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相続放棄とは
相続放棄とは、被相続人の財産や負債についての権利義務を一切引き継がないことを選択する法的手続です。相続放棄は、熟慮期間である相続開始を知ったときから3か月以内に行う必要があり、この期間内に相続放棄の手続をしなければ単純承認したとみなされ、相続放棄を選択できなくなります。
法定単純承認が成立すると相続放棄できなくなる
一定の事由に該当する行為を行うと、本人の意思とは無関係に単純承認が成立する場合があり、これを法定単純承認といいます。法定単純承認にあたる行為は民法に定められており、以下のような相続財産を私的に利用する、ほかの相続人に無断で相続財産の一部を処分するといった行為が該当します。
- 家屋の取り壊し
- 賃貸の解約
- 高価な遺品の売却
これらの行為を行うと、熟慮期間内であっても相続放棄ができなくなるため、相続放棄を検討している場合は相続財産の処分を控えなければなりません。
故人の預貯金から葬儀費用を支払っても相続放棄は可能
結論から述べると、基本的に相続財産から葬儀費用を支払う行為は法定単純承認とはならないとされています。そのため、相続財産の中から葬儀費用を支払っても相続放棄は認められる傾向にあります。これは、葬儀を執り行うことは遺族としての道義的責任であり、相続財産を承継する意思表示とは異なると考えられているためです。
つまり、亡くなった方への最後のお礼として葬儀費用を支払うことと、その方の財産や負債を引き継ぐかどうかの判断は、法律上別の問題として扱われているのです。ただし、過度に豪華な葬儀を行い、社会通念上相当と考えられる範囲を超えた費用をかけた場合には、相続財産の処分とみなされ、相続放棄ができなくなることもあります。
また、香典を受け取る行為も単純承認にはならない場合があります。なぜなら、香典は葬儀の出費に充てることを目的とした金員であるため、相続財産とは違うからです。そのため、香典を受け取ったあとで相続について、どうするか選択することは可能です。
葬儀費用として認められるもの・認められないもの
葬儀費用の中にもさまざまな費用が含まれ、何を支払ってもよいというわけではないため、葬儀費用として認められるもの・認められないものについて例を挙げて解説します。
なお、葬儀関連費用について何が認められるかについて、明確な線引きは法律上厳密には規定されていません。そのため、個々のケースや裁判所の判断によって異なる場合もあり得ます。判断に迷う場合には事前に専門家に相談し、適切なアドバイスを受けることをおすすめします。
葬儀費用として一般的に認められやすいもの
葬儀費用として一般的に認められやすいものとしては、以下のものがあげられます。
- 死体の捜索費用
- 死体や遺骨の運搬費用
- お通夜や葬式代
- 火葬費用
- 埋葬や納骨にかかった費用
- お寺へのお布施や心づけ、読経料、戒名料
これらの費用は、一般的に故人を弔うために必要な基本的経費として認められており、相続財産から支払っても相続放棄の妨げにはなりません。これらは故人への敬意を表す最低限の儀式と考えられています。
なお、仏壇や墓石の購入費用についても、過度に高額でない限りは葬儀関連費用として認められることがあります。遺族の経済状況にかかわらず、故人を適切に弔うことができるよう配慮されているのです。
葬儀費用として一般的に認められにくいもの
以下のものは、一般的に葬儀費用としては認められにくいとされています。
- 香典返し
- 喪服代
- 参列者が葬儀に参加した際の交通費
- 墓地の購入費用、墓地を借りるためにかかった費用
- 初七日や四十九日、一周忌などにかかった費用
これらの費用は葬儀に関連するものではありますが、故人を直接弔うための必要不可欠な費用とはいえないと考えられています。
葬儀費用を故人の預金口座から引き出す方法

金融機関は、名義人が亡くなったことを確認すると預金口座を凍結します。そのため、故人の財産から葬儀費用を支払おうとしても、通常は預金を引き出すことができません。そこで、葬儀費用を支払うために故人の預金口座から預金を引き出す方法について解説します。
相続された預貯金債権の払い戻しを認める制度
相続された預貯金から葬儀費用や生活の支払い、相続債務の弁済などにあてる資金を確保できるように、遺産分割前にも払い戻しが受けられる制度があります。払い戻し方法には、家庭裁判所と各金融機関の窓口の2種類の申請方法があります。
家庭裁判所の場合は、審判を得ることで上限なく払い戻しを受けることができますが、申請時には払い戻しを希望する理由が求められます。各金融機関の窓口の場合は、払い戻しの金額は150万円を上限として以下のように計算されます。
払い戻しができる額=相続開始時の預金額×1/3×払い戻しを行う相続人の法定相続分
たとえば、ある銀行の預金が600万円あり、払い戻しを受ける相続人の法定相続分が1/2だった場合、払い戻しできる金額は以下のとおりです。
600万円×1/3×1/2=100万円
預金を払い戻す際に気を付けるべきポイント
払い戻された預金は、遺産分割協議においてすでに相続分として前払いされたものとみなされます。つまり、本来受け取るはずの相続預金を前倒しで取得しているのであり、追加の遺産が得られるわけではありません。
また、本制度を利用できないケースもあります。たとえば、残された遺言に「長男Aに〇〇銀行の預金をすべて相続させる」といった内容が残されていた場合、次男Bは〇〇銀行の払い戻し制度を受けることができません。これは相続預金の相続権がBにはないためです。
さらに、手続に一定の期間がかかることも理解しておく必要があります。提出書類の確認や事実関係の調査などで、数日から数週間を要することもあるでしょう。葬儀費用の支払いが前もって必要と把握している場合は、時間的余裕をもって手続を進めることが重要です。
葬儀費用は相続税の計算から控除される
相続人が葬儀費用を支払った場合、その相続人が相続税を支払う際に、課税対象額から葬儀費用を控除することが認められています。控除できる葬儀費用に含まれるもの、含まれないものは、以下のとおりです。
葬式費用に含まれるもの
- 火葬や埋葬、納骨の費用(仮葬式と本葬式の両方の費用が控除可)
- 遺体や遺骨の回送にかかった費用
- 葬式の前後に生じた費用(通夜など)
- 読経料など葬式を行った寺に対するお礼
- 死体の捜索または死体や遺骨の運搬にかかった費用
葬式費用に含まれないもの
- 香典返しにかかった費用
- 墓石の購入や墓地の借り入れ費用
- 初七日や法事の費用
たとえば、被相続人の配偶者が3000万円を相続したとします。そして、控除が認められている葬儀費用が500万円かかった場合、相続税は3000万から500万を引いた2500万円に対してかかる計算となります。
そして、相続税の税率は相続した財産の額によって決まり、2500万円の相続に対しては15%の税率がかかるため、相続税は375万円となります。
相続放棄する予定で葬儀費用を支払う際の注意点
相続財産から葬儀費用を支払う際に、注意すべき点について解説します。あとからトラブルに発展することを防ぐためにも、ここで解説する注意点をよく理解したうえで、葬儀費用の支払いを行うことをおすすめします。
領収書や明細を残しておく
法定単純承認とみなされないためには、葬儀費用を遺産から支払う際に私的な消費ではないと示すことが重要です。そこで、葬儀に関連する支出の証拠として領収書を保管しておきます。葬儀社からの請求書や領収書、火葬場の使用料の領収書など、葬儀に関するすべての支払い証明を保管しておきましょう。これにより、相続財産から支出したお金が葬儀費用のためのものであると証明できます。
お布施や心づけなど領収書が発行されない支払いについては、支払日、支払先、金額、用途などを記録したメモを作成しておくのがおすすめです。これらの記録は、後日「相続財産の処分」ではなく「葬儀費用の支払い」であったことを証明する重要な資料となります。
自身の財産で葬儀費用を払うことは単純承認にならない
自分自身の財産から葬儀費用を支払った場合、相続財産を処分したことにはならないため、法定単純承認の要件に該当しません。法定単純承認は、民法第921条に規定されている「相続財産の全部または一部を処分したとき」に成立するものであり、自己資金を使った場合はこの要件の対象外となります。
したがって、相続放棄を確実に行いたい場合、自分の財産から葬儀費用を支払うという選択肢もあります。なお、その場合には後日相続財産の中から立て替えた費用の返還を受けることも可能ですが、トラブルを避けるためには事前にほかの相続人とよく話し合っておくことが重要です。
相続放棄に関するお悩みは当事務所へご相談を
葬儀費用を相続財産から支払っても、相続放棄することは可能です。一般的に認められる葬儀費用には、お通夜・葬式代、火葬費用、埋葬料、お布施などの費用が含まれます。ただし、香典返しや喪服代、墓地購入費用などは、葬儀費用として認められないケースがあります。
故人の預金口座から葬儀費用を支払う場合、家庭裁判所への申し立てや各金融機関の窓口での申し出により、一定額の払い戻しが可能です。ただし、トラブル防止のためにすべての支払いの領収書を保管しておくことが重要です。
当事務所では葬儀費用の取り扱いについてアドバイスを提供し、相続放棄手続を円滑に進めるサポートを提供いたします。相続放棄をする場合の葬儀費用の支払いについて、不安な点があればお気軽にお問い合わせください。