相続人ごとに異なる相続放棄の書類
相続放棄とは、被相続人の遺産を一切相続しないことです。これにより、相続人は法的に「初めから相続人でなかった」とみなされ、資産も負債も引き継ぐことはありません。相続放棄を選択する主な理由としては、被相続人に多額の借金がある場合や遺産争いを避けたい場合、ほかの相続人に遺産を譲りたい場合などがあげられます。
この相続放棄の手続を行う際、相続人の立場によって必要な書類が異なります。これは配偶者や子、父母、祖父母、孫、甥・姪と、それぞれの立場によって証明すべき事項が異なるためです。ここでは、各ケースで必要となる具体的な書類とその理由を詳しく解説します。
配偶者または子が相続放棄する場合
被相続人の配偶者や子が相続放棄する場合、上記の共通で必要な書類に加え、以下の書類が必要になります。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 相続放棄する人の戸籍謄本
- 被相続人の死亡が記載された戸籍謄本
配偶者や子は第一順位の相続人であるため、被相続人の死亡を証明できる書類があれば自己に相続権があることが証明されます。
孫が代襲相続人として相続放棄する場合
代襲相続とは、本来の相続人が相続開始前に死亡したり相続権を失ったりした場合に、その人の子や孫が代わりに相続する制度です。代襲相続人である孫が相続放棄をする場合、以下の書類が必要です。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 相続放棄する人の戸籍謄本
- 被相続人の死亡が記載された戸籍謄本
- 被代襲者(被相続人の子)の死亡が記載された戸籍謄本
孫が代襲相続人となるのは自身の親(被相続人の子)がすでに亡くなっている場合です。そのため、被相続人の死亡証明に加え、代襲の事実を証明するために被代襲者の死亡証明も必要となります。
父母が相続放棄する場合
父母が相続放棄をする場合、以下の書類が必要です。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 相続放棄する人の戸籍謄本
- 被相続人の出生から死亡までの全戸籍謄本
- 被相続人の子や孫がすでに亡くなっている場合、その出生から死亡までの全戸籍謄本
父母は第二順位の相続人であるため、第一順位の相続人が存在しないことを証明する必要があります。そのため、被相続人の全戸籍履歴と、子や孫がいた場合はその死亡証明が必要です。
祖父母が相続放棄する場合
第一順位の配偶者と子がおらず、父母もいない場合、祖父母が第二順位の相続人となります。祖父母が相続放棄をするには、以下の書類が必要です。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 相続放棄する人の戸籍謄本
- 相続人の出生から死亡までの全戸籍謄本
- 被相続人の子・孫の出生から死亡までの全戸籍謄本
- 被相続人の父母の死亡記載のある戸籍謄本
上記の書類により、第一順位の相続人が存在せず、かつ被相続人の父母も存在しないことがわかるので、祖父母が第二順位の相続人となることを証明できます。
きょうだいが相続放棄する場合
第三順位の相続人であるきょうだいが相続人となるのは、第一順位・第二順位の相続人が存在しない場合です。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 相続放棄する人の戸籍謄本
- 被相続人の出生から死亡までの全戸籍謄本
- 被相続人の子や孫がすでに亡くなっている場合、その出生から死亡までの全戸籍謄本
- 被相続人の父母・祖父母の死亡が記載された戸籍謄本
上記の書類により、第一順位・第二順位の相続人が存在しないことを証明できます。
甥・姪が代襲相続人として相続放棄する場合
第三順位となるきょうだいもすでに死亡している場合、その子(被相続人の甥・姪)が代襲相続人となります。
- 相続放棄申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 相続放棄する人の戸籍謄本
- 被相続人の出生から死亡までの全戸籍謄本
- 被相続人の子や孫がすでに亡くなっている場合、その出生から死亡までの全戸籍謄本
- 被相続人の父母・祖父母の死亡が記載された戸籍謄本
- 被代襲者(甥・姪の親で被相続人のきょうだい)の死亡が記載された戸籍謄本
きょうだいの場合の書類に加え、代襲の事実を証明するために被相続人のきょうだいの死亡を証明する必要があります。
ここまで紹介したケース別の必要書類をまとめると、以下のとおりです。
書類名/相続人 | 配偶者・子 | 孫 | 父母 | 祖父母 | きょうだい | 甥・姪 |
---|---|---|---|---|---|---|
相続放棄申述書 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
被相続人の住民票除票 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
相続放棄する人の戸籍謄本 | 〇 | 〇 | – | – | – | – |
被相続人の出生から死亡までの全戸籍謄本 |
– | – | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
被相続人の子の死亡が記載された戸籍謄本 |
– | 〇 | – | – | – | – |
被相続人の子・孫の出生から死亡までの全戸籍謄本 |
– | – | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
被相続人の父母の死亡記載のある戸籍謄本 |
– | – | – | 〇 | 〇 | 〇 |
被相続人の祖父母の死亡が記載された戸籍謄本 |
– | – | – | – | 〇 | 〇 |
被相続人のきょうだいの死亡が記載された戸籍謄本 |
– | – | – | – | – | 〇 |
書類の取得方法と費用
相続放棄の手続に必要な書類の費用は、以下のとおりです。
戸籍謄本 | 450円 |
---|---|
除籍謄本 | 750円 |
戸籍附票の写し | 300円 |
住民票の写し(除票含む) | 200円~300円 |
相続放棄に必要な戸籍謄本、戸籍附票、住民票は、原則として申請当日に取得可能です。しかし、古い戸籍や除籍、複雑な家族関係の場合には確認作業に時間を要し、発行するのに数日から数週間かかることがあります。
取得方法は主に役所窓口、郵送、コンビニ交付の3つがあります。役所窓口およびコンビニ交付では、本人確認後に即日発行されることが多く、郵送は1~2週間程度かかります。
なお、令和6年3月1日からは戸籍の広域交付制度が開始し、最寄りの市区町村窓口で一括して戸籍謄本を取得できるようになりました。広域交付制度を活用することで本籍地の市区町村へ個別に請求する手間が省け、手続の負担が大幅に軽減できます。
相続放棄の書類は場合によって省略可
相続放棄の手続において、必要書類を省略できるケースは主に以下の2つです。
- ほかの相続人が先に相続放棄を申述し、必要書類をすでに提出している場合
- 複数の相続人が同時に相続放棄を申述する場合
これらの状況では、ほかの相続人がすでに提出している書類は提出不要になることがあります。たとえば、被相続人の戸籍謄本や除籍謄本などは、ほかの相続人と重複するケースも少なくありません。
このような場合、相続人同士で情報を共有し、協力して手続を進めることで書類取得の手間や費用を削減できます。ただし、具体的にどの書類が省略可能かは個々の状況により異なるため、必ず管轄の家庭裁判所に確認しましょう。
書類収集で気を付けたい点
相続放棄は法定期限や手続が厳格に定められており、特定の行為によって放棄できなくなるケースもあるため、慎重な対応が求められます。ここでは、相続放棄の手続において特に注意すべき点について解説します。
相続放棄には期限がある
相続放棄には厳格な期限が設けられています。民法で定められた相続放棄の期限は「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内」です。つまり、被相続人の死亡を知り、自分が相続人であると認識した時点から3か月以内に手続を完了させる必要があります。この3か月の期限のことを、相続放棄の熟慮期間といいます。
この期限を過ぎると法律上相続を承認したものとみなされ、相続放棄の機会を失います。そのため、相続放棄を検討している場合はできるだけ早く手続を行なわなければなりません。
相続放棄の期限を延ばす方法がある
熟慮期間である3か月以内に相続の承認や放棄を決定できない場合、家庭裁判所に申し立てを行うことで期間を延長できます。ただし、延長が認められるのは、隔地のため書類収集に時間がかかる、財産調査に時間を要するなど、正当な理由がある場合に限られます。たとえば、仕事の都合で手続の時間が取れないといったような個人的な都合での延長は認められません。
申し立ては被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、各相続人が個別に行います。費用としては、収入印紙代800円と郵便切手代がかかります。必要書類は以下のとおりです。
- 申立書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申立人の戸籍謄本
申立人と被相続人の関係によっては、追加で書類が求められることもあります。一般的には約3か月の延長が認められますが、状況によってそれ以上の延長が認められることもあり、ケースによってさまざまです。
相続放棄できないケースがある
以下のような特定の状況下においては、相続放棄ができなくなることがあります。
- 財産を使用または処分した場合
- 遺産分割協議書に署名・捺印した場合
- 知らずに相続を承認してしまった場合
被相続人の財産を一部でも使用・処分すると相続を承認したとみなされ、相続放棄ができなくなります。これは、相続放棄は一切の財産について相続を放棄することを意味し、財産の使用・処分はそのことと矛盾するためです。また、遺産分割協議書への署名・捺印は、自身が相続人であることを認めたことになるため、相続放棄ができなくなります。
そして、被相続人宛ての請求書を支払うなど、知らずに相続を承認する行為をしてしまった場合も相続放棄はできなくなります。このような行為は、債務を受け継いだ意思表示と判断されてしまうためです。
相続放棄の手続は司法書士におまかせ
相続放棄の手続には、厳格な期限や必要書類の準備など、注意すべき点が多くあります。3か月の熟慮期間内に手続を完了させる必要があり、特定の行為によって放棄できなくなる可能性もあります。必要書類は相続人の立場によって異なり、複雑なケースでは多くの戸籍謄本が必要です。ほかの相続人が先に手続を行っている場合や、複数の相続人が同時に申述する場合など、書類の一部省略が可能な場合もあります。
このように相続放棄の手続は複雑であり、法的知識が必要となります。誤った手続や期限切れのリスクを避けるためには、専門家である司法書士に相談することをおすすめします。司法書士は必要書類の収集から申述書の作成、家庭裁判所への提出まで全過程をサポートできるので、手続に不安がある方はぜひ司法書士へご相談ください。