪が放棄した場合も同様です。
配偶者含む相続人全員が相続放棄をした場合、または配偶者も先順位の相続人もいない状態できょうだい(甥・姪)全員が相続放棄をした場合は、相続人不在となります。その場合、最終的に残余財産が国庫に帰属する手続が進みます。
相続人全員が相続放棄した場合の手続

相続人全員が相続放棄をすると、被相続人の財産は最終的に国庫に帰属することになります。しかし、そこに至るまでには裁判上の手続があり、手続が進行しているあいだは、もとの相続人または相続財産清算人(相続財産管理人)が財産を適切に管理しなければなりません。ここでは、全員が相続放棄をした後の手続の流れについて解説していきます。
相続放棄の後も財産の管理義務は残る
相続人全員が相続放棄をしても、相続財産清算人が選任されるまでの間、相続財産を占有している相続人には管理義務があります。この管理義務については民法940条に規定されています。
第九百四十条
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
たとえば、相続以前から被相続人の建物に子が住んでいた場合、仮にその子が相続放棄をしても管理義務は発生するというケースが考えられます。該当する相続人は、相続放棄をした後も一定の管理義務が生じることを事前に把握しておく必要があります。
相続財産清算人を選任してもらうには
相続人全員が相続放棄をした場合、家庭裁判所による相続財産清算人の選任が必要です。選任を申し立てることができるのは、相続放棄をした人を含む利害関係人や検察官です。申し立て先は被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所となり、手続にあたって下記の書類が必要です。
- 申立書
- 被相続人の出生から死亡までのすべての戸籍謄本
- 法定相続人と被相続人との関係を示す戸籍謄本
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 利害関係を証明する書類
- 財産に関する資料
また、申立手数料として収入印紙800円、官報公告料として5075円を要します。なお、相続放棄をした人が申請した場合、利害関係を証明する書類については、戸籍謄本一式で足ります。
相続放棄から国庫帰属までのプロセス
相続人全員が放棄すると国庫帰属に向けた手続が段階的に進みます。注意したいのは、放棄された相続財産についてすぐに国が責任を負ってくれるわけではない点です。全体の流れを解説すると、次のようになります。
- 相続財産の法人化(相続財産法人)
- 相続財産清算人の選任(利害関係人の申し立てによる)
- 相続財産清算人の選任公告(官報公告料が必要)
- 相続人捜索の公告・相続債権者捜索の公告(同上)
- 相続人不存在の確定
- 相続財産の清算(債権者がいる場合)
- 特別縁故者(※)への分与
- 残余財産の国庫帰属
※特別縁故者とは内縁の配偶者、介護者、そのほかの生前の支援者などを指します。
相続放棄以外に選択できる手続
相続が発生したとき、相続人は相続放棄以外にもいくつかの選択肢を持っています。借金などの債務や、相続すると負担が大きい土地がある場合は、相続分の譲渡や限定承認、相続土地国庫帰属制度などといった手続も検討に値します。
自分の相続分を譲渡する
相続分の譲渡とは、協議と合意により、自分の相続分(遺産分割協議への参加権)を他者に譲り渡すことです。譲渡は遺産分割が完了する前であればいつでも可能で、譲渡先も相続人に限定されません。手続はトラブル防止のため当事者間で譲渡契約書を交わし、ほかの相続人に通知することを推奨されています。
注意したいのは、被相続人に債務がある場合、相続分の譲渡後も譲渡者(もとの相続人)に返済義務があると判断される点が挙げられます。したがって、債務がほとんどない状態で「自分では管理しきれない・活用しきれない財産がある」あるいは「相続手続から離脱したい」といった理由があるときしか適しません。
限定承認を選択する
限定承認とは、裁判上の手続によって、相続によって得たプラスの財産を限度として債務を清算し、なお債務がある場合は免除してもらい、財産の残余分があれば受け取る手続です。たとえば、1100万円の借金と1000万円の預貯金があるケースでは、裁判手続で清算したのち、残る100万円の債務について免除されます。反対に、1000万円の債務と1100万円の預貯金があるケースでは、残余分100万円について取得できる予知があります。
限定承認の手続の期限は、相続放棄と同じく相続開始を知った日から3か月以内です。注意したいのは、相続人全員で同意して共同で手続しなければならない点です。また、財産目録の作成や債権者の捜索・清算手続など、手間と時間がかかるのがデメリットといえます。
相続土地国庫帰属制度を利用する
令和5年4月27日に始まった相続土地国庫帰属制度は、相続財産のうち一定の要件に該当する更地だけを選択して国に引き取ってもらえる制度です。負担となる財産が土地に限られる場合は、本制度を利用し、相続放棄せずに預貯金や有価証券などといった有益な財産だけを受け取ることができます。
本制度の利用にあたっては、審査手数料や最低20万円となる負担金がかかる点に注意を要します。また、建物がある・権利関係が複雑化しているなどといった事情のある土地は、制度を利用できません。利用前には、予算と土地の条件をしっかり確認しておく必要があります。
相続放棄の手続でお困りなら専門家へ
相続放棄によって影響が及ぶのは、被相続人の配偶者・子や孫などの直系卑属・父母や祖父母などの直系尊属・きょうだい(甥・姪)です。これらの親族のうち順位の高い人は、先順位の人の放棄によって権利を引き継ぎ、法定相続分にも変化が生じることになります。その結果、手続が複雑化し、意思確認や書類の準備に時間がかかる可能性があります。
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