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「関わりたくない」という理由の相続放棄は可能
親族との仲が悪くなっていたり、疎遠になっていたりするとしても、相手が亡くなったときは相続手続に参加する必要があります。実際のところ、過去の経緯などから「関わりたくない」と考える人は少なくありません。万が一のときは、相続放棄の手続によって関与を免れるのも選択肢の1つです。
ここで言う「相続放棄」とは、被相続人に属する一切の権利義務を受け継がないものとする選択です。手続は管轄の家庭裁判所で行い、受理されると遺産分割を目的とする手続への関与が不要になります。ここで問題となるのが、関わりたくないから・疎遠だからという理由で放棄が認められるかどうかです。
相続放棄する理由に決まりはない
相続放棄の制度は民法で定められていますが、相続放棄をする理由については特に制限は設けられていません。民法では、相続放棄をする権利、その方法、効果について定めるのみです。相続人の「関わりたくない」などという私的な理由につき、放棄を妨げる規定はありません。
相続放棄の受理で重視される項目
家庭裁判所が相続放棄を受理する際に重視するのは「相続放棄の効果を正しく理解し、そのうえで放棄の意思を示しているのか」という点です。簡単に言えば、特にプラスの財産について権利がなくなる点を理解したうえで、放棄を希望していると確認がとれた場合に、受理される流れとなります。
なお、申述書には放棄の理由を記載する欄がありますが、これは相続放棄を受理するか否かの判断基準としてはあまり重視されません。あくまでも「申述者の放棄の意思を確かめるための参考情報」として扱われます。
相続放棄を選択する主な理由
相続放棄を選択する理由は人それぞれですが、大きく分けて「財産状況による理由」と「関係性による理由」があります。これらの理由は、単独で存在する場合もあれば、複数の理由が重なっている場合もあります。
財産状況による理由
被相続人に多額の債務があり、相続することでかえって経済的負担が生じる場合があります。また、財産がほとんどない、あるいは価値が低い場合も、相続手続の手間を考えると相続放棄を選択することがあります。
関係性による理由
相続手続には共同相続人との協議や協力が必要となります。しかし、長年疎遠になっている親族との連絡や協議は心理的負担が大きく、そのような煩わしい手続を避けたいという理由で相続放棄を選択する方も少なくありません。
親族に関与したくなくなる具体的なケース
相続関係にある親族と関わりたくないと思う理由はさまざまです。血縁関係によるものや、過去の経緯、婚姻歴などが挙げられます。ここで紹介する理由のどれかに心当たりがあれば、相続が発生したときに放棄を検討するのも良いでしょう。
家族構成の変化による疎遠
両親が離婚した場合、特に親権を持たない親との関係は自然と疎遠になりがちです。また、親の再婚により新しい家族関係が形成されても、継親子の間では実の親子ほどの親密さを築くことが難しい場合があります。
家族間の対立による疎遠
過去の相続での争いや金銭的なトラブルがきっかけとなり、きょうだい間で不仲になることがあります。また、家族の価値観の違いが深刻な対立を生み、その結果として疎遠になってしまうケースも見られます。
物理的・時間的要因による疎遠
仕事や結婚を機に遠方へ移住すると、自然と交流が減少していきます。また、それぞれの生活環境や仕事の都合により接点を持つ機会が失われ、特におじ・おばなど、元々の付き合いが薄い親族との関係は疎遠になりやすい傾向にあります。
相続放棄申述書での「関わりたくない」理由の書き方
相続放棄の手続を始めるときに必要な申述書には「放棄の理由」を記載する欄があり、その記載内容に悩む方は少なくありません。関わりたくないという理由で相続放棄をする場合の記載方法について解説していきます。
「放棄の理由」の選択肢
相続放棄申述書の「放棄の理由」の欄には、6つの標準的な選択肢が用意されています。関わりたくないという理由以外に、財産を受け継ぐ必要がないと感じているのであれば「生活が安定している」と「遺産が少ない」など組み合わせると良いでしょう。
「放棄の理由」の選択項目
- 被相続人から生前に贈与を受けている
- 生活が安定している
- 遺産が少ない
- 遺産を分散させたくない
- 債務超過のため
- その他(自由記述)
単にほかの相続人や相続手続に関与したくない場合は「その他」を活用します。以下は実際の申述書における「申述の理由」の欄になります。
※引用:相続の放棄の申述書|家庭裁判所
「その他」の具体的な記入例
「その他」を使用する場合、簡潔かつ明確な記載を心がけましょう。疎遠を理由とする場合は「被相続人と疎遠であったため」「被相続人と長年交流がないため」といった記載が一般的です。重要なのは、感情的な表現を避け、事実に基づいた簡潔な記載を心がけることです。
また、家庭裁判所がチェックする書類であることや、記載欄のスペースが限られていることを考慮して、次のような記述は避けるようにしましょう。
記載のNGパターン
- 個人を非難するような表現
- 感情的な言葉を多用する記載
- 長文での理由説明
- 具体的な金額や取引内容の記載
上申書の作成および照会書・回答書の対応ポイント
相続放棄の申請理由を説明する際には、上申書を用いる方法があります。これは、特に事情を詳しく伝えたい場合に有効です。また、相続放棄を申請した後、裁判所から照会書や回答書が届きますが、これらの書類には正確かつ適切に対応する必要があります。上申書の作成方法に加え、照会書・回答書の対応ポイントについて詳しく解説していきます。
上申書で詳しく説明する方法もあり
申述書の「理由」欄では書ききれない詳しい事情がある場合は、上申書を活用することができます。上申書は、申述書提出時に一緒に提出するのが一般的です。
提出する書面には、相続放棄に至った経緯や具体的な事情を、A4用紙1枚から2枚程度にまとめて記載します。特に相続放棄の期限(後述)を経過している場合や、特殊な事情がある場合には、上申書での詳細な説明が有効です。記載内容は客観的な事実を中心に、時系列に沿って整理することが望ましいでしょう。
相続放棄申述に関する上申書
令和〇年〇月〇日
〇〇家庭裁判所 御中
申述人 〇〇〇
下記のとおり、相続放棄申述に関する事情を説明いたします。
記
1.被相続人との関係について
私と被相続人(実父)は、私が5歳のときに両親が離婚して以来、約35年間にわたり音信不通の状態が続いておりました。離婚後、私は母の親権下で育ち、父とは一切の交流がありませんでした。
2.相続開始を知った経緯
令和〇年〇月〇日、被相続人の弟である〇〇から電話連絡があり、被相続人が同年〇月〇日に死亡したことを知りました。それまで、被相続人の生活状況や現在の居住地も知りませんでした。
3.相続放棄を選択した理由
私は、35年以上もの長期にわたり被相続人とは没交渉であり、その間、お互いの生活は完全に別のものとなっております。また、被相続人の相続財産の内容も把握しておらず、共同相続人となる方々とも面識がない状況です。
このような状況下で相続手続に関与することは、私にとって心理的な負担が大きく、また実務的にも困難であると考えます。さらに、私自身、現在の生活は安定しており、被相続人の遺産を相続する必要性を感じておりません。
以上の理由により、相続放棄を選択させていただきたく存じます。
4.その他
私は、相続放棄の効果として、一切の権利義務を承継しないことを理解しております。また、この申述は私の自由な意思に基づくものであり、他者からの強制や不当な影響を受けたものではありません。
以上
照会書・回答書が届いたときの回答方法
相続放棄の申述書を提出すると、家庭裁判所から照会書・回答書が届きます。これは、手続した人の記入および返送によって、相続放棄の意思を再確認するための書類です。照会書・回答書にある質問の内容は、下記のような項目になります。
- 相続放棄の手続を行った本人か
- 相続開始を知った日はいつか
- 相続放棄できなくなる行為をしていないか(債務の履行、財産の処分など)
- 相続放棄の効果は理解しているか
- 手続のための必要書類は誰が作成したのか
上記のように、返送すべき照会書・回答書には、相続放棄の理由を尋ねる項目がありません。申述書と矛盾がないように記載すれば問題なく手続は進みます。
相続放棄の手続の流れ
相続放棄は家庭裁判所への申述から受理証明書の取得まで、いくつかのステップを経る必要があります。気をつけたいのは、原則として相続開始を知った日から3か月以内に申述書の提出までは終わらせておくべき点です。
以下では、相続放棄の手続の流れを、必要書類の準備から最終的な受理証明書の取得まで、順を追って解説していきます。
必要書類および申立手数料の準備
相続放棄の手続を始めるにあたり、まずは必要書類を揃える必要があります。
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本(※)
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申述人(相続放棄をする人)の戸籍謄本
- 申述人と被相続人との相続関係を示す戸籍謄本
- 相続放棄申述書
※配偶者や子が放棄する場合、死亡記載のみの戸籍謄本で対応可。
申立手数料は収入印紙800円分が必要です。また、連絡用の郵便切手(1000円~3000円)も必要となりますが、金額は管轄の家庭裁判所によって異なるため、事前に確認する必要があります。
管轄の家庭裁判所への申述
相続放棄の申述書などの提出は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して行います。管轄裁判所は、被相続人の住民票除票や戸籍附票に記載された最後の住所から確認できます。
申述は、本人が裁判所に出向いて行う方法と、郵送で行う方法があります。郵送による申立ての場合、必要書類のチェックをその場で受けられないことや、後日、本人の出頭を求められる可能性がもある点に注意しましょう。
照会書の到着・回答書の返送
家庭裁判所から相続放棄の照会書が届くのは、申述書などを提出してから2週間程度です。中身を確認すると、通常2週間程度の回答期限が設定されています。回答は郵送で行うことができ、特別な場合を除いて本人が裁判所に出向く必要はありません。
照会書の質問に対する回答を記入し、期限内に返送することが重要です。この照会・回答を経て、問題がなければ相続放棄が受理されることになります。
相続放棄申述受理証明書の取得
相続放棄が受理されると、その証明として相続放棄申述受理証明書を取得することができます。この証明書は、相続放棄をしたことを第三者に証明する重要な書類です。受け取った証明書は、相続手続や不動産登記など、さまざまな場面で必要となります。再発行可能ですが、長期保管が必要な重要書類として、適切に保管しておくことが大切です。
相続放棄における重要な注意点
相続放棄は、一度受理されると取り消すことができません。「関わりたくない」という理由で相続放棄を検討している場合、感情的な判断だけでなく、本当に放棄が利益になるのかしっかり確かめておく必要があります。
相続財産の調査はなるべく実施する
関わりたくないと感じる相手の状況を調べるのは心労を伴う作業ですが、相続財産の状況はなるべく把握しておきたいところです。多額の預金や投資用資産などがあれば、相続放棄によって手放すのはもったいないことだと言えます。銀行への照会や法務局での登記事項証明書の取得などを通じ、放棄すべきでない財産がないかどうかチェックしましょう。
受理された放棄は撤回できない
相続放棄が一度受理されると、撤回することはできません。相続に関する法的安定性を確保するためのルールです。例外的なケースとして、錯誤や詐欺による場合は取り消しが認められる可能性がありますが、極めて稀なケースだと言わざるを得ません。この点でも、相続財産の調査は必須だと言えます。
不安なときは専門家に相談する
関係の悪化や疎遠になっていることが原因で相続放棄するケースはさまざまで、放棄に関してためらいが残る人は少なくありません。下記のような不安や問題があるときは、まず司法書士などの専門家に相談してみましょう。
- 受け取るべき相続財産があるかもしれない(調査が面倒・調査できない)
- 受け取るべき財産があり、遺産分割に参加したほうが得になるのが分かっている
- 途中まで相続手続に参加していたが、だんだんと負担になってしまった
司法書士などの相続の専門家は、相続財産の調査や遺産分割協議書の作成など、親族が亡くなったときに必要となる手続を代行することが可能です。その結果、相続放棄しなくても問題が解決するかもしれません。放棄するか・しないかの判断も、専門家による丁寧な調査と状況把握に基づき、的確なアドバイスを得ることが可能です。
相続放棄は慎重に!不安なときは専門家に相談を
相続放棄は、単に「親戚に関わりたくない」「家族と疎遠で、今更連絡を取るのは気がひける」といった理由であっても受理されます。ただし、一度受理されると撤回ができないため、慎重な判断が必要です。相続手続に参加しないことで結果的に大きな損失となることのないよう、できる範囲で相続財産の調査はしておくのが良いでしょう。
当事務所では、相続放棄に関する相談を随時を承っております。「相続財産の調査方法がわからない」「申述書の書き方に不安がある」「期限までに間に合うか心配」など、相続放棄に関するお悩みがありましたら、まずはお気軽にご相談ください。