相続放棄後に預金を引き出せるケースとは?法定単純承認を避けるポイントなどを解説

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相続放棄後の預金引き出しは法定単純承認となる可能性

単純承認とは、相続人が相続に関する一切の権利義務を無条件で承継する意思表示のことであり、民法では以下のように定められています。

第九百二十条

相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。

※引用:民法第九百二十条|e-Gov法令検索

単純承認自体は相続人が自らの意思表示によって行うものですが、特定の行為によって相続人の意思とは無関係に単純承認が成立する場合があり、これを法定単純承認と呼びます。法定単純承認が成立する行為について、民法では以下のように定められています。

  • 相続人が相続財産の全部、または一部を処分したとき
  • 相続人が相続放棄の熟慮期間内に限定承認、または相続の放棄をしなかったとき
  • 相続人が限定承認、または相続の放棄をした後に、相続財産を隠匿・消費したとき

※参照:民法第九百二十一条│e-Gov法令検索

そして、相続放棄後の預金の引き出しは「相続人が相続財産の全部、または一部を処分したとき」に該当するため、一般的には法定単純承認が成立します。

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相続放棄後の預金引き出しはNG?

預金を引き出す行為によって法定単純承認が成立するとしても、発覚しなければ問題ないと考える方がいるかもしれません。

しかし、預金を引き出したことはさまざまな経路から発覚する可能性があるので、現実的に隠し通すことは難しいでしょう。では、実際にどのような経路から預金の引き出しが発覚するのか、具体的なケースを説明します。

入出金履歴の開示請求

相続人は金融機関へ過去の入出金履歴について開示請求を行うことができます。この開示請求は、相続財産を確定させるための基本的な調査方法として、多くの相続手続で実施されています。

相続人が複数いる場合、いずれかの相続人が開示請求を行うだけで、相続放棄後の預金引き出しの事実は明らかになります。そのため、相続放棄をした相続人が相続開始後に行った預金引き出しは、ほぼ確実に発覚することになるでしょう。

弁護士会照会や文書送付嘱託

被相続人に借金などの債務がある場合、債権回収のために債権者が被相続人の財産調査を行います。特に債権者側に弁護士が付いている場合、弁護士会照会や文書送付嘱託といった法的手段を使い、金融機関の預金情報を確認する可能性が高いでしょう。このような弁護士による調査が行われることで、相続放棄後の預金引き出しの事実は債権者に発覚します。

金融機関の預金調査

相続財産清算人は、相続人全員が相続放棄をした場合などに債権者や受遺者の申し立てにより、家庭裁判所が選任する財産管理者です。

相続財産清算人には、被相続人の財産を調査・管理して債権者への弁済を行う職務があり、この財産調査の一環として金融機関への預金調査も実施されます。そのため、相続放棄後に預金を引き出していた場合、この調査過程で発覚することになります。

また、相続財産清算人は通常、弁護士や司法書士が選任されることが多いため、相続放棄後の預金引き出しを隠し通すことは困難であるといえるでしょう。

預金を引き出しても、法定単純承認が成立しないケース

預金を引き出しても、法定単純承認が成立しないケース_イメージ

相続放棄後の預金の引き出しは法定単純承認に該当し、周囲に悟られずに預金の引き出しを行うことは難しいことを説明しましたが、預金を引き出しても法定単純承認が成立しないケースがあります。

相続放棄を選択したものの、被相続人の預金を引き出す必要性を感じた場合、以下のケースに該当するかどうかを確認しましょう。もし判断に迷った際は、自己判断することなく専門家に相談するのがおすすめです。

弁済期が到来した債務の支払い目的の引き出し

被相続人の債務のうち、すでに支払い期限が到来している債務を支払うための預金の引き出しは、法定単純承認に該当しない場合があります。これは、期限の到来した債務の弁済は、法律に定められた「保存行為」に該当する場合があると考えられるためです。

ただし、保存行為に該当する債務の弁済といえるかどうかは、個別の事情によって異なります。場合によっては債務を支払ったことで法定単純承認と判断される可能性もあるため、債務の弁済は慎重に行いましょう。

葬儀費用の支払い目的の引き出し

葬儀は社会的に必要性が高い儀式であり、相当額の費用を支出することは不可欠であるため、相続財産の処分には当たらないと考えられています。そのため、被相続人の預金から葬儀費用を支払っても、法定単純承認は成立しない場合があります。

ただし、一般的な規模の葬儀と比べて明らかに高額な葬儀費用を支払った場合、相続財産の処分とみなされます。そのため、場合によっては葬儀費用の支払いによって法定単純承認が成立することもあります。また、墓石や仏具に関しても、一般的な基準に照らし合わせて高額とはいえない程度の支払いであれば、処分には該当しないとされています。

このように、両者とも基準が明確には定められていないので、判断に迷ったときは専門家に相談するのが無難といえます。

預金を使用する意思がなく隠匿もしていない

預金を引き出してもそれを使用する意思がなく、ほかの相続人や債権者に対して隠す意図もない場合、相続財産の保管行為とみなされるため法定単純承認は成立しないとされます。

ただし、このケースは立証が困難であるという難点もあります。預金をあえて引き出し、現金で保管する合理的な理由というのは通常考えにくいため、法定単純承認とみなされるリスクは高いでしょう。そのため、特別な事情がない限り、たとえ使用・隠匿の意志がなかったとしても預金には手を付けない方がよいといえます。

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亡くなった後に預金を引き出す方法

被相続人が亡くなった事実を金融機関側が知ったタイミングで預金は凍結されるため、相続人であっても自由に引き出すことはできません。そのため、被相続人が亡くなったあとに預金を引き出す場合、適切な手続を取る必要があります。

前述の葬儀費用の支払いなど、被相続人の預金が必要になる場合があるので、その際に被相続人の預金を引き出す方法について紹介します。

遺産分割協議を完了させる

遺産分割協議とは、相続人全員で被相続人の財産をどのように分けるかを話し合って決める手続です。預貯金は代表的な相続財産であり、遺産分割協議の中で分割方法を決めることになります。

そして、預金の分割方法が決まり、遺産分割協議が完了したら、その内容を記載した遺産分割協議書を作成します。相続人全員の署名捺印がある遺産分割協議書があれば預金の凍結解除が可能であり、以下のような書類と合わせて金融機関へ提出します。

  • 預金通帳
  • 遺産分割協議書
  • 被相続人の除籍謄本、戸籍謄本
  • 相続人全員の戸籍謄本
  • 相続人全員の印鑑登録証明書
  • 遺言書・検認済証(遺言書がある場合)

書類を提出すると金融機関によっても異なりますが、10日程度で凍結が解除され、預金が引き出せるようになります。

預貯金の仮払制度

預貯金の仮払制度は、遺産分割協議完了前でも一定額までの預貯金を引き出せる制度であり、令和元年7月1日から施行されています。預貯金の仮払制度を活用すれば、遺産分割協議が成立する前でも葬儀費用の支払いや相続人の生活費、そのほか相続手続に必要な諸経費の支払いなどに被相続人の預金を活用できます。

預貯金の仮払制度には、以下のように引き出し可能な金額の上限が定められており、対象となるのは金額の低いどちらかになります。

  • 死亡時の預貯金残高×1/3×法定相続分
  • 150万円

預貯金の仮払制度は、相続手続中の相続人の緊急的な資金需要に応える重要な制度として機能しており、相続に伴うさまざまな金銭的課題の解決に貢献しています。

相続放棄後の預金の引き出しに関するよくある質問

相続放棄後の預金引き出しについて、基本的な考え方や発覚するリスク、認められるケースを説明してきました。しかし、実際の相続の現場では、より複雑な状況に直面することも多いものです。

預金の引き出しが法定単純承認につながるかどうかは、その状況や目的によって判断が分かれます。以下では、相続放棄後の預金引き出しに関して、実務上よく問題となるケースについて解説します。

一時的に引き出したのちに補填すれば相続放棄できる?

一時的に預金を引き出したのちに補填した場合であっても、預金の引き出しが処分に該当すれば法定単純承認が成立します。すでに説明しているとおり、預金の引き出しが処分とみなされるかどうかは、その目的や状況によって判断が分かれます。

そして、もし処分に該当する行為を行った場合、引き出した預金をあとから補填したとしても、法定単純承認となります。補填したかどうかは結果に影響しません。そのため、事後的に預金を補填しても法的効果を覆すことはできず、処分にあたる行為をすれば法定単純承認が成立し、相続放棄は認められなくなります。

相続人全員が相続放棄した場合の預金の行方

相続人全員が相続放棄した場合、家庭裁判所は利害関係人または検察官の申し立てにより、相続財産清算人を選任します。選任された清算人は預金を含む相続財産全体を管理し、相続債権者への弁済などにあてられます。そして、そのあとに特別縁故者への財産分与を検討し、これらの手続が完了したあとに残った財産は、最終的に国庫に帰属することになります。

このように、相続人不在となった預金は法律で定められた手続に従って適切に処理され、債権者の利益も保護されるため、相続財産が放置されることはありません。

誤って引き出してしまった場合

相続放棄後に誤って預金を引き出してしまった場合、その金銭を明確に区別して保管することが重要です。引き出した現金は封筒などに入れて保管し、自己の財産と混同しないよう目録を付けておくことで、処分の意思がなかったことを示すことができます。

ただし、これはあくまでも事後的な対処法であり、必ずしも処分行為に該当しないと認められる保証はありません。処分行為と判断されるかどうかは、具体的な状況や引き出しの経緯によって判断されることになります。

病院代や施設費を支払う場合

故人の病院代や施設費が未払いの場合、病院から相続人宛てに費用を請求されることがあります。そして、相続人がこれらの費用を故人の預金から支払うと、相続財産の処分行為とみなされて法定単純承認が成立する可能性があります。

この場合にも、支払いが処分行為に該当するかどうかは、支払いの時期や状況によって判断が分かれます。処分行為に該当するかどうかの判断は難しいので、専門家に相談することが推奨されます。

なお、法定単純承認にあたるのは、相続財産を使って病院代や施設費を支払う場合であり、相続人が建て替えて支払えば法定単純承認にはあたりません。

相続放棄後の預金の引き出しのご相談は司法書士へ

相続放棄後の預金引き出しは原則として法定単純承認となり、相続放棄の効力を失わせるリスクがあります。引き出した預金をあとから補填しても、その効果は覆りません。また、預金引き出しはさまざまな経路で発覚する可能性が高いため、安易な引き出しは避けるべきです。

ただし、葬儀費用の支払いや弁済期が到来した債務の支払いなど、一定の条件下では認められる場合もあります。具体的なケースの判断は非常に難しいため、お困りの際は当事務所へご相談ください。相続放棄に関する相談から具体的な手続まで、丁寧にサポートいたします。

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記事の監修者

司法書士法人さくら事務所 坂本孝文

司法書士法人さくら事務所
代表司法書士 坂本 孝文

昭和55年7月6日静岡県浜松市生まれ。大学から上京し、法政大学の法学部へ進学。
平成18年に司法書士試験に合格。その後、司法書士事務所(法人)に入り債務整理業務を中心に取り扱う。
平成29年に司法書士法人さくら事務所を立ち上げ、相続手続や不動産登記、債務整理業務を手がける。

【メディア掲載】
・「女性自身」2024年5月7・14日合併号にて相続手続の解説を掲載