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相続放棄をするなら家の片付けは避けよう
被相続人の家を片付ける行為は「法定単純承認」とみなされる可能性があるため、相続放棄をする場合は家の片付けは極力控えた方がよいでしょう。
単純承認とは、被相続人の財産をプラス・マイナス問わず、すべて承継することであり、法定単純承認は一定の行為をすることで自動的に単純承認が成立します。一度単純承認が成立すれば、相続放棄ができなくなるので、相続放棄をする場合は家の片づけをしないのが無難といえるでしょう。
もっとも、家の片付けと一括りにいっても、実際には単に部屋を整理するだけなのか、それとも家にあるものを捨てたり売却したりするのかなど、さまざまな方法があります。そのため、具体的にどのような行為が法定単純承認に該当するのかは、次章以降で詳しく解説します。
単純承認となり相続放棄ができなくなる行為
法定単純承認は、「相続財産の全部又は一部を処分したとき」に成立することが民法に定められています。つまり、被相続人の財産に対する処分行為を行うと、相続放棄ができなくなるということです。
なお、ここでいう処分行為とは、相続財産の現状を変更する行為や権利変動を生じさせる行為のことです。このような行為は、一切の財産・債務を引き継がないという相続放棄の意思表示と矛盾するため、処分行為をした相続人は相続放棄ができなくなります。それでは、家の片付けの中でも処分行為に該当する行為について、いくつか例を挙げて紹介します。
家の売却・解体・リフォーム
被相続人の家屋を売却、解体、リフォームする行為は、処分行為に該当します。売却の場合、不動産という重要な財産の所有権を他人に移すことになり、財産の権利変動が生じます。そのため、相続人が積極的に相続財産を処分する意思を示すと考えられ、単純承認の対象となります。
また、解体やリフォームは建物という財産を取り壊したり改変したりして、もとに戻せない状態にする行為です。これは相続財産の性質を変える処分行為であり、売却と同様に単純承認とみなされます。
効果な遺品の形見分け
被相続人の遺品のうち、宝石や貴金属などの高価な物品を形見分けすることは、処分行為に該当します。これらの高価な遺品は相続財産の一部であり、それを他人に譲り渡したり分配したりする行為は財産の減少させる処分行為であるといえるからです。
ただし、形見分けとして相続財産の一部を受け取る行為自体が処分行為にあたるわけではなく、宝石・貴金属といった高価な財産の形見分けが処分行為とみなされることに注意が必要です。逆に、着古した衣服などの経済的価値が低い物品の形見分けは、処分行為に該当しないとされた事例もあります。このように、形見分けが処分行為にあたるかどうかは、財産の内容や処分する数量などによって異なります。
家財道具の処分
家財道具の処分として、家電製品や家具などを売却・廃棄する行為は、単純承認と判断される可能性があります。これらの家財道具には一般的に財産的価値が認められるため、相続財産の処分行為とみなされる可能性が高いでしょう。
特に中古市場で取引される大型家電や高級家具、骨董品としての価値を有する古い家具などには、注意が必要です。被相続人が賃貸住宅に居住していた場合、大家から家財道具の撤去を求められることがありますが、その場合も安易に処分してしまうと相続放棄できなくなる可能性があります。この場合の対応策としては、トランクルームを利用して一時保管するといった方法があるので、処分する前に検討するとよいでしょう。
料金の支払いや債務の弁済
被相続人の預金から家賃や公共料金を支払うことは、相続財産の処分行為とみなされる可能性があります。被相続人のための支払いであっても、相続財産から支出する行為は財産の処分にあたるので注意が必要です。
同様に、被相続人の入院費や借金を相続財産から返済することも、同じく処分行為となります。相手側から督促があったとしても、被相続人名義の預金から返済したり相続財産を換価して弁済したりすると、相続放棄できなくなる可能性があります。
単純承認にならず相続放棄が行える行為
結論としては、処分行為に該当しない行為であれば法定単純承認は成立しません。ここで特に重要なのは、保存行為を行っても法定単純承認にはならないという点です。保存行為とは、相続財産の現状を維持するために行われる行為のことをいいます。
では、実際にどのようなケースであれば単純承認にならないのか、具体的な事例をいくつか紹介します。
建物の修繕
建物の倒壊を防ぐための修繕行為は保存行為として認められ、基本的に単純承認とはみなされません。これは建物の現状を維持し、価値の低下を防ぐための必要な行為とされるためです。
ほかにも、外壁の破損修繕や雨漏りによる建物の劣化を防ぐ屋根の修理などが、保存行為に該当します。また、台風や地震などの自然災害による損傷を防ぐための緊急の補修工事なども、保存行為として認められます。
ただし、建物の価値を積極的に高めるためのリフォームなどは処分行為にあたるので、保存行為にあたるかどうかは修繕の程度によって判断されることに注意が必要です。
金銭的価値がないものの処分
明らかに経済的価値を持たないものの処分は、相続財産の処分行為には該当しません。具体的には、冷蔵庫内の腐敗しかけた食品の処分や分別されたゴミの廃棄、そのほか日常的な掃除などです。
これらの行為は、ほかの相続財産の価値を保護する効果があります。たとえば、腐敗した食品を廃棄することで家屋に悪影響が及ぶことを防いだり、清掃や日用品の整理によってカビや害虫の発生を防いだりする効果があります。
処分行為は単純承認とみなされますが、上記のように明らかに金銭的な価値がないものまで一切処分できないというわけではないことに留意しておきましょう。
相続人の財産を使った債務の弁済
相続人自身の財産から被相続人の債務を支払うことは保存行為として認められるため、処分行為に該当しません。これは、先述の被相続人の預金から債務を支払う場合とは扱いが異なります。
たとえば、滞納している家賃や公共料金、入院費などについて、相続人が自分の預金を使って支払った場合、相続財産には手をつけていないため処分行為には該当しません。この方法であれば、急を要する債務の支払いに対応しつつ相続放棄の選択肢を残すことができるので、相続放棄を検討している場合には有効活用できる方法です。
相続放棄した家の管理義務とは
相続人が相続放棄をした場合、誰が家を管理する義務があるのかということについて解説します。
家を相続する人
法定相続人には法律上の順位があり、先順位の相続人が相続放棄したら次順位の法定相続人が家の管理義務を引き継ぎます。たとえば、被相続人の配偶者が相続放棄した場合、子が相続人となって管理義務を引き継ぎ、被相続人の子も相続放棄した場合は孫が管理を引き継ぐことになります。
この場合、次順位の相続人は被相続人の財産に関する権利・義務をすべて承継するため、家屋の維持管理や固定資産税を納付する責任を負います。
現に占有している人
相続放棄を選択することで管理義務は移行しますが、その家を現に占有してる人は新しい相続人が管理を始めるまで相続財産を管理しなければなりません。現に占有しているというのは、その家に現在住んでいる人などのことです。
逆にいえば、相続財産が相続人の住んでいる地域から離れており、管理にも一切関わっていないような場合、相続放棄をすれば管理義務は生じません。なぜなら、そのような状態は現に占有しているとはいえないからです。
なお、「現に占有」という文言は、令和5年4月の法改正によって法律に明記されました。それ以前は管理義務の対象者が不明確であったため、法改正によって明文化されたという経緯があります。
相続財産清算人
相続財産清算人とは、相続人に代わって被相続人の財産を管理・清算する人のことです。相続財産の調査、債権債務の清算、残余財産の国庫帰属など包括的な財産管理を行うことを職務とし、管理者がいない家は相続財産清算人によって管理されます。
相続財産清算人は、すべての相続人が相続放棄したときなどに家庭裁判所への申し立てによって選任できます。法的な手続などの専門知識が必要とされるため、通常は弁護士や司法書士など法律の専門家から選ばれます。
相続財産清算人の選任申し立てができるのは、相続財産の管理義務者や被相続人の債権者など、一部の利害関係者に限られます。そのほか、相続人が存在せず家が放置される可能性がある場合に、検察官が公益の代表者として相続財産清算人の選任申し立てを行うことがあります。
相続放棄をする際に注意すべき点
単純承認とみなされるとすべての相続財産と債務を引き継ぐことになるため、どのような行為が許容され、どのような行為を避けるべきかについて正しい理解が必要です。以下では、実際によくある場面での具体的な注意点を解説します。
家賃を大家から催促された場合
被相続人が滞納していた家賃の支払いを催促されても、相続放棄した相続人に支払い義務はありません。なぜなら、滞納家賃は債務にあたりますが、相続放棄をした時点で債務を引き継ぐことはないからです。
逆に、もし催告を受けて家賃を支払ってしまった場合、それによって単純承認が成立してしまう可能性があります。そのため、相続放棄の意思があるのであれば、家賃の支払いを催促されても支払わないように注意しなければなりません。
不動産管理会社などから家賃の支払いを請求された場合、「自分は相続放棄をしたので支払い義務はない」ということを、明確に伝えましょう。
葬儀費用を被相続人の預金でまかなったら?
葬儀費用を被相続人の預金でまかなった場合でも、通常必要な範囲内の支出であれば単純承認にはなりません。「いくらまでなら支払ってよい」という明確な決まりはありませんが、亡くなった方の身分から考えて過度に華美な葬儀を行うと、処分行為とみなされる可能性が高まります。
また、金額の問題だけでなく、葬儀費用のうち遺産から差し引けるものとそうでないものがあります。たとえば、火葬、埋葬、納骨、お布施などの費用は遺産から差し引けますが、墓石の購入、香典返し、四十九日、などにかかった費用は差し引けません。
賃貸契約の解約は処分行為に該当
被相続人が不動産を賃貸に出していた場合、賃貸借契約を解約する行為は処分行為に該当します。賃貸借契約を解約すると、その物件を使用・収益できる権利が消滅します。賃借権は金銭的価値を持つ財産権であり、これを消滅させることは相続財産に対する重大な権利変動を生じさせます。この行為は単純承認となるため、相続放棄を考えている場合は、解約手続は控えておくことをおすすめします。
家の片付けの判断に迷ったら司法書士へ
相続放棄後の家の片付けや管理には、慎重な判断が必要です。家財道具の処分や債務の支払いなど、一見必要に思える行為が単純承認とみなされ、相続放棄の効力を失う可能性があります。また、現に家を占有している場合、相続放棄後も一定の管理義務が継続します。相続放棄の効力を守りながら適切な対応を取るためには、早い段階で専門家へ相談するのがおすすめです。
当事務所では、相続放棄の申述手続はもちろん、家財道具の処分方法や管理義務の範囲など具体的な対応策をアドバイスできます。相続放棄は被相続人の死亡を知った日から3か月以内に適切な判断と対応が必要なため、ぜひ早いうちに一度ご相談ください。