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相続放棄できなくなる条件とは
相続放棄は相続開始を知ってから3か月以内であれば認められるのが原則ですが、期限内であっても自動的に相続財産を受け取ったとみなされる行為(法定単純承認)をした場合は例外です。亡くなった本人に属する各種費用や借金の返済分を支払ってしまうのは、法定単純承認とされる可能性が大きく、注意を要します。
第九百二十一条
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
上記の定めによれば、法定単純承認となる行為は「相続財産の処分」です。ここで言う「保存行為」に留まると判断される場合、単純承認にはならず、相続放棄できます。注意したいのは、亡くなった人に属する支払い義務の履行を以下2つの観点で見たときの取り扱いです。
債務の弁済の取り扱い
債務の弁済、支払い義務の履行そのものは法律で定める「保存行為」にあたり、相続放棄できなくなる行為ではありません。保存行為とは財産を減らさない範囲で維持管理することであり、相続開始時点で、もともとある支払い義務の履行も含まれるとされます。
被相続人の財産を利用する行為の取り扱い
一方で、被相続人の相続財産を換金して債務返済に充てたり、私的に利用する行為は、法律で定められた「相続財産の処分」に該当します。処分とは、財産を減らしたり減らす可能性のある行為をしたりすることです。
税金や社会保険料を支払っても相続放棄できる?
税金や社会保険料そのほかの費用を支払ってしまっても、その支払いの原資が相続財産に属するもの(亡くなった人名義の預金など)でなければ、支払ってしまったあとも相続放棄が認められる余地があります。過去の事例を挙げながら判断基準について解説すると、以下のようになります。
相続放棄が認められるケース
相続放棄が認められる代表的なケースは、相続人が自分の財産から税金を支払った場合です。実際に、相続人が自己の預貯金から被相続人の債務を支払った行為は保存行為にあたるとして、相続放棄を認めている事例(福岡高等裁判所宮崎支部:平成10年12月22日判決)があります。この例から、下記のような場合には相続放棄が認められる可能性が高いと言えます。
- 相続人自身に属する預貯金や財産から支払った
- 死亡保険金や死亡退職金から支払った(給付を受ける権利は受取人固有の財産である)
また、税金を支払った後になってほかの債務が発覚するケースでも、相続財産が全く存在しないと信じ、そう信じることに相当な理由がある場合について、相続放棄の期限の起算点を相続財産の存在をすべて認識した時点とする事例(最高裁判所:昭和59年4月27日判決)があります。こういった状況の場合は、相続放棄を認めてもらう余地があると言えます。
相続放棄が認められないケース
亡くなった人の財産を使って税金などを支払った場合、原則として相続放棄は認められません。特に、被相続人の財産状況を把握したうえで相続財産から支払いを行った場合は、相続放棄が認められる可能性は極めて低くなります。具体的には、下記のような例です。
- 被相続人名義の預金から支払った
- 被相続人名義の財産を売却し、その対価から債務を支払った
実際の例ではケースバイケースとなり、上記行為を行うにあたり然るべき事情があった場合は考慮されることもあるため、気になる際は専門家に相談するとよいでしょう。
支払ってしまった分の返金はあるのか
相続放棄をした後に、すでに支払った税金や債務の返金を求めることはできるのでしょうか。結論から言うと、返金してもらえるケースは限定的です。相続放棄後の返金の可否について、具体的な状況ごとに確認していきましょう。
原則として支払った分の返金は不可
相続放棄をした後でも、すでに支払った金額の返還を求めることは原則としてできません。相続放棄により相続人ではなくなった者による支払いは「第三者弁済」と呼ばれ、有効とされるためです。支払う義務のない債務を負担すること(非債弁済)に焦点を置いた法律でも、債務が存在しないことを知りながら支払った場合は返還請求ができないと規定されています。
第四百七十四条
債務の弁済は、第三者もすることができる。
第七百五条
債務の弁済として給付をした者は、その時において債務の存在しないことを知っていたときは、その給付したものの返還を請求することができない。
支払った分の返金が例外的に認められる場合
原則として返金は認められないものの、一定の条件を満たす場合には例外的に返金が可能となります。具体的にお金を返してもらえる場合を挙げると、以下の3つのパターンとなります。
第三者弁済が無効となる場合
法律の定めで第三者弁済が無効となる場合には、返金してもらえます。具体的には、弁済について正当な利益を有さない者による支払いが、債務者や債権者の意思に反している場合などが該当します。また、債務の性質上第三者の弁済を許さない場合や、契約で第三者弁済を禁止しているなども無効となります。
詐欺・脅迫による支払いだった場合
債権者から相続放棄をしても支払い義務があると騙されたり、暴力や脅迫によって支払いを強要されたりした場合は、支払いの意思表示を取り消すことができます。この場合、支払った金額の返還を請求することが可能です。ただし、詐欺や脅迫の事実を立証する必要がある点は注意を要します。
公租公課(税金など)の場合
税金などの公租公課については、返金に応じてくれる可能性があります。特に所得税や住民税などについては、相続放棄により支払い義務がないことを説明し、返還請求することで対応してもらえるケースがあります。もっとも、固定資産税に関しては、1月1日時点の所有者に課税される仕組みのため、返金を受けることは困難です。
返金されない支払いは共同相続人に負担を求められる
相続債権者への返金請求が認められない場合でも、共同相続人に対して支払分の負担を求めることができます。弁済による代位と呼ばれる仕組みによるもので、第三者として債務を支払った者は、本来の債務者に対する請求権を取得できるのです。
単純承認となってしまった場合の対応策
相続放棄の申述が受理されず単純承認となってしまった場合でも、遺産分割協議での対応、債務整理といった選択肢があります。以下のように、状況に応じて適切な対応を取ることで、負担を軽減できるでしょう。
遺産分割協議で相続分の放棄・譲渡をする
相続分の放棄とは、遺産分割協議のなかで相続しない旨の意思表示をすることです。一方、相続分の譲渡は、自分の相続分をほかの相続人や第三者に譲ることを指します。いずれの場合でも、実施するときは、遺産分割協議書または合意書を作成しなければなりません。
債務の承継については、相続分の放棄では負債の支払い義務は残るものの、譲渡の場合は譲受人との間で債務の引き受けを取り決めることができます。もっとも、これらの合意はあくまでも相続人の間で交わすものであり、支払ってもなお残る債務については、相続放棄しない限り法定相続分に応じて負担する(債権者に督促を受ける可能性がある)点に注意しなければなりません。
債務整理を検討する
相続した債務の返済が困難な場合は、債務整理の手続を検討することもできます。債務整理の方法には、裁判所を介さず債権者との交渉で返済条件の変更を行う「任意整理」や、裁判所で行う「個人再生」「自己破産」「特定調停」があります。
債務整理には金融事故扱いになるなどのさまざまなデメリットがあります。実施するか否かや、実施する際の方法については、慎重に検討しなくてはなりません。基本的には、できる限り避けたい選択です。
相続放棄の申述が不受理になった場合
家庭裁判所から相続放棄の申述が不受理となった場合、2週間以内であれば即時抗告をすることができます。即時抗告は家庭裁判所に申立書を提出して行いますが、審理は高等裁判所で行われます。申立書には、不受理決定を受けた事件の表示、申立人の氏名・住所、抗告の趣旨、抗告理由などを記載する必要があります。
即時抗告が認められる可能性があるケースとしては、相続債務の存在を知らなかった場合や、相続財産からの支払いが保存行為に該当すると考えられる場合などが挙げられます。ただし、家庭裁判所の判断を覆すためには、説得力のある主張と証拠が必要です。そのため、司法書士などの専門家に依頼することを強くおすすめします。
相続放棄の手続で不安な点があれば司法書士へ
亡くなった人に属する費用や借金について支払いを済ませてしまった場合でも、状況によっては相続放棄が認められる可能性があります。また、相続放棄ができなかった場合も、相続分の放棄や債務整理など、負担を軽減するための選択肢が残されています。
当事務所では、相続放棄に関する相談を随時承っています。相続放棄を検討するような状況で「間違った判断をしてしまったかもしれない」と不安になるときは、ぜひ一度ご相談ください。経験豊富な司法書士が、状況に応じた適切なアドバイスを提供いたします。