遺産の一部だけを相続放棄することはできない!相続したくない不動産や債務の対処法とは

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相続財産の一部だけを放棄することはできない

相続が発生したときに「現金や預貯金は相続したいが、借金は相続したくない」「利用価値のある不動産は引き継ぎたいが、管理の難しい土地は引き継ぎたくない」と考える人は少なくありません。注意したいのは、相続財産の一部だけを選んで相続放棄することはできない点です。

相続放棄の効果に関する法律の定め

相続放棄の手続が受理されると、最初から相続人でなかったものとして扱われます。相続人でない、すなわち相続権がないということは、本来受け継ぐものとされる「被相続人に属する一切の権利義務」の承継が一転して起きません。

言い換えれば、預貯金や不動産といったプラスの財産も、返済中の借金などのマイナスの財産も、受け継ぐことがない(承継する権利がなくなる)という結論になります。なお、一部のみを放棄できるとする法律上の規定はありません。

第九百三十九条

相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

※引用:民法第九百三十九条|e-Gov法令検索

相続放棄の期限と注意点

相続放棄の申述は家庭裁判所に対して行う必要があります。申述できる期間は原則として相続の開始があったことを知ったときから3か月以内で、事前に相続財産の調査ができると規定されています。どのようなかたちで相続財産を受け取るべきか判断するためにも、3か月以内に相続財産の全容を掴む必要があるでしょう。

注意点として、相続放棄の撤回不可があります。一部のみ放棄するつもりで手続し、あとから効果を知って撤回しようと思っても、受理してもらえません。

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相続したくない財産がある場合の対処法

相続財産の一部だけを放棄することはできませんが、相続したくない財産がある場合の対処法はいくつかあります。最初に方法を整理しておくと、次のとおりです。

  • 限定承認を選択する
  • 遺産分割協議で各人の取り分を調整する
  • 相続土地国庫帰属制度を利用する

限定承認を選択する

限定承認とは、マイナスの財産をプラスの財産で清算する手続が裁判所で行われ、清算後なおプラスの財産が残る場合に受け取ることができる手続です。清算しきれず赤字になっても、その赤字分を引き継ぐ必要はありません。特定の財産を手放したくない場合は「先買権」を行使し、相続人の個人資産で買い取ることができます。

限定承認を選択するときのポイントは、相続人全員の合意が必要となること、相続放棄と同じく相続開始を知ったときから3か月以内に家庭裁判所で申し立てる必要があることの2点です。実際に選択されるケースこそ少ないものの、下記のような場合に適しています。

限定承認の選択が適しているケース

  • 債務(借金)を放棄したい場合
  • 相続財産に含まれるプラス・マイナスの比較が難しい場合
  • どうしても手放したくない財産がある場合

遺産分割協議で各人の取り分を調整する

遺産分割協議は、相続人全員で話し合って遺産の分け方を決める手続です。相続したい財産とそうでない財産がある場合、利害が一致するほかの相続人との話し合いで取得する財産を取り決めても良いでしょう。

遺産分割協議での取り分調整のポイントは、遺産全体の評価額を正確に把握しつつ、相続人のあいだで著しく不公平にならないように提案することです。また、重要な注意点として、債務の承継に関しては、当事者の取り決めにかかわらず、相続人全員に履行(借金の返済など)を求める権利が債権者にあることが挙げられます。

遺産分割協議による調整が適しているケース

  • 債務の額が小さく、有益な財産が多数ある場合
  • 受け取りたくないものが「自分にとって維持管理・運用の難しい財産」である場合
  • 債務を見越した各々の希望に沿った取り分で、公平な遺産分割が叶いそうな場合

相続土地国庫帰属制度を利用する

令和5年4月27日に始まった相続土地国庫帰属制度は、相続や遺贈で取得した土地を国に引き取ってもらえる制度です。所定の要件を満たすことが必須になりますが、管理が困難な土地や、売却の見込みがない土地の処分に活用できます。本制度を利用すれば、不要な土地だけを相続放棄の手続を経ることなく手放し、ほかの財産は受け取ることができます。

制度利用の注意点は、費用および利用条件です。申請には1筆あたり1万4000円の審査手数料と、原則20万円の負担金(10年分の管理費用)が必要です。また、建物がある土地や担保権が設定された土地、土壌汚染がある土地などは申請できません。また、崖地や工作物が存在する土地なども、管理コストの観点から承認されません。

相続土地国庫帰属制度の利用が適しているケース

  • 価値のない土地・維持管理費がかかりすぎる土地を放棄したい場合
  • 制度利用のための費用をプラスの財産で確保できる場合
  • ほかの相続人が土地の放棄に同意する場合

相続したくない財産を抱えないための生前対策

相続したくない財産を抱えないための生前対策_イメージ

相続が発生してからでは、必要な財産だけを選んで相続することは難しいものです。そのため、将来相続が発生することを見据えて、生前から対策を講じておくことが重要です。

ここでは、生前贈与、生命保険契約、売却などによる、財産の整理方法を3つご紹介します。相続財産の内容を把握したうえで、状況に応じた適切な対策を選択しましょう。

必要な財産だけを生前贈与する

生前贈与とは、所有者が生きている間に財産を無償で譲渡することです。生前のうちに贈与された財産は受け取った人の個人資産となるため、相続放棄とは無関係に所有を維持できます。そこで、相続財産には負担となる財産だけを残し、有益な財産は少しずつ贈与を進めるという方法が考えられます。

贈与を検討するうえで課題となるのは贈与税です。通常の課税方式(暦年贈与)では、毎年1月1日から12月31日までの1年間に110万円を超える贈与を受ける場合、所定の税率での課税があります。そこで考えられるのが、相続時精算課税制度の選択です。

相続時精算課税制度とは

60歳以上の直系尊属(父母や祖父母)から18歳以上の直系卑属(子や孫)への贈与である場合に、贈与税申告の際に選択できる課税方式です。選択することで、相続開始まで贈与時期にかかわらず通算2500万円まで非課税となり、相続開始時点で生前贈与の価格に課税される仕組みへと課税方法が変化します。

そのほか非課税となる制度

教育資金や住宅取得資金などの特定の目的での贈与も、一定の非課税枠を設ける特例措置があります。なるべく早い段階から生前贈与を進め、かつ税制をフルで活用すれば、相続人にとって必要な財産を相続放棄の対象から外すことは十分に可能です。

生命保険契約で一定の財産を確保する

生命保険契約で生じる保険金請求権は、受取人固有の財産として扱われます。つまり、相続放棄の手続によって被相続人(ここでは生命保険の被保険者でもある人)の財産が受け取れなくなったとしても、死亡保険金の受け取りは認められるのです。そこで考えられるのは、収入などで得た現金を生命保険の掛金として払い込み、相続人のために確保する方法です。

なお、死亡保険金には、法定相続人1人につき500万円の非課税枠が設けられています。たとえば、法定相続人が配偶者と子2人の場合、合計1500万円までは非課税となります。ただし、非課税枠を超える部分は税制上「みなし相続財産」として相続税の課税対象となるため、申告が必要になる場合があります。

負担になる財産は売却などで整理しておく

相続したくない財産として挙げられやすいのは、換価・分割がしにくかったり、維持管理コストがかかったりする財産です。よくあるのは価値の低い不動産の問題で、特に所有者の高齢化に伴って空き家となる予定の住宅は、将来の負担が大きくなります。

上記のような財産は、生前の早いうちに売却などで整理しておくことで、相続人の負担を軽減できます。売却を検討するにあたっては、建物を解体して更地にする選択もあるでしょう。売却以外にも、賃貸物件として経営するなど、収益を得て納税や売却に備える方法もあります。適切な財産の整理方法については、専門家の助言を得ても良いでしょう。

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相続放棄やそのほかの手続における注意点

相続放棄や限定承認、遺産分割協議などの相続手続には、法律で定められた期限や要件があります。期限を過ぎたり要件を満たさなかったりすると、本来の目的を達成できなくなる恐れがあります。ここでは、相続手続を円滑に進めるために押さえておくべき3つの注意点を説明します。

相続放棄・限定承認の申述期限は3か月以内

相続放棄や限定承認は、すでに述べたとおり、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内に申述する必要があります。期限内に判断が難しい場合は、家庭裁判所で熟慮期間伸長の申し立てをすることで、相続放棄できる期間を延長できます。申し立ての際は、期間の延長が必要な理由を具体的に説明する必要があります。

遺産を処分すると単純承認とみなされる

相続人が相続財産の全部または一部を処分すると、被相続人に属する権利義務の一切を承継するものとする「単純承認」をしたものとみなされます。預貯金の払い戻しや、不動産の売却などが典型例です。単純承認とみなされると、プラスの財産もマイナスの財産もすべて相続することになります。

ただし、被相続人の葬儀費用の支払いなどは例外として認められます。また、遺産の価値を維持するための保存行為(建物の補修など)も、単純承認とはみなされません。

遺産分割協議は相続人全員の参加が必要

各々の取り分を調整するための遺産分割協議は、法定相続人全員の参加が必要です。法定相続人は、被相続人の出生から死亡までの戸籍を収集・確認して特定しなければなりません。そのうえで、相続人の一部が所在不明の場合は、不在者財産管理人の選任申し立てが必要となります。ほかには、認知症などで意思能力が不十分な相続人がいる場合は、成年後見人などの法定代理人を通じて協議に参加することになります。

万が一にも相続人の一部が協議を拒否する場合は、まず話し合いでの解決を試みます。それでも合意に至らない場合は、家庭裁判所での調停・審判に移行することも検討します。ただし、調停・審判には時間とコストがかかる点に注意が必要です。

後悔のない相続を実現するなら専門家にご相談を

相続放棄とは、被相続人に属する財産を一切相続しない手続です。その性質上、借金などマイナスの財産だけを放棄し、プラスの財産だけを相続するといった選択はできません。相続したくない財産がある場合は、限定承認、遺産分割協議、相続土地国庫帰属制度などの活用を検討しましょう。また、将来の相続に備えて、生前贈与や生命保険契約、不要な財産の売却といった対策を講じることも重要です。

相続手続には期限や要件があり、一歩間違えると相続人の意図しない結果を招くことがあります。当事務所では、相続に関する相談を随時承っております。個々の状況に応じた最適な方法をご提案いたしますので、お気軽にご相談ください。

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記事の監修者

司法書士法人さくら事務所 坂本孝文

司法書士法人さくら事務所
代表司法書士 坂本 孝文

昭和55年7月6日静岡県浜松市生まれ。大学から上京し、法政大学の法学部へ進学。
平成18年に司法書士試験に合格。その後、司法書士事務所(法人)に入り債務整理業務を中心に取り扱う。
平成29年に司法書士法人さくら事務所を立ち上げ、相続手続や不動産登記、債務整理業務を手がける。

【メディア掲載】
・「女性自身」2024年5月7・14日合併号にて相続手続の解説を掲載