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相続放棄した人は原則として家の解体費用は不要
相続放棄した人は、原則として相続対象となった家の解体費用を負担する義務はありません。ただし、管理義務(保存義務)があると判断されたり、必要ないのに解体した場合は例外です。
解体費用の負担が発生する条件
相続放棄した家について解体費用の負担が発生するのは、相続対象であった不動産に住んでいるなど「現に占有している」場合です。この状態では、放棄した財産を所有することはないとしても、自分の財産と同じ程度の注意を払って管理する義務があるとされます。これに伴い必要な費用は負担しなければなりません。
なお、このルールは令和5年4月に施行され、法改正より前は「現に占有」の状況を満たさない場でも管理義務を負い、解体費用などを負担する可能性があるとされていました。
解体費用を負担するのは誰なのか
相続放棄した家の解体費用を負担すべき人は、相続放棄の状況によって異なります。考えられるのは、次に紹介する3つの状況です。
相続人の一部が放棄した場合
解体予定の不動産を相続した相続人が、解体費用を含む管理費用を負担しなければなりません。誰が所有するか決まっていないときは、相続放棄しなかった相続人全員に費用負担の義務が生じる場合があります。
相続人全員が放棄した場合
相続放棄した人のうち、現に占有している人だけが家の解体費用を負担するとされています。しかし、近隣に悪影響を及ぼすなどして強制的に解体された状況は例外です。
相続財産清算人が選任されている場合
選任された相続財産清算人が解体費用の支払いを行います。その原資となるのは、放棄されたほかの財産です。
ここで言う相続財産清算人とは、相続放棄によって相続人の地位を持つ人がいなくなったときなど(相続人不存在)に、利害関係者や検察官の申し立てによって選ばれる人物です。相続財産清算人が選任されると、財産の管理・保存は選任された人物が行います。
相続放棄した家を不用意に解体するのはNG
差し迫った理由(主に安全面)がないにもかかわらず相続放棄した家を解体すると、放棄の効果が認められず、資産・負債ともに亡くなった人からを引き継ぐものとする「法定単純承認」とされてしまうリスクがあります。最低限必要な管理・保存に留まらず、財産を処分してしまったものとして扱われるためです。
相続放棄の効果が得られなくなってしまう可能性は、放棄の手続の前後ともに注意しなければなりません。判断に迷うときは専門家に相談しましょう。
相続放棄した家の解体費用の相場
家の解体費用はさまざまな要素に影響を受けます。一般的には、小規模な木造住宅なら50万円程度で済むこともありますが、規模が大きい家や特殊な事情のある家であれば300万円以上になる場合もあります。
実際にかかる解体費用は基本的に構造、人件費、建材などに基づいて計算しますが、解体時期、地域、立地、個別の事情などによって大きく変化すると考え、ここで紹介する相場はあくまでも目安としておさえておきましょう。
建物構造別の解体費用
建物の構造は、解体工事の難しさや廃材処理費用にかかわる要素です。構造別の一般的な相場は下記のとおりとなります。
- 木造:坪単価3万円から5万円程度
- 鉄骨造:坪単価4万円から6万円程度
- 鉄筋コンクリート造(RC造):坪単価6万円から8万円程度
地域・立地による費用の違い
家がある地域や立地は、費用に強く影響する要素です。重機の搬入ルートや、安全に作業を行うために必要な時間と作業員の数に影響するためです。
解体費用が高くなる要因(一例)
- 道路が狭く、重機の搬入が難しい
- 建物が密集しており、慎重に安全を確保する必要がある
- 地域の災害リスクの関係で、建物の性能が高い
- 追加費用が発生するケース
家の解体では、30万円以上の追加費用が発生することもあります。状況により、同じような家と比べて解体が著しく難しくなってしまうことがあるためです。
追加費用が発生するケース
家の解体では追加費用が発生することもあります。状況により、同じような家と比べて解体が著しく難しくなってしまうことがあるためです。発生するケース例については以下のとおりです。
- 家の内部や周囲の環境:放置されている家財や、庭木・ブロック塀などの処分が必要
- 使用建材:アスベストが使用されている、リサイクルが難しい建材が使用されている
- そのほかの事情:建物の建築時期が古い、倒壊の危険性が高い、解体を急いでいる
放棄しても家の解体費用を請求されるケースとは

相続放棄しても家の解体費用を請求されるのは、すでに述べた「現に占有している」のほかにも、行政代執行により強制的に解体されてしまう場合があります。具体的に費用負担が生じるパターンを3つ挙げてみましょう。
相続放棄後も住んでいる場合
相続放棄した家の相続人、または相続財産清算人に家を引き渡さなくてはなりません。自分が所有しているわけでもないのに放棄した家に住むと「現に占有している」とみなされ、保存義務があるとして解体費用の負担が生じる場合があります。
別の家に住みながら占有している場合
相続放棄した家とは別の場所に住んでいても、状況から「現に占有している」とみなされて解体費用を請求されることがあります。具体的には、放棄した家に頻繁かつ定期的に通っていたり、鍵を管理していたりするケースです。この点には統一的な判断基準がないため、個別に専門家の意見を聞いてみる必要があります。
行政代執行になった場合
平成27年5月26日から全面的に施行された空家等対策の推進に関する特別措置法(空家等対策特別措置法)では、「特定空家等」に指定された空き家について「行政代執行」による家屋などの解体・除去ができるとされます。行政代執行による解体は、業者への発注や契約について自治体が行いますが、かかる費用は家の所有者などに請求されます。
特定空家等とは
行政代執行の対象になるのは、放置し続けたせいで地域環境や近隣住民に悪い影響が出る恐れがある空き家です。こうした空き家が見つかると、現地調査や聞き込み調査を経て「特定空家等」に指定されます。
特定空家等に指定される条件(以下いずれかに当てはまる場合)
- 著しく衛生上有害となるおそれのある
- 倒壊など著しく保安上危険となるおそれがある
- 適切な管理が行われないことにより著しく景観を損なっている
- 周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である
行政代執行までのスケジュール
特定空家等に指定されたからと言って、すぐに行政代執行による解体が始まるわけではありません。家の解体が始まるのは、自治体からの助言・指導・勧告・命令に違反してなお放置し続けた場合です。
行政代執行による空き家解体の流れ
- 特定空家等として指定を受ける
- 空き家の管理状態に関する助言・指導・勧告・命令を受ける
- 戒告書・代執行命令書が送付され、時期が通知される
- 行政代執行による解体が行われる
行政代執行の事例
空き家の行政代執行の事例はまだ少ないものの、解体費用を行政が全面的に負担する例はほとんどありません。国土交通省の地方局がまとめた資料で紹介されている事例をいくつか挙げてみましょう。
行政代執行の事例1(昭和年1月29日完成、木造2階建、延床面積75.69㎡)
- 状態:屋根が崩落し、壁だけで自立
- 特定空家の確定:平成22年4月22日
- 行政代執行の時期:令和元年6月26日~令和元年9月17日
- 解体費用(除去費用):約570万円
- 費用回収方法:所有者へ請求(督促)
行政代執行の事例2(大正5年9月1日完成、木造平屋建、延床面積34.0㎡)
- 状態:柱・梁などの構造部材に著しい損傷
- 特定空家の確定:平成28年3月7日
- 行政代執行の時期:平成30年3月12日~平成30年3月16日
- 解体費用(除去費用):約150万円
- 費用回収方法:所有者へ請求(督促)
※参照:事例から見る空き家の行政代執行の実務|国土交通省近畿地方整備局
解体費用を請求されたときの対応方法
相続放棄したはずなのに家の解体費用を請求されたときは、本当に自分が支払わなければならないのか慎重に確かめましょう。判断に少しでも迷うことがあれば、すぐに専門家に相談するのが適切です。具体的な対応方法として、次のようなことがいえます。
誰から請求されたのか確認する
解体費用が請求されたときにまず確認したいのは、請求元は誰なのかです。もっとも注意したいのは「請求元が支払義務を負う者について勘違いしている可能性」であり、費用の負担義務があるときも今後の督促の根拠や流れに違いが出てきます。
自治体・市区町村役場の担当者からの請求
行政代執行が進んでおり、決められた期日までに指示どおりの対応をしないと差し押えなどが開始される可能性があります。
近隣住民からの請求
解体費用の請求というよりも、解体前の家屋による悪影響に関するクレームの場合があります。対応しないと民事裁判に発展し、強制的に解体となって費用を請求される可能性があります。
ほかの相続人からの請求
管理義務(保存義務)を負う人がほかにいる可能性や、相続放棄したことや適切な人物に引き渡したことがまだ認識されていない場合もある。
なぜ自分に請求された根拠を確かめる
次に確認したいのは、解体費用請求の根拠です。どんな権利義務に基づいて請求しているのか、なぜ自分が請求相手となったのかチェックしましょう。これらの情報次第で「支払いを拒めるかどうか」が変わります。
法律に基づく請求なのか
民法(管理責任・保存責任)、特定空家等特別措置法、行政法などの根拠法を相手が提示しない場合、支払義務がない可能性があります。
民事調停や訴訟、議会の決議は行われているのか
解体費用の支払義務がある旨の裁判所の判断や自治体の議会の決議が下りるまでのあいだは、事情説明や交渉によって費用負担が軽減される余地が認められる場合もあります。
なぜ自分に請求されたのか
状況によっては、相続放棄したことを相手が知らなかったり、ほかに解体費用を負担すべき人がいたりする可能性があります。
不安なときは専門家に相談する
相続放棄後の解体費用の請求について不安や疑問が浮かぶときは、今後の対応についてはっきりと回答することを避け、専門家に意見をもらいましょう。専門家に相談したほうが良いといえるのは、誤った判断による負担の増加を回避できる可能性が少なからずあるためです。
放置された家の解体費用を請求するにあたっては、法的に支払義務があるかどうかを精査せず、最後の所有者の血縁者であるというだけで連絡してくる場合があります。本当に費用を負担する必要があるのか否かは、自分で調べるよりも専門家に判断してもらうのが適切です。
相続放棄後に発生する空き家問題の注意点
相続放棄した家を解体費用が発生するまで放置するのは危険です。過料、固定資産税の増加、損害賠償請求の可能性などを踏まえて、老朽化や汚損・セキュリティ不全が深刻化する前に適切な人物に引き渡すべきでしょう。
特定空家等に指定された場合のデメリット
放棄された家が特定空家等特別措置法により「特定空家等」などに指定されたときは、解体費用より先に過料や固定資産税の増加に注意しなければなりません。
特定空家等への指導、助言、勧告、命令などについては、無視などの違反行為があると過料50万円が課されるのが原則です。毎年課税される固定資産税については、特定空家等の指定により住宅用地特例の適用対象外となり、最大で例年の6倍に膨れ上がります。
空き家を放置すると第三者に被害が発生することもある
特定空家等に指定された場合は解体費用の負担の有無にかかわらず、放置は厳禁です。
放置された空き家には、汚損や自然災害により倒壊して隣の建物に被害を生じさせたり、不法投棄や不法侵入によって近隣の治安を乱したりする可能性があります。実際に被害が出てしまった場合、管理責任・保存責任を負う人が被害額などを負担しなければなりません。
状況によっては相続放棄以外の対応も検討する
価値のない家が負担となって相続したくない場合、その選択肢は相続放棄だけとは限りません。限定承認で家から生じた負債を清算しながら受け継ぐ方法や、解体を前提に「相続土地国庫帰属制度」を利用する方法も考えられます。
限定承認とは
亡くなった人に属する負債について、同じく亡くなった人に属する資産で支払える範囲で受け継ぐ方法です。資産が負債を超える場合はその差額を引き継ぐことができ、負債が資産を超える場合はもらえる額はゼロ(マイナスにはならない)となります。
相続土地国庫帰属制度とは
一定の要件を満たす更地について、10年間の管理費用(原則として一筆20万円)を預託して国に引き取ってもらえる制度です。相続した財産は、放棄しない限り、引き取り対象の土地を除いて取得できます。
相続放棄後の不動産でお悩みなら当事務所へ
住む人がいなくなった実家などの空き家は全国的に拡大しています。その多くは築年数の経過や地域・立地条件を理由に「もらい受けても赤字になるだけの物件」と化しています。解体費用を含め、相続放棄によって空き家の費用負担から逃れるには、速やかに適切な人に引き渡すなどの対応が必要です。
当事務所では、相続放棄に関する法的アドバイスから対応策まで、経験豊富な専門家が丁寧にサポートいたします。相続放棄後の不動産に関する問題でお悩みの方は、お気軽にご相談ください。